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ヴァンパイア裁判所 ②

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「刑部君、ちょっと。」

半沢主任に呼ばれてアヤメが席を立つ。
俺は、今回の供血動物にされていた未成年の顔写真と人間の行方不明者の顔写真を、パソコンの画面で再度見比べていた。でも、写真の顔と言うのは、実際の顔と違って同じようにも見え、違うようにも見える。結局は2度見ても、分からないものは分からなかった。

「一宇、出かけるわよ。」
半沢主任のところから戻ったアヤメが、そう言ってさっさと事務所を出て行く。

俺はパソコンをシャットダウンしアヤメを追う。

「行くってどこに?」

「裁判所まで、我妻聡を護送するのよ。」

「え、裁判所?」

なんともタイムリーな話だ。早速、裁判所にお邪魔できるとは。

「おれ、場所わかんないよ。」

「大丈夫よ。自動運転で行けるから。」

俺たちは、エレベーターで4階の事務所から地下の犯罪者留置スペースに降りた。
我妻は既に檻から出され、手錠をして俺たちの到着を待っていた。

我妻は、俺とアヤメを見つけて、まるで舌打ちをするように溜息を吐いた。

運転席に俺が座り、助手席にアヤメが座る。ナビ画面で自動運転を選択、行先を裁判所にセットした。
「予定所要時間:30分」画面に表示が出る。

電気自動車の静かなモーター音だけが静かな車内に響いた。

「おい。」

我妻がおもむろに口を開いた。

「何よ。」

「お前たち、なんでコスモスグループに目を付けたんだ?」

「あんたさ、自分は黙秘してたくせに。いきなり質問なんかしてきて、私が答える義理はないよね。」

「それもそうだな。」
そう言ったきり我妻はまた口をつぐむ。

「あの~。そんなこと聞いてどうするんですか?なんか気になることでも?」
俺が口を挟み、我妻は驚いた様子をみせる。

「いや、ちょっと気になることがあってな。まぁ、ここまで来たんだから、今更、ああだこうだ言っても始まらない。もういいよ。」

俺は自分質問したせいで、より疑問が増えてしまったことを後悔した。

「間もなく、目的地に到着します。ご準備ください。」
カーナビの案内が車内に流れる。

「へっ?ここ?」

「そうよ。」

到着した場所に立っている建物は、どう見ても裁判所には見えない。塀で囲まれて、入り口ゲートには守衛さんらしき人がいるが。ゲートの中の建物は、2階建てくらいだろうか?入り口と小さな窓のついたコンクリートの箱のようなたたずまいだ。

車が、ゲートに近づくと守衛さんが詰所から出てくる。

「ヴァンパイアポリス、刑部アヤメです。被疑者を連行してきました。」
アヤメが助手席の窓を開け、バッジを提示する。

「ご苦労様です。」
ゲートが開き、俺たちは裁判所の敷地内に入る。

アヤメは、我妻を後部座席から降ろし、コンクリートの建物のガラスの自動扉に向かう。我妻は自分でも言っていたように観念しており、素直に歩いて行く。
建物の中、1階部分はロビーのようになっていて、長椅子やコーヒーテーブルが置かれていた。ただ、外観で分かるように、狭く。窓がないせいで、閉塞感で息が詰まる感じがした。

チン。
奥にあるエレベーターから到着を知らせる音がなる。

(2階建てにエレベーターって贅沢だな。)

エレベーターから、男性が降りて来る。

「お兄様!」
アヤメが男性に走り寄り。男に抱き着いた。

「オオ。マイ リトル シスター。」
そう言って、男がアヤメを受け止める。

マイ リトル シスター??お兄様、この人が?司さんって言ったっけ?
イメージとはだいぶ違う。

男性は、俺を見つけ両手を広げながら近寄ってくる。

な、なんだ。ハ、ハグでもするつもりなのか、や、やめろ。俺は男と抱き合う趣味はないぞ!
俺の抵抗は全くの無意味だった。あっという間に俺の体は、その華奢な男性の腕の中にからめとられる。さすがヴァンパイア、力が強い。

