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第二章

第43話 最後の力で

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 王が一歩一歩近付いてくる。

「貴様も我が騎士団に入団したいのだろう。レイやザインの代わりに、騎士団へ入れてやってもよいのだぞ」
「お断りします」

 王は無造作に剣を抜いた。
 初老とはいえ、さすがは元騎士団団長だ。
 一切の隙がない。

 王と剣を交えることになるとは思わなかった。
 王殺しはこの国で最も重い罪となる。
 しかし、そんなことは言ってられない。
 そもそも勝てるかどうかも分からないのだ。

 王が無造作に剣を振り下ろす。
 甲高い金属音が鳴り響き、激しく飛び散る火花。
 一合、二合と剣がぶつかる。
 重い、とても重い斬撃だ。

「貴様の剣は異質よの。初めて見る色と形状だ」

 王は余裕があるのか話しかけてくる。
 俺にそんな余裕はない。
 俺のペースを乱すのが目的なのだろうか。

「素材は黒紅石か?」

 戦いながら相手の剣の素材まで観察する王。
 あまりに戦い慣れしている。
 つまり、それほど人を斬ってきたということだ。
 正直、ザインさんより遥かに強い。
 もしかしたら、レイさんよりも強いかもしれない。
 いや、この強さは間違いなくレイさんより上だろう。

 荒々しく剣を振っているようで、非常に洗練されている。
 とにかく隙がない。
 俺は王の剣を受けるだけで精一杯だ。

 これほどまでに強いのに、なぜ不老不死なんかに囚われるのだろうか。
 いや、強すぎるからこそ、永遠の時間を求めるのか。
 分からない。
 俺には理解できないし、したくもない。

「アル……」

 聞き覚えのある美しい声。
 レイさんが声を振り絞っていた。

「レイさん!」

 レイさんの姿を見ると、片膝を付き、辛うじて起き上がっていた。
 どうやら王の斬撃は腕鎧ヴァンブレイスで防いだようだ。
 レイさん特注の紺青色こんじょういろ腕鎧ヴァンブレイスが割れている。
 斬撃の衝撃で気絶したのだろう。
 俺はレイさんが生きていることに安心した。

 しかし、俺のピンチは変わらない。
 王の老練かつ激しい剣技に翻弄されている。
 圧倒的に経験が少ない俺は、このままだと詰む。

 自分の敗北を感じ取った俺は、ありったけの力と持久力で対応することにした。
 こうなったら俺にしかできない戦い方をするしかない。

 俺は王の剣だけに狙いを定めた。
 上段、下段、中段、下段と揺さぶりながら、王の剣めがけて力一杯剣を打ちつける。
 俺の力と、硬度八を誇る黒紅石の剣だからこそできる戦い方だ。
 剣と剣が激しくぶつかり、火花が散る。
 それでも俺の剣は刃こぼれしない。

 王の剣も見ただけで分かるほどの業物だ。
 恐らく素材は隕鉄石だろう。
 隕鉄石もレア八で硬度八の超希少鉱石だ。

 剣の性能は互角。
 だが、劣勢に立たされているのは俺だ。
 王の剣は時に猛々しく、時に美しく俺の急所だけを狙ってくる。

 俺は愚直に王の剣だけを叩く。
 こんな戦い方はセオリーではないが、これしか勝つ道はない。

「貴様、何だその剣技は! レイに教わったのではないのか?」
「まともに戦ったら陛下には敵いません」
「この力、惜しいよの!」

 俺はツルハシで鉱石を採掘するがごとく、ひたすら剣を打ちつけた。
 すると、ふと標高九千メデルトで、二十キルクのツルハシを振った日々を思い出す。

 そうだ、剣を扱うと考えるから分からなくなるんだ。
 ツルハシを振って、あの隕鉄石を採掘するんだ。
 俺は自分に言い聞かせ、剣を振り続ける。 

 俺の斬撃を受け続けた王の動きが、僅かに鈍くなってきた。
 疲労が溜まっているようだ。
 明らかに速度もパワーも落ちている。

「はあはあ。貴様っ、その力は人間のそれじゃないぞ。化け物か」

 王は吐き捨てるように言った。

 打ち合うこと三十合目。
 俺は下段から上段へ、ありったけの力とスピードで王の剣を弾いた。
 王の剣は大きく弧を描き飛んでいく。
 俺はついに王の剣を弾き飛ばすことに成功した。

「グッ! まさか余の王の一撃ヴァリクスを飛ばすとは。見事だ」

 丸腰になった王は動きを止め、俺に話しかけてきた。

「良かろう。余の側近として登用しよう」

 俺は応じない。
 あとは王を斬るだけだ。

 王殺しは罪として最も重く、首謀者は一族含め死罪だ。
 しかし、王を斬る以外にエルウッドを助ける道はない。
 俺は覚悟を決めた。
 どうせ俺はエルウッド以外に家族なんていないのだから。
 エルウッドさえ助かればそれでいい。

