狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

80.「じゃーなー」

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「梅。意味が分からないと思うけど聞いてほしい。さっき話した勇者として召喚されたっていうのは本当の話。それでこの世界には魔法があるんだ」
「わ、あ」

話を信じてもらえるよう、梅が好きだった花を魔法で作って手渡す。
眼を瞬かせて喜びをみせる姿に私の頬まで緩んだ。

「この国の王始め城の奴らは警戒したほうがいい。絶対に名前を言ったら駄目だからね」
「名前?」
「そう。伏見梅だって絶対に教えちゃいけない。教えたらその名前を使って奴隷にされる」
「……?……奴隷?」
「うん。だから絶対名前を言ったら駄目だよ。それとこの世界は女性が少なくて狙われやすい。女勇者をこの国は必ず縛るだろう。付き人っていう身の回りを手伝う人がつけられると思うけど、信用し過ぎちゃ駄目だからね。ちゃんと見極めないと駄目だから」
「……あなたは?」

突然の質問に、言葉が詰まる。
意図は掴めなかったけれど確かなことはあった。

「俺は一緒にいられないから。ちゃんと見極めてな」

梅が召喚されるって予想外の事態に、結構やらかしてしまったんだ。追っ手がつくだろうの話じゃなくて、確実に私は狙われる。
いまこの国の外に転移できたらいいけどそれは出来ない。トナミ街の執務室に転移しようとしたとき控え室にとばされたように、この国にある控え室にとばされるだろうし、流石にもう控え室にこの騒動は広まっているはずだ。とばされた瞬間捕まるのは目に見えてる。門からだって出られないだろう。
こんな状態で梅をつれていけない。
私との関連を疑われていない今、ここのほうが安全だ。

「梅。さっき見せた魔法、きっと梅も使えるようになる。でも魔法を使えるようになった瞬間勇者は魔力欠乏症っていう病気になるんだ。魔法が使えるようになった反動で、魔法に必要となる魔力が身体からなくなる。魔力は魔法が使える原動力と同時に生きるのに必要なエネルギーで、魔力がなくなると死ぬ。でも召喚された勇者は魔法が使えた瞬間から毎日魔力が減り続けて止まらない。治療方法はなくてただ単純に魔法を足すっていう対症療法しかないんだ。
魔力を足す方法はこの世界に馴染むこと、食物から、人からとればいい。でもこの世界に馴染むのには数年かかって食物からは微々たるものしか魔力はとれないから、結局人から貰うしかない。要はヤルってのが一番手っ取り早い。肌から、キスから――体液で魔力は回復する。
大丈夫。
そんなのさせない」

嫌悪に身をひく梅の手をとる。温かい手だ。
思い出したのは文化祭。
梅の提案で逆転喫茶をすることになって、私は男装にタキシードを着た。それだけでも反応が凄かったけど、梅が震えながらお願いしてきたキャラの台詞を言うと梅を筆頭にクラスの女子が狂喜乱舞した。その流れで写真を撮ることになって、そんなことを長くしていたら意味の分からない理由で梅が拗ねたんだ。
そうなった梅がなかなか回復しないのは分かっていたから、ふざけて、やったんだ。

「梅。俺が守りたいのはあなただけだから」

梅の手を私の額にあてて魔法をかける。梅が魔力欠乏症にならないよう、私の魔力を供給するようにした。
ああほんと、なにやってんだか。
手を離して眼をパチクリさせる梅を見下ろす。完全に変質者だよな、私。
正直思い出してくれるんじゃないかと思ったけど、思い出すもなにも会ったことがないんだから意味がないんだった。どうも目の前に梅がいると忘れてしまう。

「……梅が魔力欠乏症にならないよう魔法をかけておいたけど、それは保険だってことと魔力欠乏症があるってことだけは覚えておいて。魔力が安定するまで魔法は使いすぎないこと」
「……」
「あと、なにかあったらロナルって男を頼って。アイツ」

赤く色づいてきたシールドごしにロナルを指さす。ロナル限定でシールドにかけた魔法を解けばロナルは驚いた顔を見せた。中が見えるようになって、梅と私が自分を見ていることに驚いたんだろう。
ロナルに梅に渡した花を指さす。
これで十分だろう。察しが良いロナルのことだ。あとで花を見てくれるはずだ。

「なんで、ここまでしてくれるんですか」

外の声が入るようになってきたシールドに小さな梅の声が聞こえた。私を見上げる顔が続きを待っていて、苦笑しか浮かべない。
そりゃそう思うだろうなあ。

「自己満」

梅の頭を撫でながら、シールドの天井に入ったヒビを見上げた。

「俺のことは聞かれてもなにも知らないって言っといて。そのほうが安全だから。一緒に召喚された勇者たちと話を合わせて、召喚のことや奴隷の話を聞いたってことだけ言ったほうがいい」

シールドの欠片が落ちてきて手を離す。
そのまま梅から離れて、質問に答えていた偽の私と合流する。

「「んじゃ、悪い。ここまでしか手を貸してやれない」」

偽の私と声が重なって、梅と、梅と同じく召喚された他の勇者たちが私を見る。
そしてシールドが割れた。
音が消え、私の心情を表すように割れたシールドがガラスのような音を立てて床に叩きつけられる。

