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第9話 私であり、私じゃない人
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椅子の上でぼうっとしていたけれど、気づけば配信を始める5分前になっていた。まだぼんやりする頭のまま、配信ソフトを立ち上げる。配信画面はいつも通りだから、あとは時間になったら配信開始のボタンを押すだけだ。
画面には、いつも変わらない笑顔の「月島ヨナ」が上半身だけ映っている。この月島ヨナは、私だけれど、私じゃない。
黒い髪を緩く巻いてサイドテールにしたヘアスタイル、横髪には赤いメッシュが入っている。現実の私は茶髪のストレートで、サイドテールなんてすることはない。
左耳には5つ、右耳には4つ開いたピアス。絵師さんにわざわざ個数指定までして描いてもらったピアスは、相当立ち絵を大きく映さないとはっきり見えない。現実の私の耳には穴は1つも無く、まして開いていた痕跡もない。
首元には黒いチョーカー。黒のチューブトップに、肩が見えるように羽織ったぶかぶかのジャケット。この衣装のデザインは私がデビューした1年半前こそ珍しくて、立ち絵でほんの少しバズった。けれど、今じゃありふれたものになっている。
それから、肩よりほんの少し右側から見えるしっぽ。申し訳程度の悪魔要素だ。
そんな、私とは全く違う「月島ヨナ」を使って配信している。彼女の口元から私の声が聞こえるのに違和感が強くて、最初のころは自分のアーカイブを見返せなかった。
「月島ヨナ」は絵師さんと何度も何度も相談して作り上げたVTuberだ。設定こそ自分で好きなように決めたけれど、見た目は絵が描けない自分ではどうしようもなくて、絵師のひがおさんにずいぶん助けてもらった。
絵が描けない私のイメージを、ひがおさんは何度もラフ画に起こしてくれて、私の想像する「月島ヨナ」のラフが上がってきたときは心底わくわくした。それから清書されて、色がついて、ヨナの立ち絵が完成した時の気持ちは、言い表せるものではない。
この界隈でありがちな「ママ」「娘」と呼び合うような関係性ではないけれど、ひがおさんは時折私の配信の告知をRTしたりしてくれていた。私も、ひがおさんの絵をRTしたりして、それなりの距離感を保っている。
言ってしまえば依頼をした側とされた側というだけだし、お金を払って商品を受け取ったから普通はそこで関係は終わるのだけれど、2人で作り上げたものは特別だという感覚が、たぶんお互いにある。
それくらい苦労して作り上げたキャラクターだからこそ、このままでいいのだろうかという思いがある。私は、この苦労に見合う活動を「月島ヨナ」にさせてあげられているだろうか。中の人が私じゃない方が、ヨナは幸せだったんじゃないだろうか。
自分で作ったくせにそんなことを思うのは無責任だろう。でも、私が今十分といえるほど活動できていないのは事実だ。
「……これから、どうしようね」
画面の中のヨナに話しかける。私の動きと表情がリンクしている彼女は、不安そうな顔をしながらも笑っていて、ただ可愛らしい表情で首を傾げただけだった。
画面には、いつも変わらない笑顔の「月島ヨナ」が上半身だけ映っている。この月島ヨナは、私だけれど、私じゃない。
黒い髪を緩く巻いてサイドテールにしたヘアスタイル、横髪には赤いメッシュが入っている。現実の私は茶髪のストレートで、サイドテールなんてすることはない。
左耳には5つ、右耳には4つ開いたピアス。絵師さんにわざわざ個数指定までして描いてもらったピアスは、相当立ち絵を大きく映さないとはっきり見えない。現実の私の耳には穴は1つも無く、まして開いていた痕跡もない。
首元には黒いチョーカー。黒のチューブトップに、肩が見えるように羽織ったぶかぶかのジャケット。この衣装のデザインは私がデビューした1年半前こそ珍しくて、立ち絵でほんの少しバズった。けれど、今じゃありふれたものになっている。
それから、肩よりほんの少し右側から見えるしっぽ。申し訳程度の悪魔要素だ。
そんな、私とは全く違う「月島ヨナ」を使って配信している。彼女の口元から私の声が聞こえるのに違和感が強くて、最初のころは自分のアーカイブを見返せなかった。
「月島ヨナ」は絵師さんと何度も何度も相談して作り上げたVTuberだ。設定こそ自分で好きなように決めたけれど、見た目は絵が描けない自分ではどうしようもなくて、絵師のひがおさんにずいぶん助けてもらった。
絵が描けない私のイメージを、ひがおさんは何度もラフ画に起こしてくれて、私の想像する「月島ヨナ」のラフが上がってきたときは心底わくわくした。それから清書されて、色がついて、ヨナの立ち絵が完成した時の気持ちは、言い表せるものではない。
この界隈でありがちな「ママ」「娘」と呼び合うような関係性ではないけれど、ひがおさんは時折私の配信の告知をRTしたりしてくれていた。私も、ひがおさんの絵をRTしたりして、それなりの距離感を保っている。
言ってしまえば依頼をした側とされた側というだけだし、お金を払って商品を受け取ったから普通はそこで関係は終わるのだけれど、2人で作り上げたものは特別だという感覚が、たぶんお互いにある。
それくらい苦労して作り上げたキャラクターだからこそ、このままでいいのだろうかという思いがある。私は、この苦労に見合う活動を「月島ヨナ」にさせてあげられているだろうか。中の人が私じゃない方が、ヨナは幸せだったんじゃないだろうか。
自分で作ったくせにそんなことを思うのは無責任だろう。でも、私が今十分といえるほど活動できていないのは事実だ。
「……これから、どうしようね」
画面の中のヨナに話しかける。私の動きと表情がリンクしている彼女は、不安そうな顔をしながらも笑っていて、ただ可愛らしい表情で首を傾げただけだった。
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