6 / 10
6.ダニエルの病い
しおりを挟む ダニエルはすくすくと育ち、最近では注意しても邸を走り回り、ミシェルは申し訳なさに、いたたまれない思いをする時がしばしばあった。
そんな、ダニエルであったが、マティルダ夫人を始めとする邸の方は、穏やかに見守ってくれている。
しかし、ある日ダニエルは急に高熱を出して、ベッドで休んでいる。
ダニエルの笑い声がなく、しんと静まり返った邸は、しばらくなかった光景だった。
マティルダ夫人がすぐに公爵家の侍医を呼んで、診察してもらうと、胸の中が悪くなっているそうで、薬をいただいて、様子を見るしかないとのことだった。
この病いは、悪化するとそのまま亡くなることもあるそうで、私とマティルダ夫人はとても心配している。
赤子の時から、ダニエルが病いにかかると、マティルダ夫人はすぐに侍医に診察してもらっているから、病いにかかったとしても、すぐに快方に向かい、ここまでダニエルが具合い悪そうにすることは、今までなかった。
マティルダ夫人には、私共々大変お世話になりっぱなしで、もし、彼女が私に何かを命じるなら、私は命すら差し出すだろう。
それほどまでに、マティルダ夫人はダニエルに私一人なら到底与えられないものを、与えてくれている。
その中でも、一番はやはりダニエルへの愛だ。
一人親の私には、ダニエルを愛してくれる人がいることは、何より嬉しいことだった。
だからこそ、ダニエルはこの邸の方みなさんに大切にされ、いつも元気いっぱいだったから、高熱を出し、呼吸も乱れている今、私はダニエルが心配だし、何より彼がいなくなったらどうしようと思い、怖くて仕方がなかった。
特に夜中は、邸全体が静まり返り、荒いダニエルの呼吸と咳、一向に下がらない熱が私を不安にさせる。
お願い、どうかダニエル、元気になって。
病いに負けないで、頑張って。
眠っているダニエルを見つめながら、私には祈ることしかできない。
私が代われるならば、すぐにでも代わって、どんな病いにも打ち勝つのに。
まだ小さなダニエルが、この病いに負けたらどうしよう。
不安に押し潰されそうになって、知らずに涙を流していた。
「ダニエルはどうだい?」
バーナード様が気遣わしげに、部屋にやって来た。
そして、泣いている私を見ると、足を止めた。
「バーナード様…。」
「どうしたんだい?」
「すみません、私、ダニエルを失うのではないかと、怖くなってしまって。」
バーナード様は私が泣いていると、何故かやって来てくれる。
「大丈夫だよ。
私も一緒にいるから。」
泣きながら震える私を、バーナード様は抱きしめた。
「ごめんなさい、バーナード様に迷惑をかけてしまって、もう大丈夫ですから。」
私はバーナード様に慰めてもらうのは申し訳ないし、彼の着ている夜着が、私の涙で汚れてしまうのではないかと、心配して離れようとした。
すると、
「ミシェルの大丈夫は、大丈夫じゃない。
しばらくこうしていよう。」
バーナード様はさらに私が逃れないように、きつく抱きしめてくれた。
彼はいつも優しいし、こうしてくれていると安心感が私を包む。
私は抗うことをやめて、バーナード様の背中にそっと手を回し、もたれかかる。
ほんの少しだけ、ほんの少しだけでいいから、彼とこうしていたい。
それ以上は望まないから。
それは、私がカーターを失ってから、初めて男性に抱きしめられた安堵感でいっぱいの抱擁だった。
もし、こんな時に夫がいる人ならば、みんなこうやって、優しく慰めてもらっているのね。
私には手に入らないものだわ。
こんな時に、一人でないことはなんて心強いの。
またも私は、バーナード様の優しさに甘えている。
バーナード様に抱きしめられた私は、次第に落ち着きを取り戻した。
「バーナード様、ありがとうございます。
もう大丈夫です。」
「うん。
もう大丈夫そうだね。
でも、私もこのまま朝までここにいよう。
一人では心配なんだろう?」
「はい、でも、バーナード様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、バーナード様はもうお休みください。
