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一時間千本ノック、もしくは一週間一本勝負
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夕暮れに染まる教室で、カチカチと、ボールペンをノックする音が響く。
目の前の机の上には、まっさらな紙。にらめっこが始まって一時間。いまだその紙に何かが書かれた形跡はない。
ボールペンをノックする音が続く。
時計の針が音を立てる。
窓の外からは運動部の掛け声が遠く聞こえた。
「ねえ」
「ん?」
声を掛けられ意識を前に向ける。
目の前のむくれっ面と目が合う。
「……なんだよその顔」
「そのカチカチするやつやめてよ。耳障りなんだけど」
机を挟んで俺の向かいに座る彼女が、自身の長い前髪をかき分けながら、ジト目でそう言った。
右手のペンに目が行く。
それから俺はペンを机に放った。
「そうは言ってもさあ。なんならお前が案出せよ。そしたらすぐに終わるって」
ため息を吐く俺に、彼女は眉を顰めた。
そんな彼女の様子を見て、俺はちょっぴり恐縮して、それから誤魔化すように天井を仰いだ。
電気の消えた蛍光灯が目についた。
「つうかさあ、出し物なんてなんでもいいじゃんなあ」
「じゃあ、なんでもいいならさっさと決めればいいでしょ」
そうは言うがねお前さん。いや、なんでもいいとは言いつつも。
他薦とはいえ実行委員に選ばれてしまったからには、適当なことするわけにはいかないと思う自分もいるわけで。
自分はともかく、クラスメートの高校最後の文化祭を嫌な思い出にさせるわけにはいかないわけで。
なんならその責任を被りたくもないわけで。
ふと前を見た。
彼女は鶴を折っていた。
「鶴折ってんじゃねええ!!」
俺が叫ぶと彼女はいつもの不機嫌顔でむくれて言う。
「なによ。どうせ使わないんでしょこの紙。さっきから見てたけど何にも書いてないじゃない」
「だからってメモの紙使うなよ!! アイディア思いついたらどうすんだよ!!」
「思いついたの?」
「思いついてないけど! 思いついたら!」
「もしものことなんて気にしてても仕方ないでしょ? 現実を見なさい。大事なのは今よ。未来よりも今」
「それっぽいこと言って誤魔化そうとしてんなよおい!」
さらさらと適当なことを抜かす彼女に辟易しながら机に頬杖をつく。
彼女は黙々と鶴を折っていた。
……鶴か?これ。
「できたわ」
満足そうな彼女と俺の間には、鶴の翼と上半身を持った四本足の生物が鎮座ましましていた。
え。
なにこれ。
「なにこれ!?」
「鶴よ」
「鶴に四本足はねえよ!!」
「細かいわねえ。大体鶴なんだから鶴でいいじゃない」
「そういうお前は大雑把ってレベルじゃねえな!?」
ええ……。なにこれ。きもい……。
なんかちょっと首がこっち向いてて目が合ってる気がするのが余計きもい……。
とりあえず鶴の首を彼女の方にひん曲げてから、俺はカバンから新たにルーズリーフを出した。
すると彼女が手を伸ばしてきたので、そっと押し留める。
押しも押されぬその攻防はしばらく続き、
それから諦めた彼女は残念そうに眉を下げ、それから鶴(?)で遊び始めた。
「お前、まじめにやる気ねえだろ」
俺の問いかけに、彼女はチラリとこちらを見て、それからまた鶴(?)に目をやった。
なんか言え。
ため息をひとつ吐いた。
「お前さあ、いい加減決めないと怒られるんだけど」
「そうねえ」
「……出し物決めるために残ろうって言ってもう一週間なんだけど。言い出したのお前なんだけど」
「……そうねえ」
彼女は、俺の方を見ずにポツリと言う。
まじめに聞いているんだか、いないんだか。
「さっさと決めればこんな時間まで残んないで済むのに」
いっそ適当な候補でも挙げて、あみだくじで決めてしまおうか。なんて考えながら、俺は言う。
そんな俺の方をやっぱり見ずに、彼女は言う。
「ダメよ」
そのはっきりとした物言いに、不思議に思って尋ねる。
「なんで」
彼女は答えた。
「だって、決まったら、あなたさっさと帰ってしまうでしょ?」
時計の針が音を立てた。
……なんか、こいつ今、すごいこと言わなかったか?
