来世で独身貴族ライフ楽しんでたら突然子持ちになりました〜息子は主人公と悪役令息〜

こざかな

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前編

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俺の心の叫びは残念ながら届かず、熱々のお茶を持ってきたデリスに祭りの話をした。カーディアスは俺の了承の言葉を聞くとさっさと出ていってしまったが、その耳は赤かった。

「本当に誰も従者をつけずに行かれるおつもりですか?」
「ああ。たまにはいいだろ。その方がカーディも地区の者たちも気が楽だろうしな」
「まぁ、後ろから着いていきますのでいいのですが」
「話を聞いていたか?」
「お気になさらず。建前でも護衛は必要なのですよ。こんな田舎でも刺客は現れるものです。どちらかというと、レイラ様よりもカーディアス様にその危険がございます」

デリスの言葉に、俺は黙らざるを得なかった。いくらパトリック家の息子と言えど、実質勘当状態に等しい俺なんかよりライアー家の生き残りであるカーディアスの方が色々と利用価値も高い。ここが田舎だからと安心することができないということだ。

この二年間はほとんど屋敷の外で過ごすことはなかった。両親を失ったカーディアスのメンタルケアが最優先事項だったし、俺も忙しかったから。そして、長年引きこもり生活をしていたせいで忘れていた。パトリック家やライアー家のような上位貴族は外出する際には従者をつける。これには危険から身を守るという意味もある。貴族の子どもなんて、恰好の獲物だ。

「――――そういうことなら、同行を許可する」
「狙われていることを自覚していただければそれで。むしろ、田舎だからこそ余所者に気づきやすいという利点もございますから同行も私だけ。それも遠くから見守らせていただきますので、存分に親子でお楽しみください」
「親子って言われてもな……どちらかと言うと親戚のおじさんって感じだろ俺は。遠縁だけど一応親戚だから間違ってはないし」

やたらと「親子」を強調されたけど、俺とカーディアスに親子らしさは微塵もない。最初からカーディアスは亡くなった両親だけを親として想っているし、その気持ちを俺は尊重している。

「そうですか?私にはカーディアス様はレイラ様のことを慕っておられるように見えましたよ。だからこそ、今回レイラ様を自分から祭りに誘われたのでしょう」
「……そう、だろうか。だったらいいんだけどな。そもそもこの歳で父親になるとか考えてなかったから、俺の方が親子らしくできない原因なのかも」
「アカデミーを出られてから丸っと二年間社交界に出ずに引きこもり、更に二年間をこの出会いの欠片もない田舎に引きこもってしまうことになってしまったレイラ様に父親らしさなど求めておりませんのでご安心ください」
「言葉の節々どころか全部に悪意を感じるぞ」
「貴族としての結婚適齢期である花の時代を引きこもって終わらせてしまうなんて、なかなかやりますね」
「褒めているように見えて貶すなんて器用なことするな」
「ところで、祭りにはどんな出店が出るので?」
「楽しむ気満々じゃねぇか!もうほんとお前嫌」


そして祭り当日。まだ昼だが、既に湖の方は楽しそうな雰囲気が屋敷にまで伝わってくるほど盛り上がっている。子ども向けに出し物をしているのだろう。カーディアスも夜じゃなくて昼の方がよかったんじゃないか?でも子ども扱いすると拗ねるからな……。

「レイラ様、お時間よろしいでしょうか」
「なんだ」

先程休憩したばかりだというのに、またデリスが入ってきた。その腕には布のような物をぶら下げている。

「今夜着られるお召し物が届きました。急な発注でしたので間に合うか焦りましたよ」
「どうせ絶対に間に合うように脅し文句の一つでも添えたんだろ?」
「脅しだなんてそんな下賤なことはいたしません。ちょっとお願いしただけです」

「それよりも着てみてください」とにっこり微笑むデリスにため息を吐いた。別に俺は服なんていつも着ているやつでいいって言ったんだ。それなのにデリスがやけに張り切ってしまって採寸するって言ってメジャー片手に追いかけまわしてきた。久々に興奮したデリスを見たけど、やっぱりちょっと怖いわ。猪突猛進すぎて。

「どうですか?キッチリとミリ単位で計測しましたので大丈夫だと思いますが」
「しっくりピッタリすぎて怖いくらいだわ。生地は高級品すぎず粗悪でもなく、デザインもシンプル。いいなこれ」
「ふむ。やはり今のレイラ様ならお似合いだと思いました。私の目に狂いはなかったようで安心いたしました」
「今の俺?」
「レイラ様、この二年間でかなり痩せられましたよね。鏡嫌い故にお顔はお分かりでないと思いますが、流石に女性の胸顔負けの揉みごたえのあるぽよぽよぷにぷにのお腹が引っ込んだことは、分かっておられますよね?」
「…………まぁ」

改めて、自分の腹を見る。この屋敷に来た二年前は足のつま先が突き出た腹によって見えないほどだったが、今はつま先どころか大体を見ることができる。流石に食事に気をつかって運動もするようになれば痩せる。そこにはデリスお手製のおやつの効果もあるだろう。

