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第一章 闇夜の死竜

第十四話「昼食のひととき」

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 冒険者区での闇夜の死竜探しの翌々日。
 午前の授業を終えた昼休み、俺は学院内にある食堂を訪れていた。
 中には食べ物を持参する生徒もいるが、大半はこの食堂で昼食を摂る。
 それは俺を含めた五年風竜クラスのおなじみの六人も例外ではない。
 互いに声をかけ合うわけでもないのに、自然と食堂にみんなの足が向かうのだ。

 ウルズ剣術学院の食堂といえば、町の飲食店にも引けを取らない味だと有名だ。
 しかも財布に優しい低価格を実現しているので、生徒には大人気だった。
 俺は数あるメニューから野菜のたっぷり入ったスープとパンを注文し、空いている席に座った。
 セシリアとブレンダは果実の盛り合わせを、ハロルドは俺と同じ物を選択している。
 ロイドは「腹が減りすぎて死にそうだ~」と肉料理を頼み、ミリアムは実家がパン屋なので持参したパンを皿の上に並べた。

 ほどなくして全員の食事が揃いロイドが「いただきまーす!」と言った。
 それに続けて五人も同じように復唱してから食事を口に運ぶ。
 いつもと変わらない光景だ。
 だが、今日は一つだけ違うことがあった。

「あ~腕がパンパンだぜ……」

 ロイドが肉を頬張りながら腕を見る。

「あたしもよ。こんなことならロイドの話に乗らなければ良かったわ」
「私も腕が重くて辛いの……」
「おかげで昨晩は日課の稽古を休んでしまいました。この分は必ず取り戻さないと」

 ブレンダ、ミリアム、ハロルドも同様に自らの腕を眺めたり触ったりしている。
 こうなったのも無理はない。
 昨日、午後の授業を終えた俺たちは、ブランドン先生から与えられた罰を実行していた。
 剣の素振り千回である。

「全然なんともないような顔をしているけど、セシリアは大丈夫なのか?」

 セシリアがいつもどおりの笑みを絶やさないので、俺は気になって訊いてみた。
 するとセシリアは少しだけ眉を下げて首を横に振る。

「わたしもみんなと同じよ。でも苦しい表情をするとクラスのみんなが心配してしまうから我慢していたの」
「なるほど、そういうことか」

 そういえば、ミリアムやブレンダは周りのクラスメイトに「どうしたの?」と聞かれていたっけ。
 実際は腕の痛みもさることながら、人の死を目の当たりにしたショックのほうが大きかったに違いない。
 この町に住んでいれば知り合いが魔物に襲われて大怪我をしたとか、命を落としたとかいう話には事欠かない。
 もう何日かすれば精神的にも安定するだろうと思った。

「アルのほうこそどうなの? 腕もそうだけど、怪我の具合は本当に大丈夫?」
「俺は大丈夫さ。ミリアムの傷薬が効いていたから腫れは昨日のうちに治まったし、痛みももうほとんどないよ」

 一生懸命パンを囓っているミリアムのほうを見ると、照れたように笑っていた。

「それにしてもよ、千回は厳しすぎだろ。試験前なのにちょっとは考えてくれっての」

 肉料理を早々に平らげたロイドが、ブレンダの皿に残っている果実に手を伸ばした。
 ブレンダはロイドをひと睨みすると、その手をピシャリとはたく。
 ロイドが言っている試験とは風竜の月、炎竜の月、死竜の月の年に三回実施される定期試験のことだ。
 特に死竜の月に行われる試験は学年末ということもあり、進級時のクラス編成にも大きく関わってくる。
 もう間もなく五年生として一回目の定期試験が実施されるのだ。

「ロイド、しっかり勉強しろよ。腕が痛くて勉強が手につかなかったなんて言い訳が、ブランドン先生に通ると思うのなら試したらいいけど、俺たちに迷惑はかけないでくれよ?」

 俺がそう言うと、ロイド以外の全員が一斉に笑った。

「でも……試験の話は置いといて素振り千回は、ロイドくんの言うとおりやりすぎかも……」
「そうね、今までは五十回とか多くても百回ぐらいまでだったものね。ねぇ、アルはどう思ってるの?」

 セシリアが俺の意見を求めてくる。
 確かに授業で質問に答えられないとたまに素振りを命じられることがあるが、たいていは百回までだ。
 それが千回なのだから、たまったものではない。
 みんなの筋肉が悲鳴を上げていた。
 おかげで午前の実技の授業では散々な評価を受けるはめになった。
 その理由はあるようなないような。

