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《ドキドキの文化祭編》

036:この相席がものすごい

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 ダブルチャイナの驚異はまだまだ続いた。

「純平くん。チャイナティーをお願いします」

 紫色のチャイナドレスに身を包むれおれおからの注文だ。
 チャイナドレスでチャイナティーとは洒落た注文だなぁ。

「名前を覚えていただいて光栄です。チャイナティーですね。かしこまりました」

 おおー。純平の方は執事っぽい接客だ。
 ファッションと気持ちの関係性とかテレビかなんかで見たことあるぞ。
 本当に服を変えるだけでその服に合った気持ちになったりするもんなんだぁ。
 でもまあ、わかる気がする。制服着ると学校だー、って気持ちになるからなぁ。
 それにしても純平、チャイナれおれおからの注文、よく乗り越えたぞ。
 動きはぎこちないけど……。

「隼兎くん、注文決まった~?」

 こ、小熊さんが――いや、チャイナくままが来た!
 くっ、僕も頑張らなければ。

「ミ、ミルクティーで……」

 ものすごく愛想の悪い注文になってしまった。
 違うんだ。緊張して……いや、緊張どころの話じゃない。チャイナくままが可愛すぎて自分の中のいんの部分が出てしまったんだ。
 それにしても可愛すぎるぞ。チャイナ服。くままのイメージカラーの黄色ってのもまた良いポイントだよなぁ。
 似合う。似合っている。似合いすぎている。
 枝のように細い真っ白な腕も、チャイナ服の切れ目から見える太ももも、チャイナ服に合わせたツインお団子ヘアーも。
 チャイナ服を着るだけで推しの至る部分の可愛さが格段に増している。素晴らしすぎるぞチャイナ服。
 推しの太ももをありがとう。このチラ見えは国宝級だ。本当にありがとう。

「ミルクティーネっ。かしこまりましたネっ。スグに作るネっ」

 おおー。下手なチャイナキャラも可愛すぎる。可愛すぎて微笑ましい。
 この感覚はきっと、おじいちゃんおばあちゃんが孫を見守るような感覚に近いだろう。

「「可愛い」」

 あっ、横の席のおじいちゃんのお客さんと声が被ってしまった。なんだか気まずい。
 でもさっき感じた感覚はやっぱり間違ってなかったんだ。
 おじいちゃんと声と感想が被るってそう言うことだよね。
 って、このおじいちゃんどこかで……。
 チャイナくままと仲良く喋ってるってことは、小熊さんの――くままのファン……?
 よく見ると一眼レフカメラも……あっ! 思い出した!
 ご当地アイドルIRISアイリスのイベントによく来てるファンの人だ!
 チェキの撮影会の時、ステージに上がった時によく目に入ってたファンの人だ。
 あの時はいつもカメラを構えてるから顔がよく見えなかったし、僕自身もチェキで精一杯だったからそれどころじゃないんだけどね。

 ――カシャッ!
 ――カシャカシャッ!!

 今もチャイナくままを撮ってるし。
 そうそう。このカメラの構え。絶対にファンの人だ。
 って、そんなことよりもチャイナくままの連続で繰り出されるポーズがあまりにも可愛すぎるっ。
 なんだこれ。そんなにポーズを取ったら時空が歪みかねないぞ。
 それに耐えられない。僕がじゃない。この地球がかわいさに押し潰されてしまう。

「くまちゃん。撮影会じゃないんだから仕事して~」

 ナイスだ。第2班の女子。キミは地球を救った。

「あっ、怒られちゃった。は~い。今仕事するよー。それじゃまたあとでねっ」
「うぬ。写真をまとめておく。頑張るんじゃぞ?」
「は~いっ。美味しいコーヒー待っててねっ」

 なんだかものすごく仲が良いなぁ。
 ここまで親しく接してくれて、くままファンのおじいちゃんもファンとして嬉しいだろうなぁ。
 本当に孫のように可愛く思えちゃうんだろうなぁ。
 そりゃ推しちゃうわ。推しまくっちゃうわ。わかる。わかります。

「なんだ? 見たいのか?」

 し、しまった。わかり味が深すぎて目を逸らすのを忘れていた。
 見たいのか、って写真をってことだよね。
 せっかく声かけてもらったし、それに小熊さんの写真なら……見たい! 見たいに決まってる!

「み、見たいです」
「そうか。それじゃ相席はどうじゃ?」
「あ、相席ですか……」

 まあ、相席の方が都合がいいか。
 席も空くし、写真も見やすくなるし。

「よ、よろしくお願いします」

 僕は一眼レフをいじるくままファンのおじいちゃんの席へと移った。
 席へ着くとすぐに一眼レフカメラの画面を見せてきた。

「な!!!!」

 そこに移っていたのは、僕の知らないくままだった。
 あまりの可愛さに声が出てしまったのだ。
 だって、初々しさと言うか幼さが残るくままを不意に見せられたんだ。誰だってその可愛さに声を出してしまうだろう。

「これはくままが初めてステージに立った時の写真じゃ。中学2年の最後の方じゃから、大体2年前じゃな」
「2、2年前のくまま。しかも初めてのステージ……」
「どうじゃ? 貴重じゃろ?」
「貴重すぎてやばいです」
「そんな貴重な写真がこんなにあるんじゃが?」

