なぎさくん。

待永 晄愛

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なぎさくん、なにしたの?

質疑

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ザワザワと騒めく何か。

ガラガラと地面を撫でる何か。

コンコンと雨戸を叩く何か。

毎年何も感じないでただ台風が過ぎ去っていくのをゴロゴロしながら待っていたけど、今年はそんなことは出来ない。

というよりそれをする余裕が私の中で生まれない。

何かやってないと落ち着かなくてたこ焼き機に何度も生地を流して素丸焼きを作っちゃうほど、落ち着きがない。

それを田中くんに止められたけどやることがないから私はすぐに台所へ行って洗い物をする。

けど、風が強く鳴るにつれて胸の騒めきも大きくなって息苦しくなる。

私を向こうへ逃がそうとしていたお父さんが事故で死んだ。

私の居場所を分かっているはずのお父さんが山姥がいるという山へ探しに行った。

わざわざ、なんであの山に?

お父さんが山姥のことを教えてくれたのに。

『幸呼神社の向こうにある捨て山には生き残った鬼が住んでいる。』

そんな怖いことを言って町のみんなと子どもの私たちを行かせないようにしてたのは“生き残り”の理由を知られたくなかったから?

ふと、思い出した記憶が私の気持ちを焦らせたけど今日はさすがに行けない。

多分2、3日ぬかるみがひどくて行けない気がするから呼々夏おじさんにそれとなく山姥のことを聞いてみよう。

そう思っていると、パンパンな胃をおさえながら私の隣にやってきた田中くんはお皿の濯ぎを始めてくれた。

苺「ありがとう。」

満路「本当に家に帰らないのか?」

と、田中くんはやっぱりしつこく聞いてきた。

苺「帰らない。というより帰りたくない。」

満路「喧嘩なら…」

苺「そういうのじゃないよ。田中くんが言う嫌な風があの家に通った気がした。」

私は分からず屋の田中くんに理解してもらおうとそう伝えると、田中くんは何か腑に落ちたことがあったみたいで一呼吸黙って口を開いた。

満路「哀川さんは苺ちゃんを探しに行って山で不幸を呼び、亡くなってしまった。」

…なんか変な喋り方。

いつもの田中くんじゃないみたい。

満路「哀川に会えたらそう伝えるようにって言われた。」

苺「…なにそれ。」

私は人前で丁寧な喋り方をする人を頭の中で思い出し、寒気がする。

満路「葬儀は向こうで家族葬だったらしい。」

苺「そっか…。」

満路「最愛の人が事故で死んじゃうなんて悲しいよな。」

苺「うん…。」

満路「涙もでないほど。」

田中くんの一つ一つの言葉が私の心臓に小さなフックをたくさん引っかけてきてチクチクする。

満路「今日は乙武さん家に避難してるんだって。」

苺「…なんで?」

満路「独り身になったばっかりで心細いだろうから。」

そんな風には思えないと思ってしまうのはあの日鬼のような形相のお母さんを見てしまったからかもしれない。

けど、よりによって乙武先生の家にお世話になるなんて。

そう思っていると、私の隣にある作業台に余ったたこ焼きをタッパーに詰めにきた渚くんが泡を流す田中くんの顔をじっと見て何かを考えている。

それがまた何か嫌なことを言われそうで耳を塞ぎたくなっていると、渚くんの口が動いた。

渚「それならなんで帰そうとしたの?」

と、渚くんが田中くんをまっすぐ見て聞いたので私はその視線に乗って田中くんへ目を向けると瞬きせず手を止めていた。

渚「家にお母さんも誰もいないのになんで哀川さんを帰そうとするの?」

…確かに。

さっき、お店の入り口で言ってた話と食い違う。

渚「家出してるのみんなで心配してるのに呼々夏さんに聞きに来ないのはなんで?」

配達の依頼ばかりであの日からのお客さんは田中くん1人。

渚「人が足を踏み入れないよう、あそこの山は針金が巻かれているのに哀川さんのお父さんはなんでそこに行ったの?」

一度だけ、山姥がいると言われている山の麓まで行ったことがある。

それは光ねぇと私、あともう1人いた。

渚「ねぇ。満路は嵐の中、なんで呼々夏さんのお店に来たの?」

その答え、まだ聞いてない。

私に家へ帰れと言ってるだけの田中くんは何しに来たの?

