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第9章
アニス、再び王都へ①
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二一一四年 十月某日 元侍女の日記より
わたしは今、ある施設に身をよせている。
どうしていつも逃げてばかりだったのか、しきりにあのときのことが思い出される。だが自分の気持ちを知ってしまった以上、城にはいられなかった。身分の違う自分が彼と結ばれるはずもない。
それでも、今も期待してしまう。あのドアを開けて彼が迎えに来てくれることを。
おや、ノックの音が……
コミューンへもどる途中、ふたりとも終始無言だった。サンドバイクの前後ではろくに会話ができないにしても、アニスは何を話せばいいかわからなかった。
男性にとって抱──抱きしめる行為はいくつ意図があるのか。
心理学は専攻外だったのでわからない。
あれこれ考えているうちに、見知った街並みが見えて来た。コミューンの市民街である。
城ではクーデターが起きたというのに、街はいつもと変わらぬ雑踏だった。トップが誰に変わろうと、ここでは誰も気にしていないようである。
ツバキは例の雑貨屋を訪ねた。
「よう、バ……じゃねーや、ジーさん」
老爺は相変わらずの派手な風貌で、軒先で競馬新聞を読んでいた。さほど驚きもせず、ふたりを見上げる。
「おやアンタ、生きてたのかい。今日は何用だ」
ツバキは、札束をぽんとショーケースの上に投げた。アニスが驚いて目をまるくする。
「桜城の見取り図がほしい。今すぐ」
「そんなもん手に入れてどうする」
サングラスの向こうから、窺うようにじろりと睨まれる。
「クーデターを止める」
「ええっ!?」
アニスは頓狂な声でツバキを見た。だが彼は、険しい表情で老爺を見すえたままだ。
「城はどうなってる?」
「ウツギ議員と細君、王党派の貴族数名が牢塔に幽閉されている。処刑はまだ未定──だが叛乱を止めることで、お前に何かメリットはあるのかい」
「ねーよ。だが、ハオウジュ将軍が国を支配する以上、王家の血を引く者に安全は保障されない」
ツバキはアニスをふり返った。
「……ほう、その子のために国をひっくり返すと?」
「任務の意味を考えろって言ったのは、あんただろ」
老爺は札束を懐に収めるとニヤリと笑い、奥へ引っ込みカチャカチャと操作を始めた。プリンターから見取り図が印刷された紙を引き抜き、ショーケースに何かを添えて置く。
「釣り銭だ」
王家の紋が彫られている金の万年筆を受け取り、ツバキは訝しげに老爺を睨んだ。
「……ジーさん、こんなんどこで手にいれたんだよ」
「ここは王国のど真ん中だ。いろんなモノが流れて来るのさ」
「ふん、おれが偉くなったら、いつか化けの皮剥いでやるからな」
ツバキは挑戦的な笑みを浮かべ、戸惑うアニスを連れ人ごみを去って行く。
そんな後ろ姿から競馬新聞に目を移し、彼はおもしろそうにつぶやいた。
「ま、馬場を出たほうが馬はいい走りをするもんだ」
「ちょっとリクドウさん、待って下さい!」
すたすたと市民街の通りを行くツバキを、アニスはあわてて追いかけた。
「待ちなさいって言ってるでしょ!」
ツバキは停車したサンドバイクへまたがり、出発する準備をしている。
「アニス博士、女子高生にあるまじき顔してんぞ」
「ふざけないで下さい」
アニスは怒りを込めた声で訴えた。
「わたしを置いて、自分はひとりでお城へ行くんですね? そうなんですね?」
「だとしたら?」
平然と答えるツバキに、アニスは手のひらをぎゅっとにぎりしめた。
「かっこつけて勇者ですか? そんなの、ちっともリクドウさんらしくない!」
だがツバキはぼりぼりと頭をかき、ヘルメットをアニスにわたすと、少し困ったように笑った。
「かっこいいのがおれらしくねェって、地味に傷つくなァ。でもまあ、ほんとに勇者じゃねェからよ、魔王倒すのに賢い姫の協力が必要なんだよな……知恵、貸してくんねーかな」
一瞬唖然としたアニスはごとりとヘルメットを落とし、笑いながら涙をぬぐった。
