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第一話 【異常】 3
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「ねぇ」
彼女を沈黙を嫌ったか、急に向かいの席に座る優が話しかけてくる。
「そういえばあなた、何の仕事をしているの?」
「トレジャーハンターだよ。このご時世じゃあ仕事に困ることはねぇ」
そう言ってギルドルグは袋から名刺を取り出し、彼女へと渡した。彼女は受け取った名刺を、深海の如き紺色の瞳でまじまじと見つめる。こちらまで吸い込まれてしまいそうになる、深く静謐な瞳だ。
名刺をしばらく見て、優がギルドルグの方を見つめ直す。なんとなく彼はまた視線を逸らした。
「宝狩人、ギルドルグ・アルグファスト。それじゃあ、あなたは各地を旅しているということかしら」
「もっとも俺は“依頼制”の方の宝狩人だから、そんな自由気ままな旅ってわけでもねぇけどな」
「……いいじゃないの、そんな自由でも。こんな身では自由に旅することも叶わないもの」
「まぁ女一人で旅ってのは今じゃあ危険だよなぁ」
ギルドルグは納得したように何度も頷いた。確かにこの国の治安は現在あまりいいとは言い難い。
かつて王都にも侵攻した北の軍事帝国、“オスゲルニア”とは危うい平穏を保ってはいるが、いつまた戦争の惨禍に見舞われるかは分かったものではない。
王国の東に位置する“ネヴィアゲート”ではまさに乱世だと聞く。群雄割拠の時代にあり、誰が覇権を握るのか、固唾を飲んで見守っている状態だ。
西方の海を越えた大陸にある新興国家も不穏な動きを見せていると噂が立っている。
どこで何が起こってもおかしくないこの状況に、人々の心は疲れ切り、不満が積もりに積もっていた。これも異常気象の影響か。
「だから、ね」
「ん?」
「連れて行って」
向かい合っていた優が、急に身を乗り出してくる。両者の距離は先程よりも明らかに近く、拳一つほどしか離れていない。赤い瞳と紺の瞳が視線をぶつけ合う。
それはひょっとしたら一瞬だったのかもしれないが、永遠とも思える時間だった。
ようやく気が付いたようにギルドルグはソファへと背中を預け、赤くなった顔を隠すように頬を掻く。
「……それは俺の仕事に、っつーことか」
「そうね。あなたと一緒なら、命の危険はなさそうだし。この街でのんびり暮らすのもいいけれど、そんな人生つまらないわ」
ギルドルグはむむむと悩み始める。
優にふざけている様子は微塵も感じられない。相当本気なのだろう。元々この街から出てみたい願望があったのだろうか。
しかしそれでも、はいそうですかと簡単に連れて行くつもりはギルドルグにない。
自分には何年も宝狩人として積み上げてきた実績と実力がある。
では、彼女はどうだろうか。確かに美人だ。仕事中でなければ是非仲良くしていただきたいほどの美人だ――いや、それは今は関係ないか。
問題は実力の方なのだ。宝狩人たる自分に、付いていくだけの実力は彼女にあるのか。
「俺の得、がねぇよなぁ」
「得」
連れて行って、俺が得するような人間でなければならない。と、ギルドルグはどこまでも、あくまでも打算的にこの状況を考えた。
少しばかり武芸に覚えがある程度ならば、完全な迷惑だ。残念ながら。
時には命を懸ける決断を迫られる時もあるだろう。一人ならば当然悩むことはないが、二人、ましてはお荷物の女などいては、採れる宝も採れやしない。
「そう、得だ。あんたを連れて行って、それであんたが俺に迷惑かけてばかりってんじゃあ、いくらあんたが美人でも置いていくしかなくなっちまう。大体……」
ギルドルグは、何か言いかけて口をつぐむ。
このことは他人には関係ないことだ。初めて会った相手にこんなことを言って何になる。
「……? つまり私はどうしたらあなたに連れて行ってもらえるのかしら」
「簡単なことさ。実力を示してくれよ」
今の世の中は、完全な実力主義だ。力無きものは足蹴にされ、力を持つものだけが生き残る。
弱肉強食。強いものが生き残る、ただそれだけの話なのだ。
であれば生き残るためには、優がギルドルグと生き残るためには何が必要なのか。
それはやはり、力だけなのである。
「自分の身は自分で守れってな。あんたが最低限の実力を持ってなけりゃあ連れて行けんよ」
「……そう。じゃあ外へ出ましょう」
優は腰かけた椅子から立ち上がるとドアまで歩いていき、手招きして外へ出るように彼を呼ぶ。
