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後章
幕間 死にたいだけ
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~幕間 死にたいだけ~
《「ハァッ!」
手裏剣のような魔力の塊は、スライムに当たると炎を出して消える。
出てきた鍵を拾うと、後ろから透夏は拍手を送ってくる。
「さっすが先輩!忍者に取り憑かれてるんじゃないですか?」
「それ、誉めてるわけ?」
「すんごい誉めてます」
私の魔力の塊は尖ったとこが四つある手裏剣のような形で、真ん中は菱形に穴が空いている。使いやすいけど、殺傷能力は高い。
「にしても先輩、フランベルジェ…みたいな剣は使わないんですか?せっかく貰ったのに。」
「だってあれ、危険だし。」
「でもでも~何故か先輩くらい怪力じゃないと持てないくらい重くて長い特別製なんだし、バンバン使ってきましょーよ!」
「嫌。あんたまで斬っちゃうかもよ」
「大丈夫です!その時はこの扇で跳ね返しちゃいますから!」
「どんな風力よそれ…」
…異世界と思われる世界へ来て、もう何日たっただろう。魔力の塊やら、武器やらを手に入れていた私達はただ、早く帰りたいとお城を目指していた。それはそう、赤い靴を履いていた少女のように。
ブリキやライオンやカカシには出合わなかったけど、私たちの旅は順調だった。
四人で歩く森は暗いけど、青歌が必要以上に怖がったお陰で、怖くなかった。
クズ達と遭遇した時、初めて清花が私以上に怒ったのを見たから、私は奴らを半殺しで済ますことが出来た。血が上りやすいから、よく問題を起こしては、やりすぎちゃうからな。
にしても、本当に大きい森だ。
歩いていると、やがてトンネルが見える。ホラーに出てきそうな暗いやつだ。
この場で一番しっかり者の清花は自信ありげに言う。
「ここを通り抜けると、近道なんだって」
確かに、見ただけでわかる、曲がりくねった隣の道と違ってこっちは直線っぽいな。しかも一方通行。
「へえ、そうなの。ありがと清花、じゃあこんな薄暗いところ、さっさと抜けて…」
「ここから先は、通れない。通らせない。アタクシの大事なものがあるからね。」
それは、探知能力の強い透夏でさえも気がつかなかった存在。
「貴女達、人間でしょ?」
オレンジの髪と花柄のワンピース。その特徴に当てはまるのは、森の精霊様と恐れられている、妖精。
「ねえねえ、貴女の名前は?アタクシ、貴女を気にいったわ。」
それは私の目を下から覗き込んで、無邪気に私の跳ねた髪を掻きあげる。前髪をあげられ、そのまま視界が明るくなる。
「ああ、やっぱり…」
とても素敵なお顔ねと、誉められた後に続いた声は、きっとずっと忘れない。
「壊したい」なんて。
怖くて、仕方がなかった。
その後、「冗談だよ、壊したいけどね」と言われたあの時、悟った。
私達は手加減されていた。
手加減されていて、殺されたのだ。》
時間が勿体ないので、今の状態を俳句で要約する。
死んだはず、だけど生きてた、異世界で(季語なし)。
…という状況である。更に言えば、暗い場所に居たかと思えば誰かに連れられ、部屋に連れてこられた。
これはあれだ、異世界転生というものか…
そんな今までを思い出しながら驚きを顔に出さずにいると、目の前の少女は私が冷静である事ににこにこしながら、話し始める。
「素質人間、ソラさんは歪みによって死亡しました。よって本来ありえないはずの死には最低限の調整が保障されます。選びなさい。この世界で第二の人生を送るか、誰かの心に寄生するか。」
「何その二択…」
その時私は王城の客室で、今まで座ったこともないような、赤いソファに腰かけていた。低反発で眠れてしまいそうだ。