ダニエルの病いが、あなた様にうつってしまったら大変ですので。」
「大丈夫だよ。
一緒に見守るだけだから。」
「ありがとうございます。」
私達は時々ダニエルのおでこの布を交換する以外は、何もすることができず、ただ二人で、一向に良くならないダニエルの荒い呼吸を見守った。
でも、心配はしているけれど、不思議と怖さはない。
一人きりでなく、二人でいることが、こうした不安の中にいる時には、どれほど心強いか、身に染みてわかった。
バーナード様が、そばにいてくれれば、私は強くなれる。
でも、彼は優しくしてくれるけれど、本来ならば、雲の上の人。
また不安な時は、こうやって一緒にいてほしいなんて、望んではいけない。
彼は、善意で私達に良くしてくれているのだし、負担になってはいけないわ。
でも、頼りたい思いが膨らむ。
彼を慕ってはいけないのだから、もう私は、新しい夫になってくれる人を、探さないといけないのかしら。
彼のような頼りがいのある優しい男性で、ダニエルにも良くしてくれる人、そんな人がいるのかしら?
この邸を出て、新しい夫と暮らすなんて、男性を見る目が全くない私には、残念ながら無理な話ね。
ミシェルとバーナードは、ダニエルを見つめながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
朝早くに、ダニエルの様子を見に来たマティルダ夫人が部屋を訪れて、ダニエルの周りで、二人が寄り添いながら寝ている姿を見つける。
でも、二人に声をかけることはなかった。
数日後、ダニエルは病いを克服して、元気を取り戻した。
そんな、ダニエルであったが、マティルダ夫人を始めとする邸の方は、穏やかに見守ってくれている。
しかし、ある日ダニエルは急に高熱を出して、ベッドで休んでいる。
ダニエルの笑い声がなく、しんと静まり返った邸は、しばらくなかった光景だった。
マティルダ夫人がすぐに公爵家の侍医を呼んで、診察してもらうと、胸の中が悪くなっているそうで、薬をいただいて、様子を見るしかないとのことだった。
この病いは、悪化するとそのまま亡くなることもあるそうで、私とマティルダ夫人はとても心配している。
赤子の時から、ダニエルが病いにかかると、マティルダ夫人はすぐに侍医に診察してもらっているから、病いにかかったとしても、すぐに快方に向かい、ここまでダニエルが具合い悪そうにすることは、今までなかった。
マティルダ夫人には、私共々大変お世話になりっぱなしで、もし、彼女が私に何かを命じるなら、私は命すら差し出すだろう。
それほどまでに、マティルダ夫人はダニエルに私一人なら到底与えられないものを、与えてくれている。
その中でも、一番はやはりダニエルへの愛だ。
一人親の私には、ダニエルを愛してくれる人がいることは、何より嬉しいことだった。
だからこそ、ダニエルはこの邸の方みなさんに大切にされ、いつも元気いっぱいだったから、高熱を出し、呼吸も乱れている今、私はダニエルが心配だし、何より彼がいなくなったらどうしようと思い、怖くて仕方がなかった。
特に夜中は、邸全体が静まり返り、荒いダニエルの呼吸と咳、一向に下がらない熱が私を不安にさせる。
お願い、どうかダニエル、元気になって。
病いに負けないで、頑張って。
眠っているダニエルを見つめながら、私には祈ることしかできない。
私が代われるならば、すぐにでも代わって、どんな病いにも打ち勝つのに。
まだ小さなダニエルが、この病いに負けたらどうしよう。
不安に押し潰されそうになって、知らずに涙を流していた。
「ダニエルはどうだい?」
バーナード様が気遣わしげに、部屋にやって来た。
そして、泣いている私を見ると、足を止めた。
「バーナード様…。」
「どうしたんだい?」
「すみません、私、ダニエルを失うのではないかと、怖くなってしまって。」
バーナード様は私が泣いていると、何故かやって来てくれる。
「大丈夫だよ。
私も一緒にいるから。」
泣きながら震える私を、バーナード様は抱きしめた。
「ごめんなさい、バーナード様に迷惑をかけてしまって、もう大丈夫ですから。」
