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始まりの予感

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 ロングホームルームは生徒の自己紹介後には保護者が教室に入り、一通りの説明や、駐輪場使用希望の手続きなどが行われ、その日は解散となる。

 帰りはおばあちゃんと徒歩でのんびり帰った。途中でとんかつ屋さんに寄ってくことになった。

 お昼には少し遅い時間だからか、店内は落ち着いている。


「気疲れしたんじゃないかい? おなか一杯お食べ」

「うん。きゃべつ親の仇のようにお代わりしよーかな」

「構わないけど、絶対残すんじゃないよ?」

「わかってるってー。わたしだって今は飲食店の子だもん」


 言いながら、「これにしよー」とメニューを指さしていたら、「晴れの日なんだからこっちにしな」と、同じ種類の中で最もグレードの高いメニューを選んでくれた。


 おばあちゃんはテーブルに置かれたポットから自分の分と私の分のほうじ茶を湯呑に注ぎ、熱湯みたいに湯気を立てている液体を覚ましもしないで啜った。

 
「あれだけじゃ何もわからないだろうけど、どうだい? これから通う学校やクラスは」

「んー、雰囲気は良さそうな気がしたなー。たのしみ」

「そりゃ良かった。なんかやりたいことは決まってるのかい?」

「それはー、これから考えるよ。でも部活は入らないかなぁ」

「のんが自分でしっかり考えて、決めたなら私はそれを応援するよ」

「うん、ありがとう。バイトはしたいかも」

「バイト? それならうちの店舗入るかい?」

「それもちょっと考えた。でも外行くよ」

「ほう?」

 おばあちゃんがなにやら不敵な笑みを浮かべながら、次の言葉を促す。

「なんか気を使われそうで」

「立派じゃないか。下駄をはかされた環境に甘んじないってこったろ?」

「げた?」

「ブーストかかってない状態で勝負するってこと」

「ああ、うん、そんな感じ。おばあちゃんがブーストってなんかウケる」

 なんか褒められて少しくすぐったいような気がしてちょっと話題を逸らした。

「日本的な文化を扱っている方が外国人の相手する機会は多いんだから」

「でもブーストて!」

 英単語の使用を突っ込みたかったわけではなくて、言い回しとか使い方のこと。言い換えるなら軽さ。軽妙な使われ方の言葉が重厚感のあるおばあちゃんから放たれたことへのミスマッチが面白かったのだが、それを説明してもあまり意味は無い。

「ほら、来たよ。せっかくの出来立てだ。熱いうちにいただこう」

「うん、いただきます」

 定食やラーメンなど、汁物とかスープが付いていたり一緒だったりする料理の場合、わたしはまず汁物やスープを一口啜ると決めていた。

 ここのお味噌汁、アオサがいっぱい溶けていておいしー!

 
 熱い汁が喉を通って胃に溜まるのがわかる。
 ほっとする。

 おばあちゃんの言う通り、気疲れがあったのか、緊張していたのか。気づかないうちに強張らせていた心を熱々のお味噌汁がほぐしてくれたみたい。
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