けれどそんな場所でも寝られない状況である。
心臓の鼓動は聞こえなかった。
それでも確かに緊張している。恐る恐る、私は訊ねた。
「まず、貴女誰ですか?」
「あ…名乗り忘れてましたね。私は『一の使い』。つまりは、このお城に使える者。」
「一の使い…」
先程より柔らかな声で返され、寿古死ばかり緊張はほぐれる。
そう言われれば、確かに『1』の形の髪飾りやフェイスペイント、瞳の中にも一の数字が見える。そのせいか、少しだけ、少しだけ彼女が怖いのは。
他の人を探したいけど、教室より広い客室と言われたこの部屋には私と彼女以外は誰もいない。
「それを決める前に、色々教えてもらって良いですか?」
「勿論ですとも。我々は理不尽は好まないので。」
パッと一の使いは両手を私に向けると、その手から一の形をした不思議な物体が現れる。
「まず、この世界にいる場合のメリットですが…」
「いや、違う違う。出来れば何故私がこの世界に来たのか、歪みとは何なのか教えてほしいんです。」
「なるほど。」
一の使いは二つの物体を手のひらに閉じ込めて爆発させてそれを消し、一冊の本を手渡す。
「密書日記です。」
パラリ、といわれるがままに捲ったページは、お伽噺編だった。どこかで見たことがある文字で、けれど知らない文字がズラリと並ぶ。
「でも、読める…」
「そりゃそうですとも。第二素質世界の文字は、どの世界も読めるんですよ。文字という概念それ自体に我が主は魔法をかけましたから。」
「なるほど…」
指し示された部分は短い文だったので、すぐに読み終える。内容は突拍子ないものではあったが、大体は理解できた。しかしそれを言う前に、一の使いは詳しく教えてくれる。
「この日記は我が主の戴冠式の日、お城専用図書室の為に作られたものなのです。そしてソラさんはまさに、素質人間。よって最低限の保障されるのです。」
「…なんで歪みは生まれたのですか?」
本当はどうでも良いけど、本でわからなかったところを聞く感覚で聞いてみる。
「悪気はなかったんです。善意が失敗しただけ。けれどそのせいで、大勢の仮定されていた運命を大幅に逸れてしまった。」
ごめんなさいじゃすまなくなったんです。と一の使いは悲しそうに憂う。
「しかも…その失敗はずっと後に判明した。そういう失敗、案外多いでしょう、どの世界にも、誰にでも。」
「…そうかもしれないですね。」
失敗。
私が死んだあの時の行動は、どうだった?
総合的に考えて、正ちゃん達と比べて、私は無能ではあった。歪みの影響がどこからどこまでなのかわからない以上、もし私が死んだことが歪みによってならば、私が死ななければ正ちゃん達が生きていた保障はない。そう思いたい。でも私は未練が残ったわけで…
…あぁ、私はどっちが良かったんだろう。
もうどうにもならない問いを自問する。
ぼんやりとした痛む頭の中で、どうしようもないことを繰り返し考えるのは一旦やめて、一の使いを見る。
「えっと、私はどうすれば。」
「この世界で第二の人生を送るか、誰かの心に寄生するか。」
「心に寄生する、とは?」
「それはあまりおすすめしませんが、前例もあることですし説明しましょう。」
しかし一の使いは結構乗り気ではないのか、空中で座る。今気がついたところなんだけど、彼女、身体が浮いているようだ。
「素質人間とは生まれる直前、心の中の、その人の魔力に満ちた異空間…心空間に魔力を必要とする者を入れ込まれた人間の事です。基本、魔力がたまるまで入れ込まれた者は寄生された人間が死ぬ度、他の素質人間の素質がある者に寄生するんです。それらのプロセスが、多く行われることで歪みが発生します。だからこちらが提示するのは、誰かの心に途中から誰かが死ぬ最後まで寄生し、他の誰かのもとへ行かない…輪廻させないことで歪みのプロセスを産み出さない…という方法です。」