いや、でも、うん。勘違いだったら恥ずかしいので、なんでもないふりをして、俺は口を開く。
「まあ、そりゃ、帰るけど。なに、なんか問題あんのか?」
「あるわよ」
それから、彼女は鶴から目を逸らさずに、
「一緒にいられる時間が減るでしょ?」
そう、さらりと言ってのけたのだった。
「………………………………………………………………は?」
「せっかくみんなに手を回して、実行委員やらせてもらったんだから、そんなすぐ決まったら困るわ」
「え、なに、どういうこと? どういう意味??」
「どういう意味って、言葉通りの意味よ」
「お前、それ、俺と一緒にいたいって聞こえるけど」
「だから、そう言ったの」
彼女はそこまで言って、そこでようやく何かに気づいたように動きを止めた。
「……お前それ、言っちゃってよかったの?」
「……………………………………………………………………問題ないわ」
長い沈黙の後、なんでもないように言う彼女の顔は。
長い前髪に隠れてよく見えなかったけど。
その耳は、夕焼けに染まる教室よりも真っ赤だった。
ついでにものの見事に決まり手を食らった俺の顔は、もっと真っ赤だったと思う。
とりあえず、出し物が決まるまで、もう一週間かかったとだけ言っておこう。
目の前の机の上には、まっさらな紙。にらめっこが始まって一時間。いまだその紙に何かが書かれた形跡はない。
ボールペンをノックする音が続く。
時計の針が音を立てる。
窓の外からは運動部の掛け声が遠く聞こえた。
「ねえ」
「ん?」
声を掛けられ意識を前に向ける。
目の前のむくれっ面と目が合う。
「……なんだよその顔」
「そのカチカチするやつやめてよ。耳障りなんだけど」
机を挟んで俺の向かいに座る彼女が、自身の長い前髪をかき分けながら、ジト目でそう言った。
右手のペンに目が行く。
それから俺はペンを机に放った。
「そうは言ってもさあ。なんならお前が案出せよ。そしたらすぐに終わるって」
ため息を吐く俺に、彼女は眉を顰めた。
そんな彼女の様子を見て、俺はちょっぴり恐縮して、それから誤魔化すように天井を仰いだ。
電気の消えた蛍光灯が目についた。
「つうかさあ、出し物なんてなんでもいいじゃんなあ」
「じゃあ、なんでもいいならさっさと決めればいいでしょ」
そうは言うがねお前さん。いや、なんでもいいとは言いつつも。
他薦とはいえ実行委員に選ばれてしまったからには、適当なことするわけにはいかないと思う自分もいるわけで。
自分はともかく、クラスメートの高校最後の文化祭を嫌な思い出にさせるわけにはいかないわけで。
なんならその責任を被りたくもないわけで。
ふと前を見た。
彼女は鶴を折っていた。
「鶴折ってんじゃねええ!!」
俺が叫ぶと彼女はいつもの不機嫌顔でむくれて言う。
「なによ。どうせ使わないんでしょこの紙。さっきから見てたけど何にも書いてないじゃない」
「だからってメモの紙使うなよ!! アイディア思いついたらどうすんだよ!!」
「思いついたの?」
「思いついてないけど! 思いついたら!」
「もしものことなんて気にしてても仕方ないでしょ? 現実を見なさい。大事なのは今よ。未来よりも今」
「それっぽいこと言って誤魔化そうとしてんなよおい!」
さらさらと適当なことを抜かす彼女に辟易しながら机に頬杖をつく。
彼女は黙々と鶴を折っていた。
……鶴か?これ。
「できたわ」
満足そうな彼女と俺の間には、鶴の翼と上半身を持った四本足の生物が鎮座ましましていた。
え。
なにこれ。
「なにこれ!?」
「鶴よ」
「鶴に四本足はねえよ!!」
「細かいわねえ。大体鶴なんだから鶴でいいじゃない」
「そういうお前は大雑把ってレベルじゃねえな!?」
ええ……。なにこれ。きもい……。
なんかちょっと首がこっち向いてて目が合ってる気がするのが余計きもい……。
とりあえず鶴の首を彼女の方にひん曲げてから、俺はカバンから新たにルーズリーフを出した。
すると彼女が手を伸ばしてきたので、そっと押し留める。
押しも押されぬその攻防はしばらく続き、
それから諦めた彼女は残念そうに眉を下げ、それから鶴(?)で遊び始めた。
「お前、まじめにやる気ねえだろ」
俺の問いかけに、彼女はチラリとこちらを見て、それからまた鶴(?)に目をやった。
なんか言え。
ため息をひとつ吐いた。
「お前さあ、いい加減決めないと怒られるんだけど」
「そうねえ」
「……出し物決めるために残ろうって言ってもう一週間なんだけど。言い出したのお前なんだけど」
「……そうねえ」
彼女は、俺の方を見ずにポツリと言う。
まじめに聞いているんだか、いないんだか。
「さっさと決めればこんな時間まで残んないで済むのに」
いっそ適当な候補でも挙げて、あみだくじで決めてしまおうか。なんて考えながら、俺は言う。
そんな俺の方をやっぱり見ずに、彼女は言う。
「ダメよ」
そのはっきりとした物言いに、不思議に思って尋ねる。
「なんで」
彼女は答えた。
「だって、決まったら、あなたさっさと帰ってしまうでしょ?」
時計の針が音を立てた。
……なんか、こいつ今、すごいこと言わなかったか?
いや、でも、うん。勘違いだったら恥ずかしいので、なんでもないふりをして、俺は口を開く。
「まあ、そりゃ、帰るけど。なに、なんか問題あんのか?」
「あるわよ」
それから、彼女は鶴から目を逸らさずに、
「一緒にいられる時間が減るでしょ?」
そう、さらりと言ってのけたのだった。
「………………………………………………………………は?」
「せっかくみんなに手を回して、実行委員やらせてもらったんだから、そんなすぐ決まったら困るわ」
「え、なに、どういうこと? どういう意味??」
「どういう意味って、言葉通りの意味よ」
「お前、それ、俺と一緒にいたいって聞こえるけど」
「だから、そう言ったの」
彼女はそこまで言って、そこでようやく何かに気づいたように動きを止めた。
「……お前それ、言っちゃってよかったの?」
「……………………………………………………………………問題ないわ」
長い沈黙の後、なんでもないように言う彼女の顔は。
長い前髪に隠れてよく見えなかったけど。
その耳は、夕焼けに染まる教室よりも真っ赤だった。
ついでにものの見事に決まり手を食らった俺の顔は、もっと真っ赤だったと思う。
とりあえず、出し物が決まるまで、もう一週間かかったとだけ言っておこう。
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