私はバーナード様に慰めてもらうのは申し訳ないし、彼の着ている夜着が、私の涙で汚れてしまうのではないかと、心配して離れようとした。
すると、
「ミシェルの大丈夫は、大丈夫じゃない。
しばらくこうしていよう。」
バーナード様はさらに私が逃れないように、きつく抱きしめてくれた。
彼はいつも優しいし、こうしてくれていると安心感が私を包む。
私は抗うことをやめて、バーナード様の背中にそっと手を回し、もたれかかる。
ほんの少しだけ、ほんの少しだけでいいから、彼とこうしていたい。
それ以上は望まないから。
それは、私がカーターを失ってから、初めて男性に抱きしめられた安堵感でいっぱいの抱擁だった。
もし、こんな時に夫がいる人ならば、みんなこうやって、優しく慰めてもらっているのね。
私には手に入らないものだわ。
こんな時に、一人でないことはなんて心強いの。
またも私は、バーナード様の優しさに甘えている。
バーナード様に抱きしめられた私は、次第に落ち着きを取り戻した。
「バーナード様、ありがとうございます。
もう大丈夫です。」
「うん。
もう大丈夫そうだね。
でも、私もこのまま朝までここにいよう。
一人では心配なんだろう?」
「はい、でも、バーナード様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、バーナード様はもうお休みください。
ダニエルの病いが、あなた様にうつってしまったら大変ですので。」
「大丈夫だよ。
一緒に見守るだけだから。」
「ありがとうございます。」
私達は時々ダニエルのおでこの布を交換する以外は、何もすることができず、ただ二人で、一向に良くならないダニエルの荒い呼吸を見守った。
でも、心配はしているけれど、不思議と怖さはない。
一人きりでなく、二人でいることが、こうした不安の中にいる時には、どれほど心強いか、身に染みてわかった。
バーナード様が、そばにいてくれれば、私は強くなれる。
でも、彼は優しくしてくれるけれど、本来ならば、雲の上の人。
また不安な時は、こうやって一緒にいてほしいなんて、望んではいけない。
彼は、善意で私達に良くしてくれているのだし、負担になってはいけないわ。
でも、頼りたい思いが膨らむ。
彼を慕ってはいけないのだから、もう私は、新しい夫になってくれる人を、探さないといけないのかしら。
彼のような頼りがいのある優しい男性で、ダニエルにも良くしてくれる人、そんな人がいるのかしら?
この邸を出て、新しい夫と暮らすなんて、男性を見る目が全くない私には、残念ながら無理な話ね。
ミシェルとバーナードは、ダニエルを見つめながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
朝早くに、ダニエルの様子を見に来たマティルダ夫人が部屋を訪れて、ダニエルの周りで、二人が寄り添いながら寝ている姿を見つける。
でも、二人に声をかけることはなかった。
数日後、ダニエルは病いを克服して、元気を取り戻した。
1,339
お気に入りに追加
1,219
あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

私から略奪婚した妹が泣いて帰って来たけど全力で無視します。大公様との結婚準備で忙しい~忙しいぃ~♪
百谷シカ
恋愛
身勝手な理由で泣いて帰ってきた妹エセル。
でも、この子、私から婚約者を奪っておいて、どの面下げて帰ってきたのだろう。
誰も構ってくれない、慰めてくれないと泣き喚くエセル。
両親はひたすらに妹をスルー。
「お黙りなさい、エセル。今はヘレンの結婚準備で忙しいの!」
「お姉様なんかほっとけばいいじゃない!!」
無理よ。
だって私、大公様の妻になるんだもの。
大忙しよ。

お望み通り、別れて差し上げます!
珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」
本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる