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第六章
運が向いて来た? ⑷
しおりを挟む(side レン)
「明け休みのところ、急遽出てもらってすまないな。宜しく頼むよ」
馬車の使用票を 事務局入り口横にある事務室に提出に行った際、丁度そこにいたミゲル神官長補佐が、眉を下げながら済まなそうに そう言った。
「いえ……」
「昼飯つけてくれるそうですし、さらに残業代も出るなら、オレ的には無問題っす!」
返答しかけたところに、ラルフの明るい返事が重なったため、私はそれ以上話すのをやめ、軽く頭を下げる。
なるほど。
私ならば、『お気になさらず』と返している場面だが、ラルフのような返し方の方が、相手は気にせずに済むだろう。
彼の朗らかな性格は、周りの人間を和ませ、人間関係を円滑にする。
とは言え、これは、いつも腹を空かせているラルフのキャラクターだから許されるセリフで、参考には出来ないが……。
事務局を出ると、ロータリーには、先ほど手配した通り 馬車が待っていた。
ラルフと視線を合わせてから一緒に裏門へ向かい、そこに待たせておいたカザハヤの首を撫でる。
今日も調子は良さそうだ。
「何だかここのところ、バタバタしてますよね~。 降臨祭の前後だから、仕方ないんでしょうけど」
さして気にした風もなく、のんびりとした口調でそう言いながら、ラルフは愛馬に飛び乗った。
「そうだな」
そのことが 聖堂の中が浮き足立っている理由でないであろうことを知りながら、私は何食わぬ顔でそう答えた。
憶測に過ぎない以上、無闇に不安を煽るべきではないと思ったから。
ラルフと二人、馬車に先行する形で馬を並べ、ゆっくり走らせながら考える。
休みのところ、急遽駆り出されたのは、本来ここに割り振られていた人員が、別の警護についたからだろう。
そして、私たちが呼び出された時、慌ただしく事務局から出て行った聖騎士二人は、貴族階級出身者であり、マルコさんと男性神官一人を乗せた馬車について、聖堂から出かけて行った。
ちなみに、マルコさんは神官長補佐として、聖堂の外務を担当している。
それだけ情報があれば、何があったのか、ある程度推測できる。
恐らく、昨日の件で、急遽マルコさんが、聖堂を代表して王宮の会議に参加することになったのではないか?
降臨祭事前会議の時に、魔界の関与が濃厚であるとスティーブン様が仰っていたし、昨日の魔鳥の攻撃は、ヒトにできる範囲を超えていたように思う。
……戦争に、なるのかもしれない。
そう遠くない未来に。
決断の時が迫る予感に、胸がざわめいた。
そこに、
「まぁ、でも? 運が良かったですよね! 先輩も、ローズさんの護衛なら、『喜んでっ』て感じでしょ?」
「…………っ」
ラルフが、あまりにも能天気なこと言うものだから、力が抜けてしまった。
上手く返答できず口を開閉する私を見て、ラルフは不思議そうに首を傾げる。
「あれ? なんか、オレ、間違えました?」
「いや。すまない。少し、ぼーっとしていた」
「え? 大丈夫っすか? 昨晩、寝れなかった?あぁ。そう言えば、書類仕事やってましたっけ」
「ああ。でも、おかげで少し気が楽になった」
「え?どういうこと?」
「いつも感謝している、と言うことだが?」
「えーっ? 何すか? それ、意味わかんないですけど、嬉しい感じのヤツ」
ニコニコしながら前方に視線を向けるラルフを見ていると、肩に入っていた力が少し抜けた気がする。
『ローズさんの護衛なら』……ラルフがあっさりと放った言葉は、私の胸にすとんと落ちた。
答えは、思っていたより案外シンプルなのかもしれない。
「悪い頭で、あれこれ考え過ぎて、本質が見えなくなっていたのかもしれない……」
「……ホントに脳筋なら、あれこれ悩まないと思うんですけど?」
呆れたように言われて視線を向けると、ラルフは 何故か嬉しそうに笑っていた。
◆
(side ローズ)
馬車の中でリリアさんと相談した通り、学校の中で、わたしたちは一切会話をしなかった。
口では。
わたしのノートを使って、筆談はしていたんだけどね。
因みに、リリアさんのノートを使わなかったのは、プリシラさんにチェックされるかもしれないから。
授業が終わって、いつものようにアメリさんがやってきた時も、リリアさんはそっぽを向いて、聞き耳だけ立てていた。
わたしが現在置かれている状況を、ノートを見せながらアメリさんに説明すると、アメリさんは一度ジェフ様の元へ戻って相談しているようだった。
そして、わたしは現在、ぼっちで食堂のカウンターに座っていたりして。
……さっ!寂しくなんてないんだからね!
