四季、折々、戀

くるっ🐤ぽ

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 自分の幼い頃――といっても、尋常小学校五年生くらいの頃である。それほど、幼くもない。とにかくその頃、自分は父に連れられて、とある山中にある旅館を訪ねた。
 行く道には雪が降り積もっていた。自分と父は、足元でキシキシ雪を踏み鳴らしながら、山道を登った。自分と父との間は、だいぶ空いていた。自分が、お父さん、と呼ぶと父は振り返り、自分が追いつくまで、山道の途中で待ってくれていた。吸い込まれそうに、白い景色だった。自分は顎を持ち上げて、灰色の重たい空に向かって、白い息を吐いた。
 この山道を登った先の、宿に行くと、父が言い出したのは突然のことだった。真面目で、あまり笑わない人で、冗談を口にすることもしない人だった。母からしゃくを受けて、酒を飲むことはあったのだが、酔って醜態しゅうたいをさらすようなこともなかった。
 母は昔風の教育を受けた慎ましい女性だった。父は、この旅行に当然母も連れてくるものだろうと、自分は思っていたのに、父が連れ出したのは一人息子の自分だけだったから、意外だった。母は、行ってらっしゃいませと、日本髪に結った慎ましい頭を下げて、父を見送った。自分は父を見上げて、何か言おうとして、お父さん、と言いかけたが、父は帽子を被りながら、ただ一言、行ってくる、とだけ母に告げた。それは、母に対して冷淡に自分の目には映った。母が寂しそうな笑みを浮かべているのを、振り返りもせずに家を出て行くから、尚のことだった。自分は母に同情した。父を責めたい気持ちになった。
 父は、真面目な人だった。しかし、家族に対して冷たい人ではないと、自分は信じていた。しかし、このときの父はどこか、いつもの父とは違っていた。父の心は、母や自分とはどこか遠いところにあるように見えた。そんな父に、自分や母の言葉がどこまで届くのだろうかと、疑問だった。
 自分の足が雪で滑りかけると、父が自分の肘を掴んで支えてくれた。大丈夫か、という一言もなかった。父は無言だった。
 宿には黄色い灯りが灯っていた。宿に入ると下女が出てきて、愛嬌あいきょうをたたえて笑った。梅の間を予約していた者だが、と父が言うと、下女は、ええ、こちらへ、と言って父から奪い去るように荷物を受け取ると、奥にある梅の間へ父と自分を通した。襖に梅の花が描かれていて、なるほど、梅の間だ、と思った。自分はそこで、宿の者から宿に関する様々な説明を受けた。
 自分は寒かったので、お父さん、先にお風呂に入りませんか、と父に言った。父は軽く頷くような、首を左右に振るような曖昧な返しをした。自分は、お父さん、僕は先にお風呂に入りたいのですが、と言い直した。父はどこか悲しそうな目をして、お前、一人で風呂に入れるかい、と言った。自分はもう、父に対してものを言うのが嫌になって、一人で着替えを持って風呂場へ向かった。
 風呂場には自分の他に、老人が一人湯船に浸かっていた。自分は体を洗い、ザブリと湯船の中に入った。痺れるような、良い心地だった。自分は長い息を吐いて、風呂場の縁に頭を乗せて、天井を見上げた。湯は自分の冷たく強張った体を、ピリピリと痛めつけた後、柔らかく包み込むようだった。
 坊、と声がして顔を上げると、先に湯に浸かっていた老人が、いつのまにか自分の傍にまで来ていた。坊、お前、一人で旅に来たのかい、と老人は言った。頭が禿げている割に、丈夫そうな歯と、しゃがれているが艶のある声の持ち主だった。ひょっとしたら、どこかの学者かもしれない、と自分は思いながら、いいえ、父と一緒です、と答えた。老人は、そうか、と答えた。
 儂は昔、ある人とこの宿に泊まった。番頭も主人も代わったが昔と変わらずこの湯船は良い、体のあちこちが解されていくようだ、この宿で本当に褒められるところと言えば、湯船と、美しい下女を雇っているところじゃないか、お父さんにもそう言っておやり。老人は、子どもの自分相手につらつらとこんなことを語った。自分はただ、はぁ、と答えた。何となく、気味の悪い爺さんだと感じて、早く湯船から上がらなければと思った。
 老人の話は、まだ続いた。老人と泊まったその人は、病を抱えていた。ふとした弾みで湯の中に沈んでしまいそうになるのを、老人は脇の下からその人の体を抱えて支えてあげた。溺れぬようにその人の顔を上に向けさせると、その人は潤んだ目を細めて、ありがとうと言った。その拍子に、その人の目尻から透明な雫がコロンと落ちた。老人は、その人が自分の腕の中で、眠るように息を引き取るのではないかと思った。それは、悲しいというよりも幸福な夢想であった。老人は、その頃は老人ではなく、色に溢れた未来を抱く若い青年であった。そのとき老人が抱いていたのは、老人と共に宿に泊まった、病を抱えたその人だけだった。また、その人さえいれば、未来も過去もらないと思った。冗談でも、衝動でもなく、心の底からそう思った。
 子どもだった自分には、何とも言える話ではなかった。自分は、老人と泊まったというその人は、女であるに違いないと思った。自分は、病持ちの、青白い肌をした美しい女が、湯船の中で老人に抱えられている姿を想像した。ただし、禿げ上がった老人の、青年の姿を想像することは出来なかった。抱えられる女が若いのであれば、老人もきっと、若い姿でなければなるまいが。
 夕食には、山の幸が出た。
 自分は夕食を運んできた下女が美しいかどうか観察しようとした。その顔は殻を剥いたばかりのゆで卵のようにつるんとしていて、のっぺらぼうではなかったけれど、白いばかりで目鼻立ちがハッキリとしなかった。下女が愛想笑いをしたときも同様だった。子どもの自分は、こういう女の顔を、美しいと言うのだろうか、と思った。
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