はっ。
俺は、とっさに気が付いて、慌てて両方の掌でおでこを押さえる。

「あれ?君知ってたの?残念。」

抱きすくめられていた俺の体が急に軽くなり、俺は彼の両腕から解放される。

「はじめまして。君、本田君でしょ?いや~、やっと会えたね。君にずーっと会いたかったんだ。でも、ここんところ忙しくってさぁ。なかなか会えないから、半沢さんに頼んたんだよ。アヤメと君に犯人を護送する役目をさせてほしいってね。」

「は、はじめまして、本田一宇です。」
俺はすっかり彼に飲まれていた。

「一宇って名前珍しいよね。由来は何?それに、どうやって眷属を拒否し続けてたアヤメを説き伏せたの?趣味は何?何歳?」

アヤメの兄は、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。

「いや~、僕は君に興味津々なんだよ。もし、ここをちょっと合わせてくれたら、いちいち質問しなくってもすぐに君を理解できるんだけどね。」
そう言って俺のおでこを指さした。

「ダメです。」
そう言って、俺はおでこを隠す。

「なんで知ってたの?アヤメから聞いた?」

「あ。いいえ。先日、科捜研で、、すでに一度体験済みで、、。」

「おじさんか、ずるいな~。僕より先に見ちゃうなんて。」

「まぁ、今日は仕事があるし、今度またゆっくりね。」
そう言って俺にウィンクする。

「いや、今度はありませんから。」

「じゃ、そこの坊やを連れて2階に行こうか。」
そう言われて、俺は我妻をつれ、アヤメと一緒にエレベーターに乗り込む。

「あ、この建物って。」

「気が付いた?そう、ここは、地上は2階建てだけど、地下は8階まであるんだよ。」

「変な建物ですね。」

「そうだね。裁判のシステムから言って、地上部分には、たくさんの人が入るスペースは必要ないから、この広さで十分なんだよ。」

「じゃ、地下のスペースは何のために?」

「ここは犯罪者の刑務所も兼ねてるから。地下は刑務所。」

「え、ここの地下って刑務所なんですか?それにしては、、。」

「警備が手薄だと思っているんだね。」

「はい。」

「ヴァンパイアの犯罪者に対する刑は一つなんだ。人間でいう禁固刑ってやつだね。罪の重さでその長さが決まる。それで、ここで裁判を受けて長さを決めたら、そのまま地下に行って決められた年数眠ってもらう。」

「眠る、、んですか?」

「そう、コールドスリープってやつ、日本語で言うと冬眠。人道的だろ。」

俺たちの話を聞いていた我妻の顔がみるみる青ざめた。

それを見た司は、我妻を諭すように言った。

「怖くないよ。痛くもないし。ただ眠るだけだから。ただし、歳は普通に取るけどね。それが君の罪への償いだから、諦めてね。」

それはある意味辛いことかもしれない。眠って目覚めたら、若者が中年に、いや老人になってることもあり得る。

二階は、3つの部屋に分かれていて、俺たちは「裁判室」とプレートのついた部屋に通される。

中には、制服を着た男性が3人待機していた。

我妻が二人の制服の男性に脇を抱えられて連れていかれる。

「ちょっと待っててね。すぐに済むから。」

司が我妻に近寄る、我妻は顔を引きつらせて抵抗するが、屈強な男性二人に両脇を抱えられ、全く動けない。

「やめろ、放せ。こっちに来るな。や、やめろー。」我妻の声が、窓のない室内に反響する。

我妻は、おでこをつけられないように頭を振り始めたが、無駄だった。我妻の頭を司は両手で抑えると、素早く自分の額に我妻の額を押し当てた。

「あ、あ、あああ。」
我妻は、つぶやくようにそう言った後、がっくりと両ひざをついて崩れ落ちた。

司はさらさらと紙に何かを書き、うなだれた我妻を抱えていない3人目の制服の男性にその紙を渡した。あっけなく裁判は終わった。彼が、紙に書いたのは我妻の冬眠の長さかもしれない。