「さあ、どうだろうな。ダメ元で本人に直接聞いてみる手もあるぞ。俺やロイドなら無理そうだけど、セシリアになら教えてくれそうな気もするけど」
「聞いてもいいけれど、うまくはぐらかされそうな気がするわ」
「ブランドン先生のことですから、何か考えがあるかもしれないですしね」
「おまえは真面目か。あるわけねぇよ。くぅ、腕が痛ぇ……」
「ところで、次の試験も大事だけれど、二ヶ月後の水竜の月には交流戦と武闘祭に向けた学院内予選があるわね」

 ブレンダが思い出したように話題にした交流戦とは、同じウルズの町にあるウルズ魔術学院との公式の模擬戦だ。
 交流会と銘打ってはいるが、一年に一度幻竜の月に剣術学院と魔術学院の代表が日頃の成果を競い合うアステリア王国の伝統行事となっていて、両校の代表者七名ずつの団体戦だ。

 そしてもう一つ。
 武闘祭――正式名称はウルズ武闘祭(若年の部)も毎年開催される伝統行事だ。
 同時期に若年の部ではない、ウルズ武闘祭も開催となっている。
 参加資格は剣術学院と魔術学院を含めた、ウルズに十六校ある学校に在籍している十八歳までの生徒。
 つまり、十八歳以下に限定されるが、ウルズの町で一番強い者を決める大会となっている。
 こちらは個人戦だ。

「そうですね。去年の六年生の先輩方が卒業したので、僕たちにもチャンスがあります」
「やっぱハロルドは個人のほうで代表入りを狙っているのかよ?」

 しかし、その道のりはとても厳しい。
 まずはウルズ剣術学院の代表にならなければ、武闘祭の表舞台に立つことさえできないのだ。
 代表枠は交流戦が七名、武闘祭が二名という狭き門だ。
 代表になるには学院内予選を勝ち抜かなければならないが、上位のクラスや六年生という大きな壁がある。
 その険しい道を、ハロルドは歩もうとしていた。

「それはそうですよ。剣術学院の代表に選ばれるのは名誉あることです。父も調子はどうだと気にしていますし」

 当然、中級を取得しているハロルドは武闘祭での代表を狙っている。
 どうやら親父さんからのプレッシャーも相当なようだ。
 そして、その学院内予選が国内で二番目に生徒の多いこのウルズ剣術学院では、毎年熾烈を極めた戦いになるのだ。

「ハロルド、おまえなら必ずやれると言ってやりたいけど、五年だって俺たち風竜クラスの上には三つもクラスがあるし、六年生の下位クラスも手強いぞ」
「わかっています。ですから日々の鍛錬を欠かせないんですよ。ブランドン先生は四年生のときに武闘祭で優勝しているんです。もちろんブランドン先生に比べれば僕なんて未熟もいいところですが、負けたくない気持ちはあります」

 ちなみにウルズ剣術学院を首席で卒業したわれらが担任教師ブランドン先生は、ウルズ武闘祭(若年の部)で優勝している。
 そして、その勝者が出場できるアステリア王国武闘祭(若年の部)でも優勝という偉業を成し遂げている。
 つまり十八歳以下ではアステリア王国で一番強かったのだ。
 しかも三連覇というから恐れ入る。
 それほどの功績があれば就職先も引く手あまただったはずだが、どういうわけか剣術学院の教師という仕事に甘んじている。
 まぁ、本当に所属しているのは別の組織らしいが、俺も詳しくは知らない。

 去年はハロルドを除く全員が一試合目で負けている。
 一試合目を勝ち抜いたハロルドは順調に勝ち進み、上位三十二名にまで残った。
 四年生でそこまでいけば、胸を張れる立派な成績だと言える。

 本気で代表を狙うハロルドはいつになく雄弁になり、その意気込みが伝わってきた。
 その後も食事をしながら交流戦や武闘祭の話で盛り上がった。
 最後のミリアムがパンを食べ終えたのを待って、俺たちは席を立とうとした。
 その時、俺の対面に座っているロイドの背後から、三人の生徒が近づいてきた。

 三人とも見知った顔で二人の男のほうは同じ五年、もう一人の女子は六年生の先輩だ。
 もう何度見飽きたことか、いつも一緒の三人組だった。
 それに気づいたミリアムが身を縮こませ、ロイドは振り返って眉間にしわを寄せる。
 ブレンダは露骨に嫌そうな顔をし、ハロルドは眉をひそめた。
 そして俺の隣にいるセシリアは平静を装い、俺は人ごとのように様子をうかがった。
 平穏な学院生活を送りたい俺に、どうも周りはそっとしてくれないらしい。

「何の話をしているかと思えば武闘祭の話か。おまえたちが代表になれるわけがないだろう。それと、平民が貴族の食卓で何をしている。少しは立場というものを弁えたらどうだ?」

 言い放ったのはエドガー・アラベスク。
 元老院議長を父に持つ、五年樹竜クラスの貴族だった。
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