その都市伝説を殺せ

瀬尾修二

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一章

三話

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 玄関の扉を開けた瞬間、和義は離れた場所にいる化け物や人間の大まかな位置を、無意識の内に捉えていた。遮蔽物の向こう側にいる存在までも、何となく感じ取れる。
 だが、得体の知れない能力に突如目覚めたことで、一層混乱してしまった。
(俺には予想もつかない、何か恐ろしい事が起こっているんじゃ…)
 現況を把握できないために生まれた不安感が、更に強まっていく。

 再開発されている駅周辺に近づくほど、人の気配は増えていった。会社員や中高生、散歩中の老人を多く見かける。
 平然とした人々に囲まれると、緊張感が少し和らいだ。肺に押し込んでいた空気を吐き出し、さりげなく辺りを一瞥すれば、そこかしこにいる異形の存在が目に映る。化け物の内訳は人魂が圧倒的に多く、それ以外の種類はごく僅かだった。
 しかし、幾ら人の数が増えても事態は好転しない。
(やっぱり、俺以外の人間には見えていないのか)
 人魂が当たり前のように老人の体を通り抜けていき、小うるさい女子高生達の足下を、子供の幽霊らしき存在が我が者顔で歩いていく。過去の日常と、現在の非日常がすれ違っていた。
 人々の涼しげな顔を見ていると、彼の胸の内に怒りと嫉妬が芽生えた。(何で俺だけが、こんな目に)と、やり切れない気持ちになってしまうのだ。
 彼は、混沌とした周囲の状況を暫く観察した。
(何だか、夢でも見てるみたいだな)
 次第に現実感が薄れていき、どういう態度を取ったらいいのかも分からなくなってくる。

 化け物達は、害意を持っていない様にも見えた。
(思ったほど、危険は無いのかも)
 彼は、安心するための理由探しを始めた。だが一時的な逃避は長く続かず、恐怖がぶり返してくる。
 前日から危害を加えられてはいない。とはいえ、何を考えているのか分からない人外相手に、平和的な対応を期待できる筈もなかった。
 彼がまたパニックに陥ろうとした時、後から声をかけられた。
「どしたの、お前」
 いつの間にか、同級生の大倉達也が背後に立っている。達也は、人魂を捉えた視線に気がつき、「お前、化け物が見えんの?」と尋ねた。
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