なぎさくん。

待永 晄愛

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なぎさくん、どこにいるの?

天候

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冷蔵庫から流れるような冷気。

体が動けなくなる底なし沼のような重い空気。

それがまた私と満路くんを襲うと同時にあんなにも快晴だった空が一気に雨雲に覆われ、冷たい突風が私たちの背中を煽る。

けれど、まだその影が光ねぇと財さんには届いていなくてあっちはまだ明るい。

それがこっちとあっちの分岐点のように見えてさらに私は財さんへの嫌悪感を強めていると、それが膨らむように雨雲も増えて辺り一帯が真夏の真昼間とは思えないほど、暮れかけの暗い空が訪れた。

急に天候を変えた空を見上げた財さんは少し焦ったような素ぶりで一歩二歩と光ねぇに近づくと、光ねぇも辺りが暗くなったことに気づき空を見上げた。

渚「…あいつ。」

と、呟いた渚くんはこの重苦しい空気なんか気にせずに立ち上がってぼたぼたと落ちる水の音をさせず、光ねぇが歩んだ道を沿うように足を動かし始めた。

すると、そんな渚くんを見て財さんは突如血の気が引いた真っ青な顔をして光ねぇの腕を無理に引き、転ばせた。

財「早く立て…!」

光「痛…っ。」

転んだ光ねぇは小石だらけの敷石で脚に新しい傷ができたみたいで今にも泣き出しそうな顔をした。

その顔を見た私はこの重い空気から抜け出そうと、動けないでいた満路くんの肩を貸してもらい立ち上がると川が流れてくる蜜溜山から唸り声が聞こえた。

それは人や山に住んでいる動物ではなく、木と風がぶつかり合って山が唸り声を上げてさらに冷えた水を私たちにぶつけてくる。

私は見上げた山が唸り声を交差するようにあげることに驚いていると、満路くんに手を引かれ川の中に体を戻された。

満路「邪魔するな。」

苺「邪魔なんか…」

と、私は光ねぇのことが心配で渚くんを追うように視線を戻すと、渚くんはいつの間にか光ねぇの隣にいて180㎝以上ある財さんを睨んでいた。

それがお葬式の日に見た姫鈴ちゃんのお母さんだった聖美さんみたいで私は一気に腰が引けると、渚くんは突然しゃがみシャツを脱ぐとそれで光ねぇの怪我した足に押し当てた。

しかしその様子を財さんは一切見ず、向こうの蜜溜山を見て口を震わせていた。

私は財さんが見ている蜜溜山を見上げると青々しい綺麗な緑に覆われていたはずなのに今は色が失われたように黒く、なんだか大きくなっている気がする。

それはただの気のせいのはずなのに財さんは後ずさりをし始め足を小石に引っ掛けて転ぶと、一気に空が晴れて山の緑が戻った。

満路「…行こ。」

苺「うん。」

私はこんな状況でも熱が帯びている満路くんの手に引かれて光ねぇの怪我を手当てしている渚くんの手元を見てみると、真っ赤になっていた。

苺「止まらないの?」

渚「僕のシャツが濡れてるからかも。」

そう聞いて私は持ってきていたタオルを取って光ねぇの太ももにまた出来てしまった傷に当てる。

苺「病院行こ?」

光「でも、これじゃあ自転車漕げない…。」

…確かに。

私は頼りたくなかったけど、車で来ているはずの財さんに目線を向けると財さんは目をパチクリさせて私と目を合わせた。

苺「…お姉ちゃんのこと、病院に連れてってくれますか?」

財「ああ…、もちろん。」

と、少し声を震わせながら財さんは光ねぇを病院に連れて行くために立ち上がり、こちらに恐る恐るやってきた。

財「ここは天候が変わりやすいから川遊びには適してないよ。だから子どもだけで遊ばないように。」

そう釘を刺すと光ねぇを年柄もなくお姫様のように抱えて車に戻った。

…一緒に行きたいけど、あの人の車っていつも2人乗りなんだよな。

本当にお金持ちってスポーツカーのエンジン音好きだなぁ。

私は鼓膜が壊れそうになったので耳をマッサージしていると、ばさっと雑にタオルをかけられた。