「捕らえろっ!!」

筆頭魔導師が叫ぶのと合わせて私の周りに鉄格子が生えてきて天井にまでのぼる。
あー、ビビった。

「捕まえてみろよ」

かけられた魔法をそのまま高みの見物をしていた王に移してかける。直後あがった悲鳴と尻餅ついた無様な姿に心から笑えた。

「楽しそうに見学してたから参加させてやるよ。こういうのは一緒に楽しむもんだろ?」

私の挑発に簡単にのった王が鼻息荒く立ち上がるが、魔法は閉じ込めるだけのものじゃなかったらしい。王は立ち上がったものの力尽きたようにその場にへたりこむ。慌てたのは筆頭魔導師だ。私のことは他の奴らに任せて王に駆け寄る。可哀想なことに自分がかけた魔法なのに解くのに苦戦していた。私が解除できないように入り組んだ魔法を作ってたんだろう。いい魔法だ。

さて。

筆頭魔導師以外、他は雑魚といっても過言じゃない。攻撃をかけてこようとした奴ら全員の動きを縛って邪魔させないようにする。
静かな時間だ。

丁寧に丁寧に、王にとっては呪いでしかない魔法を作る。

お前らにとっての素敵な儀式が私のせいで台無しになったんだもんな。少しはそれらしくしてやろう。
宙に契約の文様を描いて浮かび上がらせれば、白く光る文様はゲームさながら神秘的に光った。ステンドグラスの光と合わさって綺麗だ。凄く、綺麗。
私の名前と内容が誰にも見えないよう錯覚魔法をかけながら文様に描き込んでいく。契約といってもこれは私自身にかけるようなもので、いってみれば誓約のようなもの。
描き込んで、一息つく。
文様は白い粒子を落としていて、誘われるように手を伸ばした。指に触れた粒子は溶けるように消えていく。私の決意を描き込んだ魔力が浸透したのか、気持ちは固まって、気持ちよく笑えた。
大袈裟に声を張り上げる。


「選ばれた王よ。俺たち勇者をこの世界から救ってほしい。ずっと悪夢を見るんだ」


鉄格子を掴み顔を覗かせる王にちゃんと理解できるよう、彼にとっての悪夢を見せる。上がった悲鳴はいつの間にか王だけのものになっていて、広い建物に王の叫び声はよく聞こえた。
パラパラと壊れた物の破片が落ちる。

「魔物を殲滅したらお前も、俺も、この悪夢から解放されるだろう」

この世界に召喚されてセックスを強要されて魔物に遭遇して殺して殺されかけて人を殺して――これでようやく少しは同じラインに立てるんじゃないか?
寝ても覚めても穏やかに一息つけた瞬間沸いてくる悪夢はきっとお気に召すだろう。万が一気が触れたり死んだりすることがないよう魔法もかけておく。

「お前が死ねば次は召喚したものに!次は召喚を手助けしたものに!――最高だろ?これは俺からお前らに贈るプレゼントだ。俺が死んでもこの魔法は解けない。むしろ俺が死んだらこのプレゼントは俺に残った魔力すべて使って更に多くのお前らにやるよ。
大丈夫。魔物を殲滅したら解けるから。どうか力を貸してくれ」

召喚されたときに言われた言葉や態度を真似した芝居じみた話し方は、それはそれで恐怖を煽るものらしい。王の荒い息以外は音らしい音はなかった。


「捕まえろ……っ!いや、殺せ!」
「フィラル王!それはなりません!」


唸るような低い声を悲鳴のような声に変えて王が叫ぶ。近くに立っていた側近が宥め、兵士が慌てふためくのが笑える。
もうここに用はない。後は逃げるだけだ。
色んな奴が伸ばしてくる手が視界を覆う前に転移をする。契約の魔法が完成して宝石のように輝きながら落ちていくのが最後に見えた。
――この城に組み込んでいた自動の転移魔法のお陰で転移先には誰もいなかった。案の定、訓練場の近くだ。


「あ、駄目か」


このまま城下町近くまで転移しようとしたら転移ができなかった。鍾乳洞のときと同じだろう。よかった。あの経験がなかったらいまパニック状態だった。といってもやばいことには変わりないけど。
走り出してそう時間も経たないうちに後ろから熱の塊が迫ってきた。大地のならまだしもこんな魔法じゃ傷つかない。避けきれないものだけ弾き返しながら身を隠すため森に向かう。森には魔法がかけられていて奥に行っても戻されるけれど、身を隠せるのには変わりない。
丘を走っていたらきっと勇者召喚が行われていたこと自体知らないだろう兵士たちが訓練をしていて、私に気がついた兵士が私の名前を呼んでいた。
でもそれも私を追う城の奴らを見て、ただならぬ光景に声が止まっていく。違ったのは教官だ。

