憧れの先輩の結婚式からお持ち帰りされました

東院さち

文字の大きさ
上 下
38 / 53

まさか 6

しおりを挟む
 部屋には皆いて、穏やかに談笑していた。クロードは嬉しそうに妹と弟と笑みを交わしている。

「お待たせしました」

 ビアンカさんがそう言うと、視線が俺に集まった。
 立ち上がった侯爵がビアンカさんと俺に「さすが君が選んだだけあるね。アンリ、素敵だよ」と言って、ビアンカさんをエスコートして先に部屋を出た。

 この低音、親子でそっくりだ。ゾクッとした。

「アンリ、この前約束しただろ。後でおしゃべりしよう」

 この前の約束、そうだ。あの時、確かクロードとレオナの関係を知っているんだろうと匂わされて……勘違いしたんだ。二人の兄妹が仲良く出会いを喜んでいる間、普通にお喋りをしようと誘われていたんだということに気付いた。

「ははっ」

 先輩は首を傾げてから、レオナをエスコートしていった。次いでにアルフレッドを連れて行ったところはさすが気がきくと評判なだけある。

「妹さんと……会ったことなかったの?」
「ああ、会いに行ったんだ。リン国へ。大使にまでなって。そしたら、入れ違いでレオナは彼女の父親についてこの国に来てて、会えなくて。大使にまでなったら母も会うことを許してくれるだろうと思ったんだが、甘かった」
「あんた、そういうところあるよな」

 クロードが、一瞬泣きそうな顔をしたように見えた。

「最初の方はアンリに言ったら、相手にしてもらえなくなると思ってた。ヒューゴのために私を結婚式会場から連れ出そうとしてたみたいだから」
「そうだな。先輩には幸せになってもらいたかったから。こんな美形にさ、『逃げよう、一緒になりたい』て言われて断れる女はいないだろうと思ってたから」
「そういうところが、好き」

 クロードは俺の手の甲にキスをした。

「俺は、顔だって普通だし、性格だって特にいいわけじゃない。仕事もそんな出来る方じゃないし、金も持ってない。クロードが好きとか愛してるとか言っても、俺の反応を見て遊んでるんじゃないかって思う」

 俺ってこんなに卑屈だったっけ? 

「反応をみて遊ばれているのは私のほうじゃないの?」
「なっ! そんなわけない」

 クロードの言葉におさめていた怒りが湧く。俺、どうしてクロードが相手だと沸点が低いんだろう。

「ヒューゴに誘われたアンリを止めたくて、『そんなことするくらいなら止める』っていうのを待っていた私を煽ってたじゃないか」
「……俺が知らないだけで、ああいうのが普通なんだと思ったんだ……。だって、あんたフェラだってするじゃないか。リン国は危ない国だっていってたし、仕事場でもああやって遊んでたのかなって……」
「そりゃ、アンリが可愛いからフェラだってなんだってするよ。トロトロにとけて『クロ』って呼んでくれるなら」

 犬のように呼ばれるの、好きなのか……。それもどうかと思うけど。

「食事、行かなくていいのか?」
「アンリとお話してから来なさいって父上に言われたんだ。先に食べてもらってるけど、いいよね?」
「別に構わない」

 どうせ味なんてしないだろうし。

「アンリに、セフレって言われてショックだった。私はアンリを恋人だと思ってたし、まぁ譲ってもまだ両想いになれてないだけだと思ってたから――」
「両想いになれてないなら恋人じゃないだろ」
「そうだけど。凄く腹が立った。独り言で告白されて有頂天になってたのに、地獄に落とされた気分だった……。でも気付いたんだ。私がアンリに伝えていなかったんだって。大事にしたいって思ってるのに、してなかったんじゃないかって。だから……、身体だけじゃないって。一緒にいる時間を大事にしてるんだって。恋人なら家族に紹介しなきゃって思って――」

 ああ、身体に飽きてきたんだと思ったけど違ったんだ。あの薔薇も、家族への紹介もクロードなりに考えた俺への誠実さだったんだ。

「全然伝わってなかったけどな!」

 しょんぼりしたクロードの耳と尻尾が垂れてるように見えた。幻覚も次第にリアルに見える。

「伝わってなかった?」
「ああ、全く。クロードは俺の身体に飽きたんだと思ったよ。でもそれでもいいかって、友達のような上司と部下のような関係のほうがこんな感情に振り回されないでよかったって思う」
「嫌だ! アンリ、捨てないで……」

 どうしてこんな風に捨て身で、と思って気付いた。クロードはきっと寂しかったんだ。両親が離婚して生まれ育ったところから離されて。父親は忙しいだろうし、そのうち恋人が出来て、母親は再婚して……。妹には会えなくて。

「クロードは何で俺を好きになったんだ?」
「……クロって呼んで、優しい笑顔で何をしても『クロ、駄目だろ』って言いながら許してくれて……だから私は甘えていたんだ。アンリは懐が広くて、優しくて……大好き。側にいられるなら私は犬になりたい」

 そこまで言われて断れる性格じゃない。俺だってクロードのことが好きなんだ。幸せになってほしい。

「犬じゃ駄目だ。犬に愛してるとか言ったら変態だろ」
「愛してるって言ってくれるの? ヒューゴのことは諦めてくれる?」
「先輩のことは憧れだって……。俺はずっとクロードのこと……多分、好きなんだと思う」

 そうじゃなかったら、あんなこと、先輩を誘惑して……なんて思わなかった。まぁ、先輩が誘ってきてるって誤解がなかったらそれもなかったけど。

「多分でも嬉しい。アンリ、結婚してください」

 そそくさと出してきた指輪に驚いた。そこまで考えてなかった。けれど、ここでそれはちょっと……って言ったらクロードを傷つけそうで。

「結婚は、妹がしてからかなぁ……。やっぱり心配だし!」
「そうか、そうだね。責任感が強いからアンリは。わかった」

 あまりに素早い撤回に、あれ、こいつそんなに結婚したかったわけじゃないのかと少し寂しくも思った。けれど、これは俺の我が儘だ。だからクロードにキスをした。軽いキス。

「アンリ、それは誘ってるの?」
「そんなわけないだろ。食事、行かないとな。ほら、俺は場所知らないんだから連れて行ってくれよ」

 ガッカリされた。このタイミングで誘うわけないじゃないか。でもあまりにしょぼんとしてるから、思わず言ってしまった。

「今日は泊まるんだろ」

 って。ああ、眩しい。笑顔が凄くキラキラしてて、何か変な薬でも使ってるの? ってくらいテンションの高くなったクロードに連れられてクロードの家族の待つ部屋に連れて行かれた。

 さすがビアンカさん、クロードと俺を見て「乾杯しましょう。一番高くて美味しいお酒持ってきてちょうだい」と執事に命じた。バレてる。
 それから、少しとげとげしているリオナと反抗期かなっていうアルフレッドに苦笑しながら美味しい食事を味わった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

真面目な部下に開発されました

佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。 ※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。 救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。 日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。 ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

若頭の溺愛は、今日も平常運転です

なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編! 過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。 ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。 だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。 ……俺も、ちゃんと応えたい。 笑って泣けて、めいっぱい甘い! 騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー! ※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...