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⑧紫紺の魔術師〈攻略者⒈〉

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 あ~。俺ってばなんだかどうでも良くなっちまったわ。もしかしなくても惚れちまった?まさか隣にいるボンクラ王太子じゃないぞ。たった今このぼんくらに断罪され、婚約破棄された紅薔薇の紅葉姫にだ。

 自身を有りもしない罪をでっち上げて吊し上げる壇上の婚約者。それを見詰める深紅の瞳にには絶望が宿っていた。俺は隣国の皇帝の間者だ。いわゆる諜報ってヤツ。紅葉姫については散々調べた。調べれば調べる程素晴らしい体に能力だ。さすがに皇帝が惚れ込むだけは有る。

 俺の主は、紅葉を公私において欲していた。なんでも外交で国を訪れた紅葉の外交手腕と容姿に一目惚れしたそうだ。しかしあんなガキに一目惚れかよ!俺は正直呆れた。しかし紅葉は類いまれなる才能の持ち主だという。女性の出生率とともに、男女ともに下降する出生率。後継者が出来ずに、養子を貰うのが当たり前。その養子すらも血縁関係内では中々賄えない。

 そんな中女性側の出生率を五割も上昇させる薬が発売された。なんとその薬を開発したのが紅葉だという。王にもなれる血筋にその優秀さ。その為、次期王妃候補として王太子の婚約者になったのだと。もし紅葉を手中に納めれば、後の侵略の際の為にもなる。国民の不満も少なく、皇家の血筋を王にすげ替えられる。紅葉の子には、王位継承権が生まれるからだ。

 成る程。ならば自分が主のためにも、紅葉を見極めよう。どうせあの国は先々滅びる。皇国の配下になる。その下調べと兼ねれば一石二鳥だ。しかし紅葉姫の情報のガードは固かった。しかし固ければ固いほどなにかが有る筈。俺は次々に貴族を籠絡し、内部へと入り込んで行く。そして紅葉の兄を落として手に入れた極秘情報。紅葉の体の秘密だ。薬を開発したのは公表されている。

 しかしさらなる極秘事項があったのだ!紅葉は薬なしで、薬を服用する以上の確率での妊娠が可能。しかしこれは愛し愛されることが前提であり、愛のない行為では孕まない。始祖竜の血だそうだが、なんて都合の良い話なんだ。眉唾ものだと思ったが、どうやら間違いはないらしい。そのためあの国は、紅葉に拘っている。

 しかもその薬の基本構造は紅葉の魔力。これはあの兄でも可能だそうだが、薬の基本が紅葉の体の構造を解析し生み出された。これは凄い情報だ。この女性の出生率の少い現在、知られたら誰もが紅葉を欲しがるだろう。しかもそれだけではない。魔術師のランクが最高だと言うでは無いか!今だ学生で実戦の経験がなくてだ。実戦を詰めば将来は必ず四天王の位に上り詰めるだろう。

 私は全てを皇帝に伝え、王太子との婚約を破棄させる算段をする。どうやら家族も紅葉を大切にはしていない。紅葉には心に暗い影が有る。愛されたい。自分を見て欲しい。自分の居場所が欲しい。その孤独を上手く埋めろ。婚約破棄の傷心につけこみ、皇国に賓客として呼べ。それから口説け!と更なる報告を送る。皇帝は水面下での工作を進めていた。

 *****

 そして舞台の幕は上がった。絶望を宿した紅の瞳。しかし直ぐに穏やかな諦めにも似た光にかわる。王子や側近達の瞳をじっと見据える揺るぎ無い強い瞳。やはり魅了の魔法使等お見通しなのだろう。噂では状態解除の魔道具を作成し、皆に卒業祝いに贈ったと聞いた。それを使われなかった事への諦めだろうか?

 紅葉は側近たちに床に抑え付けられていた。そこに飛び込んできた父の公爵と兄。公爵が紅葉の頬をおもいきり叩き、公爵家からの絶縁を言い渡した。さらにはこの場から早々に出ていけ!と怒鳴りつける。紅葉はなにも言い訳をせずにすっと立ち上り、皆の目をしっかりと見据え姿勢を正す。俺の瞳をしっかりと捉え頭を下げ、王妃教育頑張って下さいと告げられる。その真摯な紅い瞳に吸い込まれそうになる。更には皆様ご迷惑をお掛けしました。と周囲に頭を下げた。最後に殿下に向かい、紅薔薇の紅葉姫としての別れの礼なのだろう。腕を胸に宛て綺麗に微笑み、深々と礼をして会場を去っていった。その佇まいに潔さ。皆が釘付けになりタメ息を吐く。しかし俺はそれ所ではない。

 くそ!公爵にやられた!公の場で紅葉を切ることにより、正式に皇国へ奪われるのを阻止しやがった!予定では、婚約破棄で傷心の紅葉を皇国へ招く予定だった。しかし貴族位がなければそれも難しい。もう直ぐにでも使者が来るはずだ。それとも既に来てるのか?王不在の時を狙ったのに失敗したな。公爵も意外に切れる。息子はボンクラだけどな。

 これでは多分紅葉は市政に下り、魔術師としての道を選ぶだろう。だとしたらギルドマスターの所か!紅葉は空間魔術も使える。瞬間移動で飛ばれる前になんとかしなければ!王子にトイレに行きたいと伝え会場を出る。なぜか後ろから公爵に声をかけられた。

〈神子姫様は、本日より我が公爵家がお預かり致します。王妃教育を施させて戴きますので、どうぞ宜しくお願い致します〉

 くそ!これでは夜まで連絡は無理だ!逃げられちまう!まあこれはコイツらも同じか。

 ・・・・・。

 王妃教育とか、もうどうでも良くね?紅葉を失ったこの国なんて、この先沈没する豪華客船みたいなもんだ。まあ王や公爵は呼び戻すつもりだろう。血筋的にも勿体無い。王位継承権第三位だ。下手すりゃボンクラ王太子の代わりに王位にだってつける。正直今回の件で、マジでそれ考えた方が良いんじゃね?ってレベルだ。しかし自分の居場所がないと思っている紅葉は、なにがなんでも許否するだろう。

 公爵には親心は有るみたいだが、わざわざ教えてやる義理はねえ。頬を打たれた時の絶望的な顔を見たかよ。婚約破棄の言葉を聞いた時より青ざめてだぜ。バカだねぇ。あの時公爵は、父親としての心より国益を選んだ。紅葉はそれを理解し、親より国より自由を選んだ。決意を込めたあの深紅の瞳に、俺はどうやら完璧に囚われた。俺は王妃教育を失敗させて、早々にトンズラするかね。

 皇帝ごめんな。俺も戻らねえ。アイツが欲しい。こんな事を思うの初めてだ。でも嫌な気分じゃない。むしろ気分は高揚している。俺は気になる物はとことん追いかける。それが俺の性分だ。

 さて先ずは、魔術四天王を狙いますかね。登り詰めれば必ず紅葉に出会えるはず。ああ。もうモミジではないんだよな。

 自身を磨き隣を空けて待ってろよ。俺は必ずお前の隣を手に入れる。既に居たら引摺り下ろしてやる

 待ってろよ。クレハ……

 *****
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