なるほど…つまり、そのまんま死ぬまで一緒、と…
「いや…まって、それじゃ私の心にも誰かいたと…!?」
「はい。今はいませんが。いたのは研究者の『ロードナイト』さんですね。多分。」
「…思考とか、全部読み取られてたり…?」
「いえ、寄生対象に出来るのは、なにもない空間でその人の五感と、強い感情を感じることくらいです。強い想いがあれば少しは洗脳も出来るそうですが、基本は退屈だと聞きます。話す人も居ないでしょうし、退屈よりは孤独ですね。多くは一年も経たずに精神崩壊を起こすらしいですよ。けれど勿論、外には出られません。私達も助けません。」
「うわ、怖いですね…むしろその選択した人はよっぽど好きな人と一緒になりたかったんですね…」
「ええ、もう、すごかったですよ。ごくごく少数派ですが、我が主が止めとけと言っても押し通していました。」
でも、気持ちはわからんでもない。
というか、今ならすごくわかる。一生好きな人のそばに居られるんだ。
私も、透君の心に居られたら…って恋を自覚した瞬間からもう攻めすぎだ、私。
でも、念のため。
「あの、透君の心には誰か…」
「え?トオルさんはトオルさんで居ますよ。だって彼も素質人間ですから。」
あ、やめておこう。万一透君の心の中の誰かと仲良くなれなければ、地獄だから。
ずっと独り占めできないのは、それこそ目の前にほしいものがあっても届かない状況だ。
となると残るは第二の人生。
けれど私、実はこれには乗り気じゃない。
「この世界は、私の居た世界と関わること、ありますか?」
「無いです、基本は。私達は神に任されイレギュラーと歪みをどうにかする、つまりは貴女が居た世界にとって、私達の世界は神的存在なのです。素質人間はこの世界に我が主くらいの大きな力によって呼び寄せられるのですし、今回の貴女だって死体と保存し、素質人間の魂をこちらに呼び寄せたのは、我が主です。」
「あれ?でも寄生していた人が居ないなら、私はもう素質人間じゃないんじゃ…」
「いえ、一度でも寄生されるとそれはもう素質人間。歪みが消えるまで影響を浮け、危険なイレギュラー予備軍から狙われたりもします。まあこれも含めて歪みの影響ですが。」
歪みはしつこいというわけか。
いや、問題はそこじゃない。
私はもう、透君達とは会えない。やっと見つけた未練はどうしようもない。
かといって、せっかく未練を解消できそうな心の寄生も、誰かが居るならきっと一生解消されない。私の声は届かないなら、なおさら。
なら、死んでしまいたい。
私の死は正ちゃん達にとっての最善だったで終わりたい。
生きていたら、ずっと後悔する。
正しいと思いたい衝動的行動を、これからずっと考えることになるなんて、やだ。
「……私、このまま死んでも良いです。」
「えっ!?」
「元々あんまり、ここまでして生きたいとも思いませんし。」
「…それは…」
沈黙が流れる。
防音室なのだろうか、何の音もない。
私はふと、髪をほどく。髪ゴムによって止められていたはずの私の髪はさらりと落ちる。
「あれ?」
「ソラさんは死んだんです。だから、髪型だって概念にすぎない。その真っ白い服だって、貴女のイメージから出来ています。死装束でしたっけ?死んだという自覚が、覚悟があるというわけですね。」
そうだ。
そうなんだけど。
もうどうにもならない問いをしていたって、私は死んでんだ。
言われてやっと、少しだけ落ち着く。
…怖い。でも、聞かなくちゃ。
「私は死んだ後、初めて未練に気がつきました。でもその未練はどうしようもない。私はわからない…あの時死んだのは当然の結果なのか、私にとって最善だったのか、正ちゃん達にとって最善だったのかすら…
一の使いさん、私の死はただ、歪みによってのものだけだったですか…?それとも、それでも尚何か意味はあった…?