「マイドオオキニ」
ツバキはまず、最初に行った古着屋で着ていたトラックジャケットを売り、自分の軍服を買いもどした。
バイクは再びUターンして、スクラップへ向かう。ふたりがハイト油脂の工場へ入ると驚きの声があがり、みんながつめよって来た。
「アニス!」
人だかりの中から、子鹿のようにアオイが飛び出して来る。
「黙っていなくなっちゃうなんてひどいよ!」
「ごめんね、アオイ。でも退院できたのね、よかった」
まだ頬のガーゼは取れていないが、仕事は復帰したようだ。ヒノキが恭しく、小箱に入ったガラス瓶を持ってくる。
「あんたのおかげでヒット商品になったよ」
見ると、パッケージにデザインされた銀のロゴタイプと同じものが、社員の作業服にもプリントされている。
「アニスが教えてくれた灰の染料で、ぼくが作ったんだよ」
アオイが得意げに躰を反らす。食堂にも、灰干しのメニューが増えたらしい。
ツバキが気づいたように首を巡らせた。アカザとカシの姿が見えない。
「大将とデカいのどうした」
「アカザさまたちは──仕事で出かけている。で、突然ふたりともどうしたんだ?」
若干、話を逸らされた気がしてツバキが怪訝に首をかしげる。だがアニスは大きく息をすうと、かしこまって全員に告げた。
「──実は、みなさんにお願いがあって参りました」
夕刻、工場を出たふたりは、ランタンの灯りが妖しく灯り出す灰都の歓楽街へサンドバイクを走らせた。牌坊門をくぐり、通りのとある中古のビルの地下へ下りる。
中からかすかに聞こえるのは、男たちの談笑と俗っぽい笑い声だ。
違法の賭場部屋の前まで来たアニスは、不安げに祈った。
(うまく、乗ってくれますように)
そんなアニスとは対照的に、ツバキは制帽を深めにかぶり、宅配業者よろしく元気にドアを開ける。
「お届け物でーす」
雀卓を囲む数人がふいとこちらをふり向き、顎をしゃくられた若者が応対に出た。
ツバキはナチュラルに小さめの段ボール箱を見せ、「あ、こちらでサインを」と筆記用具をわたす。王家の紋の入った金の万年筆を若者が訝しげに眺めていると、
「待て」
奥の卓のひとりが、ツバキの軍服を見咎め立ち上がった。
「……なんで、軍人が荷物なんか持って来るんだ? おいお前、帽子を取れ」
「……」
うつむいたまま、ニヤリと笑みを浮かべたツバキに、長袍の男──イチイは一瞬たじろいだ。
「お前、あのときの──貴様、桜城の近衛兵だったのか!」
「カチコミかあ!」
イチイの背後で、鉈や棍棒など物騒なアイテムを手にした男たちが、一斉に立ち上がった。
ここは、『ハイイロウサギ』を騙り、アニスたちを襲った徒党の溜まり場だ。
ツバキは制帽を上げると、
「よォ、先日は世話んなったなァ! こいつは──土産だ!」
と荷物を思い切り投げた。
箱から、燃え出した導火線のついたテニスボールがぽろりとこぼれ落ち、ツバキが廊下へ飛び退るとアニスがドアを外から施錠する。ツバキは急いで階段を駆け上がり、小気味いい破裂音に小躍りした。
すぐに小窓から、涙目の男たちが煙といっしょにわらわらと這い出て来る。段上から見下ろすツバキに気づくと、イチイは目と鼻をまっ赤にさせ怒鳴った。
「貴様……っ! こんなことをして、ただですむと──へーっくしょい!」
「火薬とスパイスをブレンドした、アニス博士特製ボムだ。こんな穴蔵で油売ってるヒマなお前らにはいい刺激だろ」
ツバキは踊り場に這いつくばるイチイを尻目に、颯爽とバイクに飛び乗る。
「偽ウサギさんよォ! この勝負、桜城が買うぜ!」
爆煙をもうもうと巻き上げ、ふたりを乗せたサンドバイクは再び牌坊門を後にした。
「さすがに入れそうにないな」
同じ頃、コミューンのビルの屋上から、シュウカイドウが双眼鏡でドームの様子を臨んでいた。普段も指紋認証、声紋認証等がないと入れないグレーターだが、今日はさらに警備が厚い。
ハッカも肩をすくめて、ため息をついた。
「当たり前です、王子。クーデターの最中、のこのこ『丘』に上がろうなんて馬鹿はいませんよ」
「……いるみたいだぞ、馬鹿」
「え」