 くままファンのおじいちゃんは次から次へとくままの写真を見せてきた。
 1秒毎に変わるくままの写真に脳が追いつかない。
 もっとじっくりと見たいけど、じっくりと見てしまったらたくさんのくままを見ることができない。
 だから僕は1秒毎に変わるくままの写真に集中した。それだけに集中した。

 たまに見たことがある写真が画面に映ることがある。
 もしかしてこのおじいちゃん……くまま画像を投稿してる人か?
 僕がくままの画像を検索する時に出てくる写真が多い。浴衣も水着も他の写真も。
 つまりこのおじいちゃんがくままの写真を投稿してくれてる投稿者ってこと。要するに神様だ。
 僕みたいに後からファンになった人にとっては、こういった写真は本当にありがたい。

「どうじゃ? 目が離せんじゃろ?」
「瞬きすらできませんね」
「じゃろ? 投稿してない写真ばかりじゃから目に焼きつけるといい」
「はい。魂に刻んでます」

 それにしても本当にたくさんの写真があるなぁ。全部可愛いいし写真の撮り方も本当に上手い。

「あっ!!!!」

 また声が出てしまった。
 今回のは本当に仕方がないと思う。
 だって、画面に僕の姿が移ったんだから。
 正確に言うと、ツーショットチェキを撮っている僕とくままの姿だ。

「あまりにもくままの笑顔がよかったのでな、写真を撮らせてもらったんじゃよ。どこにも投稿してないから安心してくれ」
「確かにすごく良い笑顔ですね。ここでまでの笑顔の瞬間を写真に収められるだなんてすごい腕ですね」
「ほっほっほっほっ。くままの方はそうなんじゃが、キミの方は全部半目じゃよ。恐ろしいほど全部な」
「ほ、本当だ……」

 次から次へと映し出される画面。そこに映る僕は、くままファンのおじいちゃんの言う通り、全て半目状態だった。
 写真映りだけは昔から悪いが、まさかここまでとは。我ながら何かに呪われていそうだ。

「これを見せるたびに、から下手くそ下手くそと罵られてのぉ。ちょっと困ってるんじゃよ」
「あはは……それは申し訳ないです」
「じゃから、キミはこれからとチェキを撮る時は、目を瞑らないようにしてくれ」
「いや、無理ですよ。カウントダウンとかあればその時だけ絶対に瞑らないようにはできますけど」
「そうか。次から写真を撮る時はそうしてみるよ。には自然体を撮って欲しいと言われているんじゃがな。でもこうも半目が続くと……」
「あ、あの……」
「ん? どうしたんじゃ?」
「さっきから孫が孫がって言ってますけど……孫って?」

 ちょっと話が噛み合わなくってきている。孫って誰のことだ?
 くままファンのおじいちゃんの孫となんてチェキを撮ってことないぞ。
 と言うかくまま以外とチェキを撮ったことなんて……え? それってもしかして……僕の隣にいるこのおじいちゃんって……

「お、おじいちゃん! 隼兎くんに何見せてるのよ!」

 チャイナくままの焦り声だ。

「恥ずかしいからやめてー!」

 コーヒーとミルクティーが載っているトレーを持ちながら顔を真っ赤にしてる。
 顔が真っ赤のチャイナくままもとてつもなく可愛いな。
 おじいちゃん。今です。シャッターチャンスですよ。
 って、ちがーう!
 この状況はもしかして……

の可愛さを布教するのもおじいちゃんの仕事じゃ!」

 やっぱりそうか!
 このおじいちゃんはくままの本物のおじいちゃんだ。
 小熊さんのおじいちゃんだと知らずに相席してしまった。
 し、失礼はなかっただろうか。
 思い返しても、何も覚えてない。覚えてるとしたら1秒毎に変わるくままの写真だけ。
 魂に刻んだだけあって鮮明に覚えてるぞ。あぁ、全部可愛い。
 って、そうじゃなーい!!

 どうすんだよこの状況。
 何喋ればいいんだよ。
 小熊さんのおじいちゃんってわかってからめちゃくちゃ緊張しはじめちゃったぞ。

「おじいちゃん、隼兎くんに写真見せるのやめてよね。恥ずかしいから」
「ぬぅううう。孫の頼みなら仕方がない」

 落ち込みながらも小熊さんのおじいちゃんは一眼レフを専用のカバンに仕舞った。
 もっと見たかったなぁ。と、僕も落ち込んだ。

「2人してそんなに落ち込まないで。はいっ、ミルクティーとコーヒーだよ。もちろんくままの愛情たっぷりだよっ」
「「ぬぉおおおおおおおお!!」」

 愛情たっぷりと言われ、僕と小熊さんのおじいちゃんは嬉しさのあまり声が重なってしまった。
 あんなに落ち込んでいたのに、驚くべきほどの回復。くままは世界を平和にする女神、それを凌駕する存在なのだと改めて実感した。

「チャイナ孫のコーヒー!!」
「チャイナくままのミルクティー!!」

 ――ズズズズズッ。

 熱々のミルクティーをゆっくりすすった。火傷しないようにゆっくりとだ。

「「世界一美味い!!」」

 小熊さんのおじいちゃんと感想が被った。
 紛れもなく世界一美味いのだから感想が被るのは当たり前か。

「ほっほっほっほっほ」
「はははっ」

 なんだか小熊さんのおじいちゃんとは仲良くなれそうな気がする。
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