「やはり貴様はこの国に仇成すか!私が引導を渡してやるっ!!」

城の奴らに理由を聞いたらしい教官が迷惑なことに進行方向に立ちふさがりながら魔法を放ってくる。折角だからそれは避けてみて、収納武器の剣を取り出して教官に振り下ろす。
教官は悲鳴ともに剣を受け止めたものの、すかさず私がいれた蹴りで地面に大の字に倒れた。頭を打ったのか転げ回る。

「これじゃ無理だろ」

八割弓しか訓練していない私の攻撃自体いなせないんじゃ話にならない。大層立派な飾りがついている剣を拝借して近くに迫ってきた奴らに拡大魔法をかけ投げ捨てる。剣は彼らの防御魔法や攻撃魔法で粉々に砕け散った。

「じゃーなー」

収納武器を弓に変えて走る。こんな状況で森のなか弓を使うのは適さないけど今回ばかりはしょうがない。多少の魔力を食うのも我慢して進行方向に弓をひく。ほどなくして私の攻撃を訝しげに思っただろう城の奴らの悲鳴が聞こえた。イメージミサイルで自動的に敵を射貫くようにしたんだけどいい感じだ。
このまま――


「お待ちしておりました。勇者サク」


思うとおりにいけばいいけど、そうはならないのが現実だ。
筆頭魔導師を先頭に既に武器を構えた兵士や魔導師が待ち構えていた。そこは城下町に続く道で、城の門すぐ近くにある川の上に建つ橋のところだった。少しのぞけば相変わらず遠くにあるにも変わらずゴオオオと大きな音が聞こえてくる。
前にこの森を散策したときこの場所には出ず入った場所に戻されたけど、今回は違った。それは。

「お察しの通りこの森は私が作りましてのう。出口を設定することも出来るんですよ」

筆頭魔導師が空を指さす。
私も安全を確保してから空を見上げれば、青い空が薄いピンクに色づき始めた。シールドが張られた。大勢の魔物が入れないようにする強固なシールドは逆にいうと出るのも困難。

「春哉様のように奴隷になってくださったら一番有り難いのですが」
「糞が」
「フィラル王にかけた魔法は解いてくださらんか」
「あれはもう解けない」
「やはりのう」

はっきりと契約内容が分からなかったとはいえそれぐらいのことは想定済だったらしい筆頭魔導師が白い顎髭を触りながら視線を俯かせる。


「油断も隙もな、っ!」


筆頭魔導師が顔を起こしたと同時に鋭い剣のような魔法が迫ってくる。それをすんでのところで交わした瞬間、お腹に鋭い痛みが走った。
見ないでも大体予想がついたけれど、見れば矢が腹部を射貫いていて、赤い血を滴らせる鏃が見えた。

声が聞こえる。

訓練場の兵士たちの声かも知れない。
ああ、くっそ、腕を斬られたときより痛い。
喉が渇くのに涎さえ出ない。せりあがってきてむせこめば反動でひどい痛みを訴えてきていいことなんてひとつもない。

「あなたは殺さねば危険じゃ」
「はは、勝手に。勇者なんて名目で人さらって、帰りたきゃ魔物殺せって、本当は帰せないくせに俺らの命握って、勇者って!最後は邪魔なら殺すって、はっ、は。笑える、ぅあっ!」

もう一度飛んできた魔法をかわす。なのに、また矢が身体を射貫いた。なんでだ……なんで?
できるだけ速く走って兵士たちがいない場所へ移動する。けれど徐々に囲い込まれて、城下町へ続く道は勿論、橋も塞がれ崖にも富士の樹海のような森の前にさえ兵士が立っている。

……ああ、そういうことか。

この状況より答えが気になって右肩を貫いた矢を間近に見ていたら、ようやく分かった。この矢は私が使っているやつだ。

今まで残した魔力で転移をしたり、翔太に目印をつけて転移していたように、筆頭魔導師は矢に残った私の魔力を目印にして私に帰るように魔法をかけたんだ。さっき私が城の奴らにしたのと同じじゃないか。
ああ、これは怖いわ。
自分でしてて同じことされてちゃざまあない。私も翔太に言えるくちじゃないな。でも油断してくれてるから――迫ってくる複数の矢を見て嗤う。せいぜい勝利に酔えばいい。
矢を打ち砕き、そのうち1本だけ受け入れる。反動で揺れる身体、そのまま後ろに倒れて──



「惜しい。……実に、惜しい」



筆頭魔導師がそれを最後に眼を閉じ、俯きながら静かに首を振る。兵士の何人かがショックを受けたような顔をして、手を伸ばしてくる奴さえいた。

それはおかしいんじゃねえの?

笑う気力さえなかった。
いつかゆっくり過ごした森がだんだん見えなくなって、代わりにピンクの空なんて気色が悪い空が視界を埋る。
だけどそれも遠ざかって離れ、見えなくなった森がまた少しだけ見えたかと思えば、また見えなくなる。ピンク色の空は茶色に縁取られて、沢山の人の手や顔さえ点々の模様にして飾っていた。


ゴオオオオ


大きな音がする。
遠くでも