ハッカがあわてて代わり覗いたレンズの先には、ここ数日捜していたふたりが映っていた。コミューンから巨大な石橋をわたった先が『丘』の麓につながっているのだが、彼らはその橋のたもとにさしかかろうとしている。
速攻で彼らのもとへ向かったハッカは、後をついて来たシュウカイドウがひっくり返るような大声で友人の名を呼んだ。
ツバキがゴーグルをはずし、驚いた顔でふたりをふり向く。
「──ハッカ! 無事だったのか!」
「こっちのセリフだよ! いったい何やってんだ、こんなところで。レイチョウ少佐の城へ行ったんじゃなかったのか?」
「いや、話せば長くなるし、今は時間がない」
「じゃあ、かいつまんで話せよ! 散々心配したんだぞ」
続く連れ同士の論戦に、アニスとシュウカイドウの視線があう。
ぎこちなく微笑みあいながら、おずおずとシュウカイドウが口を開いた。
「ひ、久しい……というのも変だな──従姉妹殿」
「お、王子さまだったんですね。す、すみません。でもわたし、まだ王女かどうかは──」
「いや、どっちでもいいのだ。ぼくはまたアニスに会え──」
「ちょっとそこォ! この非常時にさらっと口説かない!」
ツバキがくわっとふり返る。
「口説っ……いや違う、ぼくは彼女に親愛の意味を込めてだな」
「いいからとりあえず、みんないったんこっちへ!」
ハッカの誘導で橋から離れた四人は、コミューンの街角までもどって来た。
ツバキたちの目的と作戦を聞き、全力で阻止すると思われたハッカだったが、ため息をつくと意外にも了承してくれた。
「ツバキが言い出したら聞かないのはわかってるからさ、もうあきらめてるよ。その代わり、お前が無茶しないようおれも同行するから」
「ではぼくも行こう」
次いで清々しく答えるシュウカイドウを、ハッカがあわてて止める。
「いけません、王子! 王家の方を危険に晒すわけには……!」
「アニスが行くのに、ぼくだけ隠れるわけにはいくまい。それにきみたち、馬鹿正直に正面から行くつもりか?」
だが『丘』へ登る道は一本しかなく、そこはさっき双眼鏡で確認したように近衛兵が警備している。
「まさか……」
「王族しか知らないルートがある」
シュウカイドウはついて来いとばかりに回れ右をした。
わたしは今、ある施設に身をよせている。
どうしていつも逃げてばかりだったのか、しきりにあのときのことが思い出される。だが自分の気持ちを知ってしまった以上、城にはいられなかった。身分の違う自分が彼と結ばれるはずもない。
それでも、今も期待してしまう。あのドアを開けて彼が迎えに来てくれることを。
おや、ノックの音が……
コミューンへもどる途中、ふたりとも終始無言だった。サンドバイクの前後ではろくに会話ができないにしても、アニスは何を話せばいいかわからなかった。
男性にとって抱──抱きしめる行為はいくつ意図があるのか。
心理学は専攻外だったのでわからない。
あれこれ考えているうちに、見知った街並みが見えて来た。コミューンの市民街である。
城ではクーデターが起きたというのに、街はいつもと変わらぬ雑踏だった。トップが誰に変わろうと、ここでは誰も気にしていないようである。
ツバキは例の雑貨屋を訪ねた。
「よう、バ……じゃねーや、ジーさん」
老爺は相変わらずの派手な風貌で、軒先で競馬新聞を読んでいた。さほど驚きもせず、ふたりを見上げる。
「おやアンタ、生きてたのかい。今日は何用だ」
ツバキは、札束をぽんとショーケースの上に投げた。アニスが驚いて目をまるくする。
「桜城の見取り図がほしい。今すぐ」
「そんなもん手に入れてどうする」
サングラスの向こうから、窺うようにじろりと睨まれる。
「クーデターを止める」
「ええっ!?」
アニスは頓狂な声でツバキを見た。だが彼は、険しい表情で老爺を見すえたままだ。
「城はどうなってる?」
「ウツギ議員と細君、王党派の貴族数名が牢塔に幽閉されている。処刑はまだ未定──だが叛乱を止めることで、お前に何かメリットはあるのかい」
「ねーよ。だが、ハオウジュ将軍が国を支配する以上、王家の血を引く者に安全は保障されない」
ツバキはアニスをふり返った。
「……ほう、その子のために国をひっくり返すと?」