渚「満路は僕たちを本当に心配してくれてる?」

そう質問をした渚くんは冷蔵庫を開けたように冷気をこちらに送ってくるけれど、冷蔵庫は田中くんの向こうに見える。

後ろは向けない。

けど、前も見たくない。

前にいる田中くんが私の背後にいる渚くんよりも少し上を見て怯えている顔を私がいるにも関わらず見せてきたから。

だったら逃げればいい。

そう思うかもしれないけど、冷気が溜まった足元は沼にはまったみたいに重くて全く上がらない。

まだ動くのは…

苺「なぎさくん…っ!!」

私は体全部の力をお腹に込めて声を張り上げると、一気に冷気の沼が消え、いつの間にか消えていた垂れ流される水の音が私の耳に入ってきた。

渚「何?」

と、渚くんは何もなかったように私の背後で喋るけど、田中くんの目はまだ渚くんを捉えて離さない。

苺「…夏祭り、一緒に行きませんか!」

私はそばにいる2人に聞こえるようにもう一度大きな声で話しかけると、田中くんの目が私に移りやんわりと残っていた冷気が全て消えた。

それに安心して私はずっと顔をあわせないで話していた渚くんを見上げるように見ると、渚くんは顔を赤くすることもなくはにかむこともなく私をじっと見ていた。

渚「…なんで?」

苺「え…っ。」

嫌って言われると思った手前、理由を聞かれるとは思っていなかった私は自分でも分かるほど目を泳がせてしまうと泡まみれの手からスポンジを奪われるように手を握られた。

満路「町娘は全員参加だからクラスの奴はみんな来るよ。」

と、暗い声で呟いた田中くんはスポンジをとって最後のお皿を洗い終え、自分の手をすすいだ。

満路「男は強制参加じゃないから気が向いたら来てよ。」

そう言って田中くんは呼々夏おじさんがTVの配線を直している茶の間へ行ってしまった。

私は誘うにしては嫌そうな顔をしていた田中くんのことが気になり、その背中を追うように見ているとシャツの袖を引っ張られた。

渚「なんで?」

と、渚くんは首を傾げながら聞いてきた。

苺「え?」

渚「一緒に行きたい理由。」

苺「あ…、えっと…」

ここで好きって言う勇気、残ってる?

私、いける?

渚「強制参加は女子だけなんでしょ?友達と行けばいいじゃん。」

苺「いじめられてたし…。」

渚「今は仲いいんじゃん。」

あれはうわべのやつって渚くんも知ってるんじゃん。

なんでそんなこと言うの。

苺「仲良くないからお願いっ。」

渚「嫌だ。」

…振られた。

元から嫌われてたし、しょうがない。

苺「なんで、ダメ?」

その理由もズバッと言って。

そしたらお祭りには1人で行くよ。

渚「お金稼がないと。」

私が思っていた理由じゃないことを言った渚くんは余り物のたこ焼きをタッパーに詰め終えると、ついでに冷やしていた麦茶を手に持った。

苺「でも、お店は休みだよ?」

渚「なら他のとこで。」

苺「他にもバイトしてるの?」

渚「これから探す。」

そう言って渚くんは呼々夏おじさんたちの元へ先に戻っていってしまった。

これからならまだチャンスはある。

私が理由で断ってはいないからアタックしていい思おう。

そう自分に言い聞かせてみんなと寝る準備を始めた。





待永 晄愛/なぎさくん。
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