それをずっと悩んで生きていくなんて、嫌なんです。どうせもう死んだんですし。」
最善を選んだ結果だと、悔いはあっても自分の中で抑え込んでいたのに。時間が多くあって、歪み事を私は知ってしまった。
私は歪みのせいでだけの死だったのなら、私の最善は必然で、つまるところ、私の最期の行動は意味の無い…
「意味はありましたよ。言ったでしょう、運命は仮定だと。歪みの影響は、必ずしも絶対ではありませんから。それでも貴女は保身でなく、誰かのために動いた。だから…
貴女の行動は、繋がっている。未来へと。」
一の使い…いや、一の使いさんは、真剣に私に向き合う。立って、真っ直ぐこっちを見ていた。
「ソラさんは死んだことを言い訳に、死にたがっているだけ。初めての未練に、頭が、心が慣れていないだけ。だから、どうしようもないと…棄ててしまいたいと思っているだけ。」
「……」
棄てたい。
何故かその言葉は私にしっくり来た。
ああそっか、私は、せっかく神様から貰った未練を、モヤモヤを、理解が追い付かなくて棄てたいって思ってるんだ。
どこかスッキリした私に、一の使いは笑いかけてくる。
それはどこかの悪役のような。
それでいて、聖女のような。
聖水のように透き通った声で、一の使いさんは大きな袖から小さく人差し指を立てる。
「ソラさん。ひとつ朗報です。」
「朗報…?」
「貴女に寄生していたある者が、今までのお礼にと蘇生に必要な特別な魔力の半分を貴女の死体に埋め込んで行きました。ロードナイトさんはこれでまた魔力を一から集めなければならないそうですが…しかも特別な魔力に加工されている。これは滅多にない、ラッキーなことです。
そしてもう半分、これは特質をもつ者達の力、私の力、そして我が主の力で賄える…」
「…………それ、は…つまり…?」
「そして特質をもつ者達はここに近付いている。他でもない、貴女のために。」
「……」
特質って、誰だ。
そんなの、どうでもよくなるくらいに。
「私は贔屓したくないから、私の力を渡したくはなかったけれど…ソラさん。私は貴女に一つだけルールを設けることにします。今の貴女の魂がもし未練と決着を付ける前に、特質をもつ者がここにやってくれば、問答無用で私は貴女を蘇生する方へ力をいれるということです。それで嫌になれば、もう一度死ねば良いでしょう。今度は蘇生など出来ないのですから。」
そうか。
一の使いさんは、時間をくれている。
私が未練と向き合う時間を。
出来なかった時でも尚、悩める時間を。
「何故、そんなことを、貴女は…」
「決して簡単ではないですよ。けど、ロードナイトさんの思いを無下にはできないでしょう。」
「……それだけ?」
「それだけですが、決してそれだけと片付けられるものではないですよ。」
徐に伸びた一の使いさんの手を、私は気がつけば掴む。
「では、今日から短い間ではありますが、よろしくお願いしますね、ソラさん!」
嬉しいとか、そういう感情はまだ追い付かないけど。
このチャンスは逃せないということだけはわかる。
「はい、こちらこそ。」
私の時は、動き出す。
《「ハァッ!」
手裏剣のような魔力の塊は、スライムに当たると炎を出して消える。
出てきた鍵を拾うと、後ろから透夏は拍手を送ってくる。
「さっすが先輩!忍者に取り憑かれてるんじゃないですか?」
「それ、誉めてるわけ?」
「すんごい誉めてます」
私の魔力の塊は尖ったとこが四つある手裏剣のような形で、真ん中は菱形に穴が空いている。使いやすいけど、殺傷能力は高い。
「にしても先輩、フランベルジェ…みたいな剣は使わないんですか?せっかく貰ったのに。」
「だってあれ、危険だし。」
「でもでも~何故か先輩くらい怪力じゃないと持てないくらい重くて長い特別製なんだし、バンバン使ってきましょーよ!」
「嫌。あんたまで斬っちゃうかもよ」
「大丈夫です!その時はこの扇で跳ね返しちゃいますから!」
「どんな風力よそれ…」
…異世界と思われる世界へ来て、もう何日たっただろう。魔力の塊やら、武器やらを手に入れていた私達はただ、早く帰りたいとお城を目指していた。それはそう、赤い靴を履いていた少女のように。
ブリキやライオンやカカシには出合わなかったけど、私たちの旅は順調だった。
四人で歩く森は暗いけど、青歌が必要以上に怖がったお陰で、怖くなかった。
クズ達と遭遇した時、初めて清花が私以上に怒ったのを見たから、私は奴らを半殺しで済ますことが出来た。血が上りやすいから、よく問題を起こしては、やりすぎちゃうからな。