「任務の意味を考えろって言ったのは、あんただろ」
老爺は札束を懐に収めるとニヤリと笑い、奥へ引っ込みカチャカチャと操作を始めた。プリンターから見取り図が印刷された紙を引き抜き、ショーケースに何かを添えて置く。
「釣り銭だ」
王家の紋が彫られている金の万年筆を受け取り、ツバキは訝しげに老爺を睨んだ。
「……ジーさん、こんなんどこで手にいれたんだよ」
「ここは王国のど真ん中だ。いろんなモノが流れて来るのさ」
「ふん、おれが偉くなったら、いつか化けの皮剥いでやるからな」
ツバキは挑戦的な笑みを浮かべ、戸惑うアニスを連れ人ごみを去って行く。
そんな後ろ姿から競馬新聞に目を移し、彼はおもしろそうにつぶやいた。
「ま、馬場を出たほうが馬はいい走りをするもんだ」
「ちょっとリクドウさん、待って下さい!」
すたすたと市民街の通りを行くツバキを、アニスはあわてて追いかけた。
「待ちなさいって言ってるでしょ!」
ツバキは停車したサンドバイクへまたがり、出発する準備をしている。
「アニス博士、女子高生にあるまじき顔してんぞ」
「ふざけないで下さい」
アニスは怒りを込めた声で訴えた。
「わたしを置いて、自分はひとりでお城へ行くんですね? そうなんですね?」
「だとしたら?」
平然と答えるツバキに、アニスは手のひらをぎゅっとにぎりしめた。
「かっこつけて勇者ですか? そんなの、ちっともリクドウさんらしくない!」
だがツバキはぼりぼりと頭をかき、ヘルメットをアニスにわたすと、少し困ったように笑った。
「かっこいいのがおれらしくねェって、地味に傷つくなァ。でもまあ、ほんとに勇者じゃねェからよ、魔王倒すのに賢い姫の協力が必要なんだよな……知恵、貸してくんねーかな」
一瞬唖然としたアニスはごとりとヘルメットを落とし、笑いながら涙をぬぐった。
「マイドオオキニ」
ツバキはまず、最初に行った古着屋で着ていたトラックジャケットを売り、自分の軍服を買いもどした。
バイクは再びUターンして、スクラップへ向かう。ふたりがハイト油脂の工場へ入ると驚きの声があがり、みんながつめよって来た。
「アニス!」
人だかりの中から、子鹿のようにアオイが飛び出して来る。
「黙っていなくなっちゃうなんてひどいよ!」
「ごめんね、アオイ。でも退院できたのね、よかった」
まだ頬のガーゼは取れていないが、仕事は復帰したようだ。ヒノキが恭しく、小箱に入ったガラス瓶を持ってくる。
「あんたのおかげでヒット商品になったよ」
見ると、パッケージにデザインされた銀のロゴタイプと同じものが、社員の作業服にもプリントされている。
「アニスが教えてくれた灰の染料で、ぼくが作ったんだよ」
アオイが得意げに躰を反らす。食堂にも、灰干しのメニューが増えたらしい。
ツバキが気づいたように首を巡らせた。アカザとカシの姿が見えない。
「大将とデカいのどうした」
「アカザさまたちは──仕事で出かけている。で、突然ふたりともどうしたんだ?」
若干、話を逸らされた気がしてツバキが怪訝に首をかしげる。だがアニスは大きく息をすうと、かしこまって全員に告げた。
「──実は、みなさんにお願いがあって参りました」
夕刻、工場を出たふたりは、ランタンの灯りが妖しく灯り出す灰都の歓楽街へサンドバイクを走らせた。牌坊門をくぐり、通りのとある中古のビルの地下へ下りる。
中からかすかに聞こえるのは、男たちの談笑と俗っぽい笑い声だ。
違法の賭場部屋の前まで来たアニスは、不安げに祈った。
(うまく、乗ってくれますように)
そんなアニスとは対照的に、ツバキは制帽を深めにかぶり、宅配業者よろしく元気にドアを開ける。
「お届け物でーす」
雀卓を囲む数人がふいとこちらをふり向き、顎をしゃくられた若者が応対に出た。
ツバキはナチュラルに小さめの段ボール箱を見せ、「あ、こちらでサインを」と筆記用具をわたす。王家の紋の入った金の万年筆を若者が訝しげに眺めていると、
「待て」
奥の卓のひとりが、ツバキの軍服を見咎め立ち上がった。
「……なんで、軍人が荷物なんか持って来るんだ? おいお前、帽子を取れ」
「……」
