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57話 夏の終わりの夜会 2
しおりを挟む行く前からハストゥーレの可愛さにハマり綺麗なドレスのまま倒れそうになった芽依をシュミットが危なげなく抱えて回避しながら余裕で煙草を吸う。
今回はスリーピースではなく、着物を変形にしたドレスコードとして特注した芽依スペシャルを着ていた。
「……ああぁぁぁぁうちの人たちが素敵すぎて溶ける」
「溶けるな」
芽依を肩に担いで、行くか? とメディトークを見上げると頷く様子に、すぐさま転移したのだった。
夏の暑さがだいぶ和らいだとはいえ、今日は暑さが染みる。
薄いドレスを身に纏うが、ジワリと汗をかくと困っていた芽依の手を握って冷気を送るフェンネルに驚いた。
「…………わぁ涼しい」
「暑かったら無理しないで言ってね」
「うん」
ふわんと笑うフェンネルに頷くと、転移してきた他の客だろう移民の民が芽依を見る。
にこやかに笑ってフェンネルと手を繋ぐ芽依に一瞬目を見開いていた。
表情が動くということは、多少は感情が残っているのかな……と控えめに手を振ったが、振り返されることは無かった。
今回は舞踏会ではなく夜会である。
通常なら開催者の自宅のホール等で行われるが、今回の開催者は移民の民が好きで沢山呼びたいと広い場所を貸し切って定期的に開催しているようだ。
本人は移民の民を召喚していないのだが、その好ましく思う情熱は中々のものらしい。
芽依は勿論、家族や仲間内以外に興味が無いのでどうでもいい情報だと聞き流していた。
大事でどうしても覚えなきゃいけない事柄はメディトークから前もって言われるし、後は家族たちが知っていたら良いよね、の精神である。
これが知らない街や庭に関する事なら興味津々と聞くが、興味の無い人外者で家族が覚える必要は無いのなら問題ないと切り捨てた。
今回主催者が貸し切った場所は古くからある城に類似した場所だった。
古くも整備がしっかりされて磨かれているその場所は既に1000年を超える建築物とは思えないだろう。
ローヒールの踵を鳴らして歩く芽依はシュミットにエスコートされながら周りを見た。
入口には受け付けがあり、招待状をメディトークが渡す。
シュミットは、やはり個人的にも招待を受け取っているため一緒にいるが個別での招待となる。
にこやかに2枚の招待状を受け取った男性は人数を確認してから、いらっしゃいませとにこやかに腰を折った。
玄関ホールを抜けて、まっすぐ進むとすぐにホールへと着くようで芽依たちもすぐに向かっていった。
「すっごい調度品」
「ここの持ち主が成金なんだよ。貴金属とか色々集めるのが趣味なの」
「知ってる人?」
「…………うーん、長く生きていればそれなりにね」
少し後ろを歩くフェンネルが困ったように笑って答える。
あまり好きじゃなさそうだなぁ……と思いながら歩いていると、ホールに繋がる扉が開いた。
「…………わぁ、凄い」
赤をベースに作られた長方形の大きなホールは舞踏会でも良く使われる場所である。
ダンスをする舞踏会ではなく夜会である為、立食パーティーの為の机が並び、豪華な料理やデザートが既に並んでいた。
沢山の宝石に飾られた柱が左右にずらりとあり、天井から下がるシャンデリアの光で反射して煌めいている。
柱と柱の間に赤茶色の巨大な置時計があり、磨き抜かれた置時計は歴史を感じさせるものだが、その場の雰囲気を壊すことなく佇んでいる。
「…………凄いね」
舞踏会、夜会とこのような場所に来たのは2回目で、はしゃぐ芽依はシュミットの腕を軽く揺らした。
ふわりとシュミットの袖が着物のように揺らめく。
芽依はキョロキョロと周りを見て弾けんばかりの笑みを浮かべる。
舞踏会よりも砕けた集まりなのか、しっかりとしたドレスコードではなく、少しラフな服装の人もチラホラといるようだ。
それぞれにグラスを軽く掲げて飲み物を飲んでいる姿もある。
勿論全員が移民の民を伴侶に持つ人外者ではない。
中には国の中枢にいる大物や貴族も沢山いて、しっかり社交の場としても機能しているようだった。
「よし。食べよう」
「色気より食い気」
指先で優しくおでこを小突くシュミットに笑い返すと、メディトークが誘導するかのように歩き出した。
芽依もシュミットやフェンネル、ハストゥーレに促されて歩き出す。
人混みが凄く、近くに知り合いはいないみたいだなぁ……と眺めながら。
「メイちゃん、ここの主催者はドラムストから離れた場所に住んでいるから、あまり見た事ない食べ物とかもあるよ」
「へぇ、楽しみだねぇ」
数人既にいるテーブルに着いた芽依達はずらりと並ぶ料理に目を輝かせた。
どうやらどのテーブルも料理は同じらしく食べ終わったら新しく料理が変わっているようだ。
フェンネルがあまり見ない、とは言ったが芽依には見慣れた食べ物が多かった。
ドラムストでは見なかったが、日本では食べていたものもあるからだ。
「っ……ピザだぁぁぁぁ」
「ツブラッティのこと?」
指差すのはピザだが、名前はツブラッティらしい。
丸く焼いてあるピザの種類は2つで、照り焼きとチーズたっぷりのサラミ。
どちらも芽依が好きなもので、興奮気味の芽依は黒光りボディをペチペチと叩いた。
『へいへい。落ち着けって』
皿に2種類入れてくれてくれた。
皆は切り分けて食べるようだが、元々手掴みで食べていたものだからとあまり考えずに耳の部分をおしぼりで手を拭いたあとに持った。
『あ……おい芽依、切って……』
「んんんん!! んまぁぁぁぁ!!」
この世界では行儀の悪い食べ方なのだろう、芽依を見てざわっ……とザワついた。
だが、至福の笑みを浮かべながらチーズを伸ばす芽依を見てソワソワしている人もいる。
「あっはははははは! 食べ方! なにそれ随分下品な食べ方するね!」
笑いながら嘲笑う、どこかの貴族。
それを横目に見てから、気にせず二口目も食べた。
そうしたら、眉を寄せてくる。
「………………ねぇ、ナイフとフォークの使い方もしらないのか?」
「…………だれ?」
メディトークを見て聞くと、優しく頭を撫でられた。
『他国の王族だな。まあ、人外者……とくに高位の人外者が開く夜会では無礼講だから気にすんな。お前は好きに食えばいい』
「…………ふぅん? ならいいや」
あむっ! とまた食べる芽依を不愉快そうに見ているその人。
随分遅いのだが、今更ながらにベールに気付き移民の民……? と呟く。
「芽依ちゃんの世界ではツブラッティをそうやって食べるの?」
「うん。みんなで集まってワイワイ食べてたよ。そんな切り分けてとかは無かったし……フォークとナイフの文化でも無かったしねぇ」
「……あぁ、カトラリーの違いでもあるんだ」
「お箸だったからね」
この世界でも基本的にはフォークとナイフを使った食事が多い。
箸はあまり使われず、芽依や移民の民の箸利用者の為に昔から作られているくらいだ。
ちなみに家族も芽依に合わせて箸を使うようになったのだが、箸の使い勝手のよさに好みの箸を探すくらいには好まれている。
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