にしても、本当に大きい森だ。
歩いていると、やがてトンネルが見える。ホラーに出てきそうな暗いやつだ。
この場で一番しっかり者の清花は自信ありげに言う。
「ここを通り抜けると、近道なんだって」
確かに、見ただけでわかる、曲がりくねった隣の道と違ってこっちは直線っぽいな。しかも一方通行。
「へえ、そうなの。ありがと清花、じゃあこんな薄暗いところ、さっさと抜けて…」
「ここから先は、通れない。通らせない。アタクシの大事なものがあるからね。」
それは、探知能力の強い透夏でさえも気がつかなかった存在。
「貴女達、人間でしょ?」
オレンジの髪と花柄のワンピース。その特徴に当てはまるのは、森の精霊様と恐れられている、妖精。
「ねえねえ、貴女の名前は?アタクシ、貴女を気にいったわ。」
それは私の目を下から覗き込んで、無邪気に私の跳ねた髪を掻きあげる。前髪をあげられ、そのまま視界が明るくなる。
「ああ、やっぱり…」
とても素敵なお顔ねと、誉められた後に続いた声は、きっとずっと忘れない。
「壊したい」なんて。
怖くて、仕方がなかった。
その後、「冗談だよ、壊したいけどね」と言われたあの時、悟った。
私達は手加減されていた。
手加減されていて、殺されたのだ。》
時間が勿体ないので、今の状態を俳句で要約する。
死んだはず、だけど生きてた、異世界で(季語なし)。
…という状況である。更に言えば、暗い場所に居たかと思えば誰かに連れられ、部屋に連れてこられた。
これはあれだ、異世界転生というものか…
そんな今までを思い出しながら驚きを顔に出さずにいると、目の前の少女は私が冷静である事ににこにこしながら、話し始める。
「素質人間、ソラさんは歪みによって死亡しました。よって本来ありえないはずの死には最低限の調整が保障されます。選びなさい。この世界で第二の人生を送るか、誰かの心に寄生するか。」
「何その二択…」
その時私は王城の客室で、今まで座ったこともないような、赤いソファに腰かけていた。低反発で眠れてしまいそうだ。
けれどそんな場所でも寝られない状況である。
心臓の鼓動は聞こえなかった。
それでも確かに緊張している。恐る恐る、私は訊ねた。
「まず、貴女誰ですか?」
「あ…名乗り忘れてましたね。私は『一の使い』。つまりは、このお城に使える者。」
「一の使い…」
先程より柔らかな声で返され、寿古死ばかり緊張はほぐれる。
そう言われれば、確かに『1』の形の髪飾りやフェイスペイント、瞳の中にも一の数字が見える。そのせいか、少しだけ、少しだけ彼女が怖いのは。
他の人を探したいけど、教室より広い客室と言われたこの部屋には私と彼女以外は誰もいない。
「それを決める前に、色々教えてもらって良いですか?」
「勿論ですとも。我々は理不尽は好まないので。」
パッと一の使いは両手を私に向けると、その手から一の形をした不思議な物体が現れる。
「まず、この世界にいる場合のメリットですが…」
「いや、違う違う。出来れば何故私がこの世界に来たのか、歪みとは何なのか教えてほしいんです。」
「なるほど。」
一の使いは二つの物体を手のひらに閉じ込めて爆発させてそれを消し、一冊の本を手渡す。
「密書日記です。」
パラリ、といわれるがままに捲ったページは、お伽噺編だった。どこかで見たことがある文字で、けれど知らない文字がズラリと並ぶ。
「でも、読める…」
「そりゃそうですとも。第二素質世界の文字は、どの世界も読めるんですよ。文字という概念それ自体に我が主は魔法をかけましたから。」
「なるほど…」
指し示された部分は短い文だったので、すぐに読み終える。内容は突拍子ないものではあったが、大体は理解できた。しかしそれを言う前に、一の使いは詳しく教えてくれる。
「この日記は我が主の戴冠式の日、お城専用図書室の為に作られたものなのです。そしてソラさんはまさに、素質人間。よって最低限の保障されるのです。」
「…なんで歪みは生まれたのですか?」
本当はどうでも良いけど、本でわからなかったところを聞く感覚で聞いてみる。
「悪気はなかったんです。善意が失敗しただけ。けれどそのせいで、大勢の仮定されていた運命を大幅に逸れてしまった。」
ごめんなさいじゃすまなくなったんです。と一の使いは悲しそうに憂う。
「しかも…その失敗はずっと後に判明した。そういう失敗、案外多いでしょう、どの世界にも、誰にでも。」
「…そうかもしれないですね。」
失敗。
私が死んだあの時の行動は、どうだった?