うつむいたまま、ニヤリと笑みを浮かべたツバキに、長袍の男──イチイは一瞬たじろいだ。
「お前、あのときの──貴様、桜城の近衛兵だったのか!」
「カチコミかあ!」
イチイの背後で、鉈や棍棒など物騒なアイテムを手にした男たちが、一斉に立ち上がった。
ここは、『ハイイロウサギ』を騙り、アニスたちを襲った徒党の溜まり場だ。
ツバキは制帽を上げると、
「よォ、先日は世話んなったなァ! こいつは──土産だ!」
と荷物を思い切り投げた。
箱から、燃え出した導火線のついたテニスボールがぽろりとこぼれ落ち、ツバキが廊下へ飛び退るとアニスがドアを外から施錠する。ツバキは急いで階段を駆け上がり、小気味いい破裂音に小躍りした。
すぐに小窓から、涙目の男たちが煙といっしょにわらわらと這い出て来る。段上から見下ろすツバキに気づくと、イチイは目と鼻をまっ赤にさせ怒鳴った。
「貴様……っ! こんなことをして、ただですむと──へーっくしょい!」
「火薬とスパイスをブレンドした、アニス博士特製ボムだ。こんな穴蔵で油売ってるヒマなお前らにはいい刺激だろ」
ツバキは踊り場に這いつくばるイチイを尻目に、颯爽とバイクに飛び乗る。
「偽ウサギさんよォ! この勝負、桜城が買うぜ!」
爆煙をもうもうと巻き上げ、ふたりを乗せたサンドバイクは再び牌坊門を後にした。
「さすがに入れそうにないな」
同じ頃、コミューンのビルの屋上から、シュウカイドウが双眼鏡でドームの様子を臨んでいた。普段も指紋認証、声紋認証等がないと入れないグレーターだが、今日はさらに警備が厚い。
ハッカも肩をすくめて、ため息をついた。
「当たり前です、王子。クーデターの最中、のこのこ『丘』に上がろうなんて馬鹿はいませんよ」
「……いるみたいだぞ、馬鹿」
「え」
ハッカがあわてて代わり覗いたレンズの先には、ここ数日捜していたふたりが映っていた。コミューンから巨大な石橋をわたった先が『丘』の麓につながっているのだが、彼らはその橋のたもとにさしかかろうとしている。
速攻で彼らのもとへ向かったハッカは、後をついて来たシュウカイドウがひっくり返るような大声で友人の名を呼んだ。
ツバキがゴーグルをはずし、驚いた顔でふたりをふり向く。
「──ハッカ! 無事だったのか!」
「こっちのセリフだよ! いったい何やってんだ、こんなところで。レイチョウ少佐の城へ行ったんじゃなかったのか?」
「いや、話せば長くなるし、今は時間がない」
「じゃあ、かいつまんで話せよ! 散々心配したんだぞ」
続く連れ同士の論戦に、アニスとシュウカイドウの視線があう。
ぎこちなく微笑みあいながら、おずおずとシュウカイドウが口を開いた。
「ひ、久しい……というのも変だな──従姉妹殿」
「お、王子さまだったんですね。す、すみません。でもわたし、まだ王女かどうかは──」
「いや、どっちでもいいのだ。ぼくはまたアニスに会え──」
「ちょっとそこォ! この非常時にさらっと口説かない!」
ツバキがくわっとふり返る。
「口説っ……いや違う、ぼくは彼女に親愛の意味を込めてだな」
「いいからとりあえず、みんないったんこっちへ!」
ハッカの誘導で橋から離れた四人は、コミューンの街角までもどって来た。
ツバキたちの目的と作戦を聞き、全力で阻止すると思われたハッカだったが、ため息をつくと意外にも了承してくれた。
「ツバキが言い出したら聞かないのはわかってるからさ、もうあきらめてるよ。その代わり、お前が無茶しないようおれも同行するから」
「ではぼくも行こう」
次いで清々しく答えるシュウカイドウを、ハッカがあわてて止める。
「いけません、王子! 王家の方を危険に晒すわけには……!」
「アニスが行くのに、ぼくだけ隠れるわけにはいくまい。それにきみたち、馬鹿正直に正面から行くつもりか?」
だが『丘』へ登る道は一本しかなく、そこはさっき双眼鏡で確認したように近衛兵が警備している。
「まさか……」
「王族しか知らないルートがある」
シュウカイドウはついて来いとばかりに回れ右をした。
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