王女の夢見た世界への旅路

ライ

文字の大きさ
上 下
479 / 480
第13章 2度目の学園生活

89 隠された内容

しおりを挟む
「何か仕掛けでも……そういうことか」

 解析魔術を行使すると魔力が込められた透明なインクで文字が書かれていることが分かった。
 これは魔力を込めると仄かに光る性質があるインクで、エスペルト王国の紙幣などにも利用されている仕組みだ。
 とはいえ、王国で使われている物のように純度が高かったり偽造防止用の魔術が込められていたりするわけではない。高価ではあるが貴族でなくても手に入れられる物だ。
 灯りを全て消して窓のカーテンを閉めれば部屋全体を暗くする。その状態で魔力を流せば、手紙全体に薄らと文字群が浮かび上がった。一見すると繋げても単語として成立しないただの文字の羅列だ。
 けれど、私がかつて使用していたコードブックの当てはまれば意味のある言葉へと置き換わる。
 これは、いわゆるヴィジュネル暗号と呼ばれるものでラティアーナ専属の近衛騎士団だけで使っていた暗号だ。
 今の私の正体を知っていて近衛騎士団に所属していた騎士はカレナ一人だけ。そしてカレナからはカード状の通信用魔術具を受け取っていた。
 カレナから送られたであろう手紙には、会って話をしたいから返事が欲しいと書かれている。魔術通信どころか手紙にも詳細を書かれていないことを考えると余程の話なのだろう。

「問題はどこで会うか……かな」

 返事自体は冒険者ギルドを経由すれば良いとして、問題は私に付けられている王の影の部隊だ。撒くことは難しくないが、変な動きを見せればリーファスへ報告されかねない。
 自然な形でカレナと会って話をする必要がある。

「……ちょうど良いから協力してもらおうかな」

 Sランク冒険者であるカレナとの接点は公にはしていないが秘匿しているわけでもない。セルスト王国での雷龍からの防衛戦は公式の記録として残っており王女であるサングレアも知っていること。仮に問合せされたとしても事実であると証明されるだけだ。
 私用に付き合わせるのは申し訳なくも感じるが、惑いの森の中であれば王の影による監視も難しくなる。依頼の協力という形で会って話せば怪しまれることもないだろう。

 私は学園都市に戻る前にもう一度王都の冒険者ギルド支部に立ち寄り、カレナ宛にメッセージを送ることにした。



 休暇が明けて数日経つと平和な日々が訪れるようになった。
 王立学園ではアスカルテとクラウディアが流した噂で持ちきりになっていて、私やアスカルテに関する不穏な噂は息を潜めている。
 元々、誰が流したのかも分からない根も葉もない噂だ。
 こうして私とアスカルテが和気藹々とお茶をしているだけで、当初の噂は否定され新しい噂の確実性が増すことになる。

「相変わらず注目は浴びているけど……下手に干渉されないっていいよね」

 王立学園の庭園にあるガセポは少し離れた場所からでも見える位置にある。こうして紅茶を飲んでいると生徒たちの視線が向けられていることをよく感じるものだ。

「想像以上に効果がありましたからね」

 紅茶を飲みながら呟くとアスカルテも苦笑しながら頷いてくれた。
 アスカルテとしても短時間でここまで落ち着いたことは驚きだったらしい。いくらクラウディアの助力も得て噂が広まったとしても周りからの反発が大きいと考えていたそうだ。

「アスカルテを慕っている令嬢が多くて助かったよ。コルネリアスの人気を考えると嫉妬が凄そうだからね」

 噂が浸透するまでの二日間くらいは、他の令嬢たちから呼び出されることが何度かあった。そのほとんどは私を利用しようとしていた令息たちの婚約者かアスカルテを慕っていた令嬢たちだ。
 声をかけてきていた令息たちが私から離れれば彼らの婚約者は何もしてこない。
 アスカルテを慕っていた彼女たちも、アスカルテが望んでいることなら応援するというスタンスらしく思いの外、敵意を向けられることは減っていた。
 未だに敵意を向けてくるのは、コルネリアスを狙っている令嬢たちくらいだ。

「嫉妬で済めば良いのですけどね……」

「手を出してくれるなら、むしろありがたいかな。貸しを作る良い機会になる」

 嫌がらせが露見しても罪にはならないだろうが醜聞にはなる。貴族を糾弾するためには確たる証拠が必要だが、上手く利用すれば貴族家自体を味方に引き込むこともできるはずだ。

「婚約のための味方づくりですか」

「嫉妬を利用して王立学園の敵対勢力を取り込む。あとは……」

「夏の社交で大貴族を味方につける……ですか」

「うん。もうそろそろ覚悟を決めないとね」

 私はアスカルテの言葉に大きく頷く。
 これはコルネリアスとアスカルテと三人で話して考えていたことだった。
 二人が王太子とその婚約者として王立学園の夏季休暇の間に公務で王国内の領地を巡ることになっている。
 マギルス公爵家やノーティア公爵家、スエンティア公爵家をはじめとした国境沿いの大領地との社交は、今の私たちにとっては何としても味方にしたいところだった。
 名目上は二人の友人として、実質はコルネリアスの恋人兼アスカルテの親友として新しい縁を紡ぐ。
 リスクはかなり高いが今の私たちにとって目的を達成するために必要なことだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

本当の絶望を

SALT
恋愛
「ラビラとの婚約を破棄する」 侯爵令嬢ローズは、王子ラビラとの婚約を一方的に破棄された。 代わりに選ばれたのは、実の妹であるミカエラ。 追放、裏切り、絶望。 すべてを失い、“本当の絶望”を経験したローズに残されたのは、ただ一つ復讐だけだった。 復讐だけが、新たな希望であり、生きる理由となった。 今度は、こちらから“本当の絶望”を贈ってあげます。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

処理中です...