総合的に考えて、正ちゃん達と比べて、私は無能ではあった。歪みの影響がどこからどこまでなのかわからない以上、もし私が死んだことが歪みによってならば、私が死ななければ正ちゃん達が生きていた保障はない。そう思いたい。でも私は未練が残ったわけで…
…あぁ、私はどっちが良かったんだろう。
もうどうにもならない問いを自問する。
ぼんやりとした痛む頭の中で、どうしようもないことを繰り返し考えるのは一旦やめて、一の使いを見る。
「えっと、私はどうすれば。」
「この世界で第二の人生を送るか、誰かの心に寄生するか。」
「心に寄生する、とは?」
「それはあまりおすすめしませんが、前例もあることですし説明しましょう。」
しかし一の使いは結構乗り気ではないのか、空中で座る。今気がついたところなんだけど、彼女、身体が浮いているようだ。
「素質人間とは生まれる直前、心の中の、その人の魔力に満ちた異空間…心空間に魔力を必要とする者を入れ込まれた人間の事です。基本、魔力がたまるまで入れ込まれた者は寄生された人間が死ぬ度、他の素質人間の素質がある者に寄生するんです。それらのプロセスが、多く行われることで歪みが発生します。だからこちらが提示するのは、誰かの心に途中から誰かが死ぬ最後まで寄生し、他の誰かのもとへ行かない…輪廻させないことで歪みのプロセスを産み出さない…という方法です。」
なるほど…つまり、そのまんま死ぬまで一緒、と…
「いや…まって、それじゃ私の心にも誰かいたと…!?」
「はい。今はいませんが。いたのは研究者の『ロードナイト』さんですね。多分。」
「…思考とか、全部読み取られてたり…?」
「いえ、寄生対象に出来るのは、なにもない空間でその人の五感と、強い感情を感じることくらいです。強い想いがあれば少しは洗脳も出来るそうですが、基本は退屈だと聞きます。話す人も居ないでしょうし、退屈よりは孤独ですね。多くは一年も経たずに精神崩壊を起こすらしいですよ。けれど勿論、外には出られません。私達も助けません。」
「うわ、怖いですね…むしろその選択した人はよっぽど好きな人と一緒になりたかったんですね…」
「ええ、もう、すごかったですよ。ごくごく少数派ですが、我が主が止めとけと言っても押し通していました。」
でも、気持ちはわからんでもない。
というか、今ならすごくわかる。一生好きな人のそばに居られるんだ。
私も、透君の心に居られたら…って恋を自覚した瞬間からもう攻めすぎだ、私。
でも、念のため。
「あの、透君の心には誰か…」
「え?トオルさんはトオルさんで居ますよ。だって彼も素質人間ですから。」
あ、やめておこう。万一透君の心の中の誰かと仲良くなれなければ、地獄だから。
ずっと独り占めできないのは、それこそ目の前にほしいものがあっても届かない状況だ。
となると残るは第二の人生。
けれど私、実はこれには乗り気じゃない。
「この世界は、私の居た世界と関わること、ありますか?」
「無いです、基本は。私達は神に任されイレギュラーと歪みをどうにかする、つまりは貴女が居た世界にとって、私達の世界は神的存在なのです。素質人間はこの世界に我が主くらいの大きな力によって呼び寄せられるのですし、今回の貴女だって死体と保存し、素質人間の魂をこちらに呼び寄せたのは、我が主です。」
「あれ?でも寄生していた人が居ないなら、私はもう素質人間じゃないんじゃ…」
「いえ、一度でも寄生されるとそれはもう素質人間。歪みが消えるまで影響を浮け、危険なイレギュラー予備軍から狙われたりもします。まあこれも含めて歪みの影響ですが。」
歪みはしつこいというわけか。
いや、問題はそこじゃない。
私はもう、透君達とは会えない。やっと見つけた未練はどうしようもない。
かといって、せっかく未練を解消できそうな心の寄生も、誰かが居るならきっと一生解消されない。私の声は届かないなら、なおさら。
なら、死んでしまいたい。
私の死は正ちゃん達にとっての最善だったで終わりたい。
生きていたら、ずっと後悔する。
正しいと思いたい衝動的行動を、これからずっと考えることになるなんて、やだ。
「……私、このまま死んでも良いです。」
「えっ!?」
「元々あんまり、ここまでして生きたいとも思いませんし。」
「…それは…」
沈黙が流れる。
防音室なのだろうか、何の音もない。
私はふと、髪をほどく。髪ゴムによって止められていたはずの私の髪はさらりと落ちる。
「あれ?」
「ソラさんは死んだんです。だから、髪型だって概念にすぎない。その真っ白い服だって、貴女のイメージから出来ています。死装束でしたっけ?死んだという自覚が、覚悟があるというわけですね。」
そうだ。
そうなんだけど。
もうどうにもならない問いをしていたって、私は死んでんだ。
言われてやっと、少しだけ落ち着く。
…怖い。でも、聞かなくちゃ。
「私は死んだ後、初めて未練に気がつきました。でもその未練はどうしようもない。私はわからない…あの時死んだのは当然の結果なのか、私にとって最善だったのか、正ちゃん達にとって最善だったのかすら…
一の使いさん、私の死はただ、歪みによってのものだけだったですか…?それとも、それでも尚何か意味はあった…?