「ここまで痩せられたのはレイラ様の努力あってこそ。もちろん私の努力も認めていただきたいところですが」
「分かってるよ。お前には一番世話になってる。今度褒美を出すよ。そうだな……有給とかどうだ?一週間くらいの」
「……有給は必要ありません。私の存在意義はレイラ様あってこそ。レイラ様のお世話をすることが私の生きがいなのです。それを奪われてしまうなんて、私にとっては褒美どころが厳罰に等しい…………」
「素直に怖い」
「素直すぎませんか」

酒や薬物とかの禁断症状みたいに震わせた手で顔を覆う動作は怖いわ。思わず素直すぎる本音が出てしまったが、デリスもおふざけしていただけですぐにいつも通りに戻った。こいつ、本当に俺のこと主人だって思ってるのかな。いや、友達兼主人がいいんだけどさ。無理言ってるのかな俺。

「あ、有給は本当に必要ありません。ご褒美はいただきたいですけど」
「そ。何がいいんだ?」
「今度私と一緒に王都に行ってください」
「は?」

思いもしなかった言葉にデリスの顔を見た。また冗談を言っているのかと思って。でもデリスは真面目な顔で、冗談を言っているような雰囲気ではなかった。

「王都に?」
「はい」
「王都になにか用か?あ、パトリック家から呼び出しとか?そんなだまし討ちみたいな真似しなくても逃げずに行くよ」
「違いますよ。単純に私と王都でデートしていただきたいだけです」
「…………でーと?」
「はい。題して『レイラ様をフルコーディネートしようの旅』です。文字通り、レイラ様を全身コーディネートさせていただきます」
「もう行くこと決まってるし……。てか旅って」
「王都までは旅みたいなものでしょう?デートは王都に着いてから存分にさせていただきます。もちろんデートなので歩く時は手を繋いでくださいね?」
「えー……」

この国では、というかこの世界では同性婚も認められている。元のゲームが乙女ゲームなのに女性も攻略できるようになっていた。だから今更そんなことは気にしないのだが、急にデリスとデートと言われると戸惑いが大きい。うーん……これは女性が女友達を遊びに誘う時によく「デート行こ」と言っていたのと同じなのだろうか。

「ふふっ。そこまで真剣に悩まれなくてもいいではありませんか。私はただ、レイラ様を今よりもっと素敵にしたいだけなのです」
「素敵って……俺はそんな褒められる容姿はしていない」

俺は最後に鏡を見たときのことを覚えてるぞ。あまりの酷さにそれから水に映るのもスプーンなどの金属に映るのも見ないように避けてきたんだ。痩せたからって変わるとは思えない。

「何を言っておられるのですか。レイラ様はずっと可愛らしいですよ。最近は歳相応に大人らしくなられて……お美しくなられましたよ。ほら」

手を取られて渡されたのは手鏡。天井を映すその鏡面は綺麗に磨かれていて、そのままを映すだろう。思わずデリスに縋るように視線を送ってしまう。

「大丈夫ですよ。私がレイラ様に嘘をついたことありましたか?」
「いつもついてるだろ」
「それは心外です」

確かに、よく嘘はつくが俺を本気で貶めるようなことは言わない。意を決して、鏡を自分に向ける。そこに映し出された人物に、俺は息を飲んだ。

「…………レイラだ」
「はい?」
「本物じゃん」
「えっと……レイラ様?」

戸惑ったような声が聞こえるが、今の俺はそれどころじゃない。そっと指先で鏡に映し出されたレイラ・パトリーの頬をなぞる。そして今度は、自分の頬をそっとつねってみる。ほのかに痛い。そして鏡の中のレイラの顔も少し歪んでいる。成程。

「俺は……ちゃんとレイラ・パトリーだった?」
「レイラ様……」

デリスを見ると、なんか可哀そうな子を見るような目で見られていた。いつもならイラっとするけど、マジで今はそれどころじゃない。
ゲームで見たよりも色白で、目尻は吊りあがっていないから柔らかい雰囲気を感じる。

「レイラ様、少しお休みになられますか?いえ、今すぐにお休みになってください」
「うん……おやすむ」

確かめなければ。目が覚めたらあの丸っとした顔に戻っているかもしれない。これが現実かどうか確かめる。あれ、でもこれが夢の中ならどうやって寝ればいいんだ?目をつむってればいいか。

「はい、どうぞ。二時間後に起こしに参ります」
「うん……」

気が付いたら来ていた服を剥かれて仮眠用のパジャマを着せられていた。そして執務室の横の仮眠室のベッドに転がされる。

デリスが執務室を出ていった音を聞いて、俺は瞼を閉じた。そしてもう一度、頬をつねってみる。

「……いたい」

ひりひりとした痛みを感じながら、俺は逃げるように眠りに落ちた。俺、ちゃんとレイラでした。



※何故レイラが混乱してしまったのか。その理由は次回!
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