だって、直ぐにジェフ様が来てくれることになっているし、そもそも、暫定リリアさんとタチアナさんは味方らしいし?
先ほどから、プリシラさんは勝ち誇ったようないびつな笑みを浮かべて、こちらを見ながら、同意を求めるように何か言っている。
で、同じテーブルに座っている聖女候補三人は、微妙な顔をして俯いている。
ただのいじめではなくて、聖女様の命令だから、こんな微妙な雰囲気になっているんだろうな。だって、ちゃんとわたしをいじめないと、自分たちが制裁されちゃうのよ?
いじめの強要って、ある意味、お互いに地獄よね。
考えると鬱になるわ……とか思って、外の景色を眺めていたら、肩を叩かれた。
振り向いたら、目の前に爽やかなイケメンの笑顔が。
きゃーっっ。
ジェフ様来て下さってたーっ!
まずい。
わたし、酷い顔をしてたかもしれないっ。
思わず眉間を押さえると、ジェフ様は柔らかく微笑んだ。
「今日は外で食べようか。ランチプレートは運ばせるから」
そう言って、右手差し出してくれる。
こんな時でも、しっかりエスコートして下さる。
もう、メンタルやられている時に、この優しさはくるものがあるわ。
目頭が熱くなってきて、わたしは顔を伏せた。
庭園にある四阿は、日差しをしっかり防げるので、まだ暑さの残る今日でも、快適に過ごせる。
ジェフ様にエスコートされて、先頭でここまでやってきたから気づかなかったんだけど、四阿のテーブルについた人の多さに、わたしは唖然としていた。
ジェフ様とグラハム様を入れて全部で十人くらいいるかな?
わたしが寂しくないように、ジェフ様が気をつかってくれたのかもしれない。
簡単な自己紹介の後、アメリさんを先頭に、ジェフ様の従者らしき皆さんがランチを運んでくださった。
わたしのせいで、ご迷惑をおかけします!
食事が始まると、皆さん和やかな雰囲気で会話を始める。
魔導の話が中心になっているから、わたしは大人しくお話を聞いていたんだけど、『ちょっと難しいな』と思って首を傾げると、皆さんとても親切に説明してくれて、全然寂しい思いはしなかった。
流石は、ジェフ様の友人。人間が出来ている。
類は友を呼ぶって、こう言うことなのね。
因みに、ジェフ様は、わたしの右横に座って下さったんだけど、テーブルにいる全員に気を配って話題を振っていた。
大勢の時は大勢で楽しめる、そういった社交的なところ、とても素敵よね。
こういった場所で二人の世界とか作られてしまうと、とってもいたたまれない感じがするから、そうならなくて有り難かった。
で、実はそうなっているのはグラハム様だったりして……。
どうなのかな?
若干やりすぎ感はあるけれど、相手の子は満更でもないのかな?
んーー。
知り合いだから、見ていて何ともむず痒い!
ハラハラしていると、ジェフ様の後ろにアメリさんがやってきた。
「ああ。もう授業の時間だって。楽しい時間はあっという間だね」
そう言って立ち上がると、再びわたしに手を差し出してくれる。
「馬車まで送ろう」
「でも……授業が」
「大丈夫!まだ余裕はあるから。みんなは、まだゆっくりしてて? 従者に時間を知らせるよう言ってある」
そう言って、わたしを立たせてくれた。もう、プリンセス気分。
と言うことは、馬車まで二人きりかな。
わわ。
急にドキドキしてきたっ!
そう思っていたら、後ろから声をかけられた。
「あ、私も一緒に、そのお見送りしても?」
私は、今日より前から彼女を知っていた。
……キャサリン=ロスさん。
以前、レンさんに手紙を渡して欲しいと、私にお願いしてきた娘だ。
「あの、あのね?クルスさんはお元気?」
「え?ええと。その……多分。わたし、すごく親しいわけではないので、よくわからないんですが」
「ああ。そうなのね。彼、こちらにくることもある?」
「ええ。そうですね。日によっては……」
答えて、わたしは胸を押さえる。
何だかモヤモヤする。
でも、今日はレンさん明けだから、二人が会うことはないし!
そう考えて、わたしたちは三人で、いつもの馬車停まりへと向かった。
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