狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

46. 「盛大なフラグになんねーことを祈るよ」

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「お前ら早起きだな」
「そういう大地こそ。なに、ランニング?」
「あー、まあな」

いつものように笑いつつも歯切れの悪い大地に、思い出したのは昨日の出来事。
血を流し悲鳴をあげる魔物を大地はディーゴが止めを刺すまで呆然と見ていた。うつろにつぶやき続けていた声は不安で頼りなく……

「大地、今日の任務大丈夫か?」
「あ?」

ぼおっとしていたのか「なんの話?」と首をかしげる大地にリーフが舌打ちする。

「お前魔物止めを刺せなかっただろ。聞いたところだと今日の任務は一匹どころか魔物だらけらしいぜ?そんな状態で大丈夫なのかよ」
「止め刺さねえと自分が殺されるぞ」
「あー、まあ、なあー。うん。でも大丈夫だっての。もう踏ん切りがついた」

大地は力なく笑って気にすんなとばかりに手を振る。思わずその手を掴んだ。

「本当にそうか?そうは見えない」
「あーこれは別件でちょっとな」
「別件って……まあいいけど。本当に、魔物のことは大丈夫だな?言っとくけど俺、助けらねえと思う。慣れない場所で多分そこまで気を配れない」

できる範囲で見るようにはするけれど、ずっとは見てられない。だけど大地が魔物に殺されるよなことは嫌だと思う。気持ちをはっきりさせてほしかった。油断しなくても怪我だらけになるのに油断してたら簡単にこの世界でお陀仏だ。
無理なら無理と、任務に出ないでほしい。
そんな余計なお世話ともいえるかもしれない心配を大地は口を挟むことなく最後まで聞いてくれて、笑う。

「サクって俺の兄貴に似てんな」
「大地って兄貴いたの」
「おう。ってか、え?俺って兄貴っぽい?兄貴より弟がいそうな感じ?」
「いや、まったく」
「お前は弟だな、間違いなく」
「リーフは完全に妹だな、間違いなく」
「は?ふざけんじゃねえぞ」
「うんうん」
「てめっ!」

おちょくる大地にリーフが蹴りをいれようとしたけれど、大地は笑って避ける。いつもの大地らしい感じに戻った。「ウケる!」と笑いながら遺跡の周りを走り回る姿にホッとしてしまう。
そんな私をリーフから逃れつつ見ていた大地が遠くから叫んでくる。


「おいサクッ!またお前はネガティブにうじうじ考えこんでんだろーけど俺は大丈夫だぜ!お前に守ってもらわなくても余裕っての!つかそんな考えこんでんとハゲんぞっ!」


こんな朝の早い時間に、神秘的な遺跡の目の前で。
先に反応したのはリーフだった。

「大地てめえ!サクはハゲねえっ!」
「あははっ!」

思わず怒るところそこか?というポイントでキレたリーフに大地も笑っている。走る2人の姿を見て、先は長そうだと私は大きな岩の上に腰掛けて2人の決着を待つことにする。

「盛大なフラグになんねーことを祈るよ」

大地を追いかけることに意識が集中しているせいか、リーフが今朝かけてくれた魔法がなくなって暑さを感じ始めた。
とたんにミストサウナのような熱気が肌を覆っていく。湿気と暑さがくたりと寄りかかってくる感覚に早々に観念してしまって岩に寝転がる。木陰が気持ちいい。
身体に触れる風は生暖かいけれど、涼しさを運んでくれた。眩しい日差しが降り注ぐ青い空のした怒声と笑い声が入り混じって響き、虫の声や鳥の鳴き声がアクセントになって聞こえてくる。
眠りを運んでくる気持ちよさに目を閉じてゆっくりとした時間を楽しみだしたときだった。

背後でカタッと音がした。

後ろにあるのは遺跡だけだ。岩の目の前は遺跡にのぼるときに使った階段だけ。風に吹かれて石が落ちたんだろうか。身体を起こして振りかえって見ても原因は特に見当たらない。
まだ聞こえる声に2人を探せばこのクソ暑いなか遠くまで走っているのが見えた。
うん、大地は大丈夫そうだ。
起き上がりついでに伸びをする。もうそろそろ宿に帰ろう。そう2人提案するつもりだった。だけどまたカタッと背後で音がした。
今度こそヒヤリとして立ち上がる。やっぱりまた原因は見当たらない。ただの偶然だろうけど慣れない場所がそうさせるのか気味悪く感じてしまう。神秘的な場所は同時に恐ろしく感じる。
馬鹿らしくなるほどゆっくりと遺跡のそばに近づく。大地に意識がそれて気がつかなかったけれど大きな扉があった。ロープで立ち入り禁止となっているわけではないから大丈夫なはず。
低い段差の階段をのぼって扉の取っ手に手を伸ばす。扉はキィと音を鳴らして──


「開かない」
「みたいだぜ?」


落ち着いた声に振りかえれば息荒く膝に手をついているリーフの横にニカッと笑う大地を見つけた。

「遺跡の中って立ち入り禁止らしいんだよな。でも警備とかねえだろ?それって無理だからなんだってよ。この扉って限られた奴らじゃねえと開かないんだとさ」
「限られた奴ら」
「そ」
「なん、で、コイツ!あんなに走ったのに、こんな!平然と!」
「リーフって体力ねえよな。力もねえし。女みてえ。あ、女か」
「殺すっ!」

完全にへばった状態だったリーフを一瞬で元気にさせた大地は笑いながら階段を下りていく。元気なことだ。
怒りで我を忘れ同じようにあとに続くリーフはきっと後で凄く後悔することだろう。私はのんびりあとを追うことにして階段を一段一段下りていく。
もう遺跡から音はしなかった。



 


 


「──現在古都シカムは非常に重大な危機に見舞われているといっても過言ではない事態に陥っています。
禁じられた森の境目に魔物が集結しているのです。
それだけならまだ、人を集め大勢を整えれば対応できるのですが……なぜか禁じられた森の中にいる魔物も境目から外に出ようと集まってきてるのです。禁じられた森の中にいる魔物が外に出るようなことになれば最悪の事態になりかねません。
皆様には魔物討伐とあわせて原因の解明をお願いしたいのです」


そんな話を遺跡から宿に戻って、全員集まったところで聞いた。ジルドたちは楽しそうに聞いていたけれどとてもんなふうにはなれない。
そして現在、程度をみようと私の班と大地は案内人から件の場所に連れて行ってもらったところだ。
視界全てに鬱蒼とした森が広がっているけれど、どこが禁じられた森との境目なのかはよく分かる。淡いピンク色の大きな大きなシールドが見えた。
そこに魔物がウジャウジャと集まっている。シールドを壊そうと大きな爪や牙、その体躯でガリガリとひっかきぶつかっていた。
確かシールドはレベルCが紫、Bが赤、Aがピンクだったはずだ。
ホーリットが襲われていたときよりもシールドは深刻な状態になっているらしい。あるものは吼え、あるものは仲間を呼ぶように身体を鳴らし、あるものは捨て身のような勢いでシールドを壊しにかかっている。どれもが大きな身体を持つ獣の魔物、ダーリス。数をかぞえるのはもうやめた。
一秒でも早くこの場を離れたいと願っているだろう案内人の横でその光景を眺めていた大地が私の視線を見つけて、深く頷いた。


「サク。俺のことは頼んだ」
「おい」




 
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