 片刃の大剣ファラゴンを握る手に力を入れ、大きく振り上げた。
 その時、死んだと思っていたザインさんが突然動き始める。

「え?」

 ザインさんは血だらけのまま、剣を持ち走り出す。
 そして背後から王の胴体を斬った。
 一瞬の、あまりにも一瞬の出来事だった。

「貴様! なんということを! あと少しだったのにぃぃ!」

 上半身と下半身が真っ二つになりながら、王は言葉を放つ。
 それが王の最後の言葉だった

 ザインさんは血を吐きながら、その場に倒れる。

「ザイン君!」
「ザイン!」

 リマが叫び、レイさんがザインさんの元へ駆け出す。

 ミゲルに目を向けると、配下の男たちはリマが完全に制圧していた。
 リマに平伏している。
 俺はミゲルに向かってゆっくり歩き始めた。
 ミゲルは腰を抜かして、床に座り込んでいる。

「へ、陛下に命令されたのじゃ。仕方なかったのじゃ」

 無言でミゲルに近寄る。

「そ、そうじゃ、貴様に騎士の位をやろう。き、金貨はどうじゃ? 一生遊んで暮らせる金貨をやろう。貴族にしてやってもよいぞ。悪い話じゃなかろう」

 あと十歩。

「エ、エルウッドも返す。ほ、ほら、まだ生きてるじゃろ」

 あと五歩。

「た、頼む! 殺すな! 殺さないでくれ!」

 こいつだけは許さない。
 剣を握る手に力が入る。

 ミゲルの正面に立ち、剣を振り上げた。

「や、やめろ! やめるんじゃ!」

 そのまま振り下ろす。

「アル、やめなさい」

 レイさんの声が聞こえ、俺は寸前で剣を止めた。
 ミゲルは泡を吹き、失禁して倒れている。
 この一瞬で真っ白になった髪が、抜け落ちていた。

「エルウッド!」

 俺はすぐにエルウッドの元へ駆け付け、繋がれている鎖を剣で斬った。
 エルウッドは額から血を流しているが、命に別条はないようだ。
 ひとまず安心した。

「良かった。ごめんよエルウッド。良かった。本当に良かった」

 レイさんを見ると、血だらけのザインさんを抱きかかえていた。

「レイ様。……申し訳ございません。たった一度……、たった一度だけ、レイ様の意思に反してしまいました、お許し……ください」
「ザイン!」
「ですが……レイ様に、剣を向ける者は、私が……許しません。王殺しは……私……です。……あとのことは……よろしくお願いいたし……ます」
「ザイン……私のせいで……ごめんなさい」
「お役に立てたら……嬉しい……です。グホッ、……アル、……レイさ……を……よろし……頼む」

 ザインさんが息を引き取った。

「ザイン!」
「ザイン君!」

 ザインさんを殺したのは俺だ。
 俺は最後、ザインさんに何も言えなかった。

「レイさん、俺が……ザインさんを……」
「アル、それは違う。ただ今は……ザインを弔ってあげて」
「はい」

 俺はザインさんの冥福を祈った。
 そして部屋を見渡す。
 ザインさんを抱きかかえているレイさん。
 リマと平伏する男二人。
 気絶しているミゲル。
 麻酔で眠っているエルウッド。
 そして、ジョンアー・イーセ国王の遺体があった。

 もう戦う相手はいない。
 全てが終わった。
 国王死亡という国家にとって最悪な結末でだが、俺はエルウッドを助けることができた。

「レイさん、俺は国王と戦いました。責任を取ります」

 ザインさんの遺体を丁重に床に寝かせ、立ち上がるレイさん。

「リマ、この後始末は私がする」
「……ああ、頼むレイ」

 レイさんが俺の前に立つ。

「アル、あなたとエルウッドには本当に迷惑をかけてしまいました。心から謝罪します」

 レイさんは頭を深く下げた。
 この事件に関してレイさんは無関係と言い切れないが、全ては国王と宰相が仕組んだことだ。
 俺はレイさんに対し、憎しみも恨みも抱いていない。
 むしろ命をかけて助けてくれたことに感謝している。

「レイさん。王命に背いてまで、俺を助けてくれてありがとうございました。おかげでエルウッドを助けることができました。これで……思い残すことはありません。もし良かったら、エルウッドをお願いできますか? レイさんなら……エルウッドも……」
「アル! あなたは被害者なのよ! 何も悪くないわ!」

 レイさんが俺の両腕を掴む。

「あなたは何も悪くないの。だた、もう少しだけ付き合って欲しい。全部終わらせるから。あなたに迷惑はかけない」
「……分かりました」
「アル……本当に、本当にごめんなさい。謝罪なんかで償えることではないと理解してます。それでも本当にごめんなさい」

 レイさんが何度も頭を下げた。
 見ていて痛々しいほどだ。

 蝋燭の火が揺らめくこの部屋は、悲しみに支配されていた。
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