それをずっと悩んで生きていくなんて、嫌なんです。どうせもう死んだんですし。」
最善を選んだ結果だと、悔いはあっても自分の中で抑え込んでいたのに。時間が多くあって、歪み事を私は知ってしまった。
私は歪みのせいでだけの死だったのなら、私の最善は必然で、つまるところ、私の最期の行動は意味の無い…
「意味はありましたよ。言ったでしょう、運命は仮定だと。歪みの影響は、必ずしも絶対ではありませんから。それでも貴女は保身でなく、誰かのために動いた。だから…
貴女の行動は、繋がっている。未来へと。」
一の使い…いや、一の使いさんは、真剣に私に向き合う。立って、真っ直ぐこっちを見ていた。
「ソラさんは死んだことを言い訳に、死にたがっているだけ。初めての未練に、頭が、心が慣れていないだけ。だから、どうしようもないと…棄ててしまいたいと思っているだけ。」
「……」
棄てたい。
何故かその言葉は私にしっくり来た。
ああそっか、私は、せっかく神様から貰った未練を、モヤモヤを、理解が追い付かなくて棄てたいって思ってるんだ。
どこかスッキリした私に、一の使いは笑いかけてくる。
それはどこかの悪役のような。
それでいて、聖女のような。
聖水のように透き通った声で、一の使いさんは大きな袖から小さく人差し指を立てる。
「ソラさん。ひとつ朗報です。」
「朗報…?」
「貴女に寄生していたある者が、今までのお礼にと蘇生に必要な特別な魔力の半分を貴女の死体に埋め込んで行きました。ロードナイトさんはこれでまた魔力を一から集めなければならないそうですが…しかも特別な魔力に加工されている。これは滅多にない、ラッキーなことです。
そしてもう半分、これは特質をもつ者達の力、私の力、そして我が主の力で賄える…」
「…………それ、は…つまり…?」
「そして特質をもつ者達はここに近付いている。他でもない、貴女のために。」
「……」
特質って、誰だ。
そんなの、どうでもよくなるくらいに。
「私は贔屓したくないから、私の力を渡したくはなかったけれど…ソラさん。私は貴女に一つだけルールを設けることにします。今の貴女の魂がもし未練と決着を付ける前に、特質をもつ者がここにやってくれば、問答無用で私は貴女を蘇生する方へ力をいれるということです。それで嫌になれば、もう一度死ねば良いでしょう。今度は蘇生など出来ないのですから。」
そうか。
一の使いさんは、時間をくれている。
私が未練と向き合う時間を。
出来なかった時でも尚、悩める時間を。
「何故、そんなことを、貴女は…」
「決して簡単ではないですよ。けど、ロードナイトさんの思いを無下にはできないでしょう。」
「……それだけ?」
「それだけですが、決してそれだけと片付けられるものではないですよ。」
徐に伸びた一の使いさんの手を、私は気がつけば掴む。
「では、今日から短い間ではありますが、よろしくお願いしますね、ソラさん!」
嬉しいとか、そういう感情はまだ追い付かないけど。
このチャンスは逃せないということだけはわかる。
「はい、こちらこそ。」
私の時は、動き出す。
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