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家族

甘えん坊

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「母様?」

「あ、ごめんね、ユゼア。今行くから。」

 後で部屋に行くと約束していたのだが、すっかり忘れていた。もう十二歳になり、随分と大人っぽくなった我が子。小さい時から全くと言って良いほど、手のかからないいい子だった。だから、ユゼア自身が迷惑をかけたりということは無かった。

「ユゼア、後でも良いだろう? サユナは忙しいから。」

 結婚してからすぐに気づいた。家に居る間、ゼライはとにかく子供のようにぴったりと側にいて離れない。子供が生まれる前はただただ嬉しかった。常に側にいてくれるので、他の女性の影がちらついたり、愛人の話も全く無い。
 子供が生まれてからは、ユゼア以上にゼライに手がかかった。ユゼアが熱を出し、側に付いて居ると、すぐに嫉妬する。それ以外にも些細なことで嫉妬し、拗ねる。

「ですが、この後に予定は無いと母様が言ってましたけど?」

 忙しい。決して嘘では無いが、それこそ後でも良いようなこと。どうせこのままゼライに付いて行けば、部屋に戻って、キスをしながら抱きしめたりなんだりと甘えてくるのだろう。

「すぐ終わらせて来ますから、待っててくださいますか?」

 今はユゼアのことを優先したかった。普段、ほとんど頼って来ることのないユゼアが、頼みごとをしてきたからだ。どうしたら良いのか分からないと何か困っているそうなのだが、なんのことかはまだ教えてくれない。

「サユナ・・・・・」

 寂しそうな顔で見つめてくる。父親のくせに、と思いながら部屋に戻って行く背中を見て、愛されることとはとても幸せだと思った。




 グイグイと引っ張られ、ユゼアに部屋まで連れて行かれる。

 バタンと勢い良くドアを閉める。

 木製の机の一番下の引き出しを開ける。綺麗に積み上げられたたくさんの封筒。

「母様、これはどうしたら良いでしょうか。」

 本当に困ったように言うユゼア。その仕草はゼライにそっくりだ。

「これは・・・・・」

 内容は全て、ラブレター。見た五つほどの手紙の最後は全て、「私とお付き合いしてください」と書いてあった。いくら鈍感なユゼアでも、そこまではっきりと言われれば意味くらい分かるのだろう。だからこそ処分に困っているのだろう。

「こんなにたくさんもらうなんてね・・・・ あなたのお父さんもたくさんもらったのよ。」

 こちらに来て、部屋の整理整頓をしていると埃をかぶった箱があり、その中にはたくさんのラブレター。親子でそんなところまで似るのだなと、感心する。

「父様もですか・・・・ あんなに母様しか見えてない人のことを好きになる人いるですね・・・」

 皮肉も混じっているが、そういうユゼアだっていつかそうなるのではと母親の勘が
言っている。

「お父さんよりも私が先にお父さんのことを好きになったのよ。」

 きっと、あんな態度を見ていればゼライに散々追いかけ回され、渋々結婚したと思っていただろう。

「そうなんですか!? 知らなかった・・・・」

 クスッと笑ってしまう。結婚する前はあそこまでベタベタするような人には見えなかったけれど、今は今で心配することも無いし、素直になれるからそれはそれで好きなところの一つだ。

「ここの引き出しには何が入っているの?」

 三段ある引き出しのうち、一番上は筆記用具と語学や数学、勉学の本が入っている。一番下がラブレター。だったら二段目は何が入っているのかと気になり、開ける。

「母様、そこは!」

 ユゼアは慌てて止めようとするが、そんな風に見られたら困るような物でも入っているのかと、余計に気になる。
 中には同じピンクの花柄の封筒と、緑の封筒に真っ白な薔薇が書いてある封筒が一つ入っていた。
 なぜユゼアは見せたくないのか気になり、緑色の封筒を開ける。
 ユゼアは諦めた様子で、俯いて何も言わなかった。

 ミレルという名前の女の子に宛てたものだった。どうやら、もう何度もこうした手紙をやりとりしているようだ。
 最も興味深いのは二人の関係。ミーラ、ゼーアと互いを愛称で呼び合っているようで、はっきり言って仕舞えば純粋な恋人。純粋と言っても嫉妬やらの揉め事はあるだろう。それでもドロドロとした関係では無く、仲も良いようだ。
 
 初恋・・・・・

「そうね・・・ 大切な人は大切にしなさい。」

 顔を真っ赤に染め、耳までも染めているユゼア。
 息子の成長は嬉しいものの、少し複雑な気持ちだ。


「そのうち連れておいで。」

 

 早く帰らないと、またゼライが拗ねてしまう。

 

 ユゼアを愛しているのはあなたの子だからですよ・・・・・

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