上 下
20 / 77
第一話 ~春~ 再就職先は地獄でした。――いえ、比喩ではなく本当に。

舞台裏:閻魔様と兼定さんの会話 その1

しおりを挟む
 地獄分館の開館セレモニーが終わり、儂は兼定君と共に晴れ晴れとした気分で執務室へ戻ってきた。
 いや~、もう商議員会でお小言を言われなくて済むと思うと、うれしさのあまり自然と足取りも軽くなってしまうね。鼻歌を歌いながら、スキップでもしたい心持ちだ。

「何はともあれ、地獄分館が無事に再開できて良かったね、兼定君」

「ええ。まったく持ってそうですね、閻魔様。これもすべて、宏美さんの手腕の賜物です」

「本当にね。まさかこれほど早く再開できるとは、儂も思っていなかった。彼女には感謝しないといけないな」

 そう言いつつ儂が自分の執務机に着くと、兼定君はすぐに適温のお茶を淹れて持って来てくれた。
 いやはや、彼は本当に、儂には勿体ないくらい気が利く秘書官だよ。――あの個性では片付けられない性癖を除けばだけど。
 まあ、それはさておいて……。

「ただ……新しい司書があんな毒舌で苛烈――いや、な子になるとは、正直思っていなかったかな……」

 お茶を啜って深く溜息をつく。さすがに儂も、出会い頭にゴリラ扱いされたのは、これが初めてだ。
 こんなに個性的な司書は前代未聞……あ、いや、そうでもないか。
 よくよく考えれば、前の司書のハル婆さん(室町時代謹製、喜寿まで生きて大往生)も大概ひどかったな。博打大好き過ぎて、図書館を賭博場やらカジノやらにしちゃったことあったし。獄卒にも大人気だったせいで余計にたちが悪かったよな、あれ。
 で、最後は「宝くじで一等が当たったから辞める」とか言って、いきなり辞めていっちゃったし。婆さんが年甲斐もなくスキップしながら出ていった時は、儂も唖然としたよ。
 確か今は、天国で総会屋をやっているとかいないとか……。そのうち天国から地獄へ都落ちしてくるんじゃないかな、あの婆さん。

(……あれ? もしかしてこの図書館、ゴーイングマイウェイな人間しか来ない呪いでもかかっているのかな……)

 いやだな、その呪い。今度御祓いでもしてもらおうかな、今後のために……。
 なんて、儂が憂い混じりに取り止めもない物思いにふけっていた時だ。

「ハハハ! 何を言っているのですか、閻魔様! 宏美さんは、とても素敵な方ですよ。正にこの地獄にピッタリです。あの容赦のない物言いと慈悲のない折檻……。――もう、最高です! 素敵すぎます! ハアハア……」

「ああ、うん……。――兼定君、宏美君が来てから、とてもイキイキしているね。どうしてかは、あえて聞かないけど……」

「イエス! 今の私、人生の春を迎えている気分ですよ。――私、地獄の鬼ですけどね!」

 目を爛々と輝かせた兼貞君が、超ハイテンションでサムズアップしてきた。
 いかんな。何やら彼の入れてはいけないスイッチを入れてしまったようだ。こうなると、彼はしばらく使い物にならない。
 これさえなければ、本当に良い秘書官なんだけどね。世の中、本当にままならないものだ……。

「ま、まあ、これからは地獄もより一層賑やかになるだろうね」

「ええ! きっと楽しくなりますよ――色々と」

「ハハハ……。色々と、か……」

 兼定君の言葉に一抹の不安を抱きつつ、儂は適度に熱いお茶を一口啜る。
 さてはて、切り盛りする司書が宏美君に変わって、地獄分館は今後どうなっていくのだろうね。
 何だか言い知れない嫌な予感もするが、気のせいと思っておこう。そう思わないとやってられないし……。

(今はとりあえず、宏美君の手腕に期待するとしようか)

 性格はアレだけど、彼女の能力は優秀だ。それは今回の件で証明された。
 大人しくしていてくれさえすれば、きっと順調に図書館運営をしてくれる……はずだ。

(うん。信じているよ、宏美君)

 そう自分の中で締めくくり、儂は溜まり気味となっている自分の仕事に戻った。
しおりを挟む

処理中です...