満路「帰ろっか。」

苺「…うん。」

渚「もう少しいようかな。」

と、渚くんは血まみれになったシャツを洗うためにくるっと後ろを向くと、何も気にせず血を洗い流し始めた。

苺「私もいようかな。」

渚「2人は頭から濡れてるんだから早く帰りなよ。」

そう避けられたけど1番に光ねぇの怪我の手当てをしてくれたお礼で一緒にシャツについた血を洗い落とす。

すると、帰ろうと言っていた満路くんは光ねぇが投げ出したテントをゆっくりと片付け始めた。

私は満路くんの耳に届かないくらいの声で聞きたいことを渚くんに聞いてみることにした。

苺「潮原くんは何か連れて帰ってきたの?」

そう聞くと、渚くんの手元と一緒にそよ風も止まり、ジリジリと太陽の熱が私の肌を焼く。

苺「光ねぇと仲良かった人は何かを連れてたからみんなに避けられてたんだ。」

渚「…そう。」

その一言は私からそっぽを向くような感じだったけど、何かを知ってるみたいだった。

苺「この間言ってたシシ…」

渚「ダメ。」

と、渚くんは淡い赤が残る手で私の口を押さえた。

渚「本当に助けが欲しい時にそれ言って。」

…それはどういう意味?

みんなはそれを寄せ付けないために幸鳴様を呼ぶのに、自分を守るためにシシナ様を呼ぶの?

渚「結婚式は出たほうがいいよ。それから今後のこと考えればいいじゃん。」

渚くんらしくない発言をすると、私の口から手を離し自分の肌着でついた水を拭いてくれた。

けど、川に入ったからか汗臭くないし洗剤の匂いもあまりしない。

そういえば渚くんの匂いってどんなのだっけ。

そんな関係ないことを考えていると、テントを畳んだ満路くんが私たちに呼びかけてきた。

苺「…一緒に帰ろ。それかお祭り行こ。」

渚「またそれ?」

と、渚くんは明らかに嫌そうな顔をして私を少し睨んだ。

けど、その目は財さんに見せたものではなく、友達としてふざけて作る顔のようで少し嬉しく思ってしまった。

苺「うん。渚くんと一緒にいたい。」

そう言うと渚くんは今まで見せたことない目を見開いて驚いた顔をしてすぐに俯き、ゴシゴシとシャツを洗い始めた。

私は自分が言ったことを少し後悔して顔が熱くなるけど、渚くんは全く赤くなることなく肌が白いまま。

というより、日焼けもしてない。

なんでいっぱい外にいるのに白いままなんだろうと口を尖らしながら見ていると、渚くんは横目で私を見て思ってもないことを言ってきた。

渚「…好き?」

それは、お祭りに対して?

それとも、渚くんのことに対して?

けど、渚くんが私に少しでも興味を持ってくれた。

だからここは言っておかないと…!

苺「好き。」

そう言うと渚くんはまた手元を止めて雲ひとつなくなった青空を見上げて一度深呼吸をした。

その横顔は教室で見た横顔よりも、配達で見かけた横顔よりも、ずっと隣で見てきた横顔よりも大人っぽく感じて渚くんの頭の向こうで何かを言っている満路くんの声さえ聞こえないほど見惚れちゃう。

渚「付き合う?」

と、渚くんは青空を見上げていた目を私に向けてそう質問してきた。

私は渚くんが言った4つの音の意味に頭がパンクしかけていると、いくら呼んでも反応しない私たちの元に満路くんがやってきた。

満路「まだいる?」

苺「あ…、えっ…」

渚「帰ろう。僕、歩いてきたから光さんの自転車借りていい?」

満路「ああ、カバンは置いていったから鍵はある。」

そう言って満路くんは背中に抱えた光ねぇの荷物を漁り始めた。

すると、渚くんは私の手から自分のシャツを取りしっかり水気を切ると立ち上がって、シャツをマントのように着ると思考がエンストしてる私に手を伸ばしてきた。

渚「苺は帰る?」

と、面と向かって私の下の名前を呼んだ渚くんの目に私はがっちり掴まれて惹かれるまま手を取り、私の家まで送ってくれた。




待永 晄愛/なぎさくん。
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