「ああ、アヤメ。この彼、すっかり戦意は喪失しているようだけど、用心の為に冬眠室までついて行ってくれないか?」

「わかった。」

アヤメと我妻、制服の3人組が出て行く。裁判室には俺とアヤメの兄の二人だけが残された。

いやな予感がする。

「いやだなぁ。そう硬くならないでよ。僕はアヤメの眷属である君とは仲良くしたいと思ってるんだからさ、」

「ははは、そうですか。」
無意識に手がおでこを隠す。

「大丈夫、君は犯罪者じゃないから、無理やりおでこをくっつけるなんてマネはしないよ。君がどうしても見てほしいって言うなら話は別だけどね。」

(いや、それは絶対にない!)

「おでこはくっつけないからさ、一つ教えてほしいことがあるんだけど。」

「はい、僕で答えられることなら、」

「君は、どうやってアヤメの眷属になったの?あの子、小さな頃から眷属はいらないって言ってて、有言実行で、その誓いを守っていたのに突然、眷属を見つけたって高梨さんから聞いて。どうにも不思議だったんだよね。」

「ああ、それなら、司さんのバイクを直すためですよ。」

「え?俺のバイク?」

自分のバイクの事、覚えてないのか?

「GSX-Rです。ガレージに置いてあった。俺の爺ちゃんがバイクの整備工で、その関係で俺も修理ができるんです。」

彼は、興味深そうに、うなずきながら聞いている。

「それで、俺。スマイル眷属紹介所の斡旋で刑部家に行ったとき、履歴書に書く事ないから、ガソリンバイクの修理ができるって書いてて、それを見たアヤメが、それならあなたを眷属にするって。」

「そのバイクが、僕のものだってアヤメが言ったの?」

「はい。」

(えっ違うのか?)

「ふーん。アヤメがそう言ったのなら、GSX-Rは僕のバイクです。本田君。修理してくれてありがとう、」
そう言って彼は、ぺこりと頭を下げた。

何か腑に落ちない。彼のバイクじゃないなら、誰のバイクなんだ?
俺は、バイクの修理が終わって、試運転に行った時のことを思い出した。あの時アヤメは、使い込まれたライダースジャケットを「兄のものだ」と言って貸してくれた。あのジャケットは俺には少し大きいサイズだった。今、俺の目の前にいるアヤメの兄は俺と同じくらいの体形か、へたすると俺よりも痩せて見える。あのバイクも、ライダースジャケットも司さんのものではないようだ。

そこへ、アヤメが戻って来た。
「さ、用事も済んだし。一宇、帰るわよ。」

「えええええ。もう帰っちゃうの~。今日は、もう罪人は来ないし、もう少しだけ、お話ししようよ~。それに、アヤメが来た時のためにDVDも買っておいたんだよ。鬼島犯罪帳!シリーズ第一弾コンプリートボックス!レアものでなかなか手に入らないんだよ!これを今からみんなで見るのはどお?ああ、それに、我妻の脳から読み取ったことを報告書にするから待っててよ。」

「ダメ。お兄様は、脳を読み取るのは早いけど、報告書にするのは遅いから待ってられないわ。」

アヤメは「鬼島犯罪帳コンプリートボックス」に、だいぶ心が揺れたようだが、後ろ髪を引かれながらもその誘いに乗ることはなかった。
俺たちは、乗ってきた電気自動車に乗り込みヴァンパイアポリスに自動運転をセットする。
間もなく自動運転で車は走りはじめた。

「アヤメ~、カムバ~ック!」
後ろで司が叫んでいる。

変わった人だな。彼が俺の事を知りたがったように、俺も彼の事をもっと知りたいと思った。

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