手合せでもしようというのだろうか。最低限の手加減はするかと見当違いのことを考えながら、疲れた体に鞭を打ち、彼は彼女の背中を追った。
彼女を沈黙を嫌ったか、急に向かいの席に座る優が話しかけてくる。
「そういえばあなた、何の仕事をしているの?」
「トレジャーハンターだよ。このご時世じゃあ仕事に困ることはねぇ」
そう言ってギルドルグは袋から名刺を取り出し、彼女へと渡した。彼女は受け取った名刺を、深海の如き紺色の瞳でまじまじと見つめる。こちらまで吸い込まれてしまいそうになる、深く静謐な瞳だ。
名刺をしばらく見て、優がギルドルグの方を見つめ直す。なんとなく彼はまた視線を逸らした。
「宝狩人、ギルドルグ・アルグファスト。それじゃあ、あなたは各地を旅しているということかしら」
「もっとも俺は“依頼制”の方の宝狩人だから、そんな自由気ままな旅ってわけでもねぇけどな」
「……いいじゃないの、そんな自由でも。こんな身では自由に旅することも叶わないもの」
「まぁ女一人で旅ってのは今じゃあ危険だよなぁ」
ギルドルグは納得したように何度も頷いた。確かにこの国の治安は現在あまりいいとは言い難い。
かつて王都にも侵攻した北の軍事帝国、“オスゲルニア”とは危うい平穏を保ってはいるが、いつまた戦争の惨禍に見舞われるかは分かったものではない。
王国の東に位置する“ネヴィアゲート”ではまさに乱世だと聞く。群雄割拠の時代にあり、誰が覇権を握るのか、固唾を飲んで見守っている状態だ。
西方の海を越えた大陸にある新興国家も不穏な動きを見せていると噂が立っている。
どこで何が起こってもおかしくないこの状況に、人々の心は疲れ切り、不満が積もりに積もっていた。これも異常気象の影響か。
「だから、ね」
「ん?」
「連れて行って」
向かい合っていた優が、急に身を乗り出してくる。両者の距離は先程よりも明らかに近く、拳一つほどしか離れていない。赤い瞳と紺の瞳が視線をぶつけ合う。
それはひょっとしたら一瞬だったのかもしれないが、永遠とも思える時間だった。
ようやく気が付いたようにギルドルグはソファへと背中を預け、赤くなった顔を隠すように頬を掻く。
「……それは俺の仕事に、っつーことか」
「そうね。あなたと一緒なら、命の危険はなさそうだし。この街でのんびり暮らすのもいいけれど、そんな人生つまらないわ」
ギルドルグはむむむと悩み始める。
優にふざけている様子は微塵も感じられない。相当本気なのだろう。元々この街から出てみたい願望があったのだろうか。
しかしそれでも、はいそうですかと簡単に連れて行くつもりはギルドルグにない。
自分には何年も宝狩人として積み上げてきた実績と実力がある。
では、彼女はどうだろうか。確かに美人だ。仕事中でなければ是非仲良くしていただきたいほどの美人だ――いや、それは今は関係ないか。
問題は実力の方なのだ。宝狩人たる自分に、付いていくだけの実力は彼女にあるのか。
「俺の得、がねぇよなぁ」
「得」
連れて行って、俺が得するような人間でなければならない。と、ギルドルグはどこまでも、あくまでも打算的にこの状況を考えた。
少しばかり武芸に覚えがある程度ならば、完全な迷惑だ。残念ながら。
時には命を懸ける決断を迫られる時もあるだろう。一人ならば当然悩むことはないが、二人、ましてはお荷物の女などいては、採れる宝も採れやしない。
「そう、得だ。あんたを連れて行って、それであんたが俺に迷惑かけてばかりってんじゃあ、いくらあんたが美人でも置いていくしかなくなっちまう。大体……」
ギルドルグは、何か言いかけて口をつぐむ。
このことは他人には関係ないことだ。初めて会った相手にこんなことを言って何になる。
「……? つまり私はどうしたらあなたに連れて行ってもらえるのかしら」
「簡単なことさ。実力を示してくれよ」
今の世の中は、完全な実力主義だ。力無きものは足蹴にされ、力を持つものだけが生き残る。
弱肉強食。強いものが生き残る、ただそれだけの話なのだ。
であれば生き残るためには、優がギルドルグと生き残るためには何が必要なのか。
それはやはり、力だけなのである。
「自分の身は自分で守れってな。あんたが最低限の実力を持ってなけりゃあ連れて行けんよ」
「……そう。じゃあ外へ出ましょう」
優は腰かけた椅子から立ち上がるとドアまで歩いていき、手招きして外へ出るように彼を呼ぶ。
手合せでもしようというのだろうか。最低限の手加減はするかと見当違いのことを考えながら、疲れた体に鞭を打ち、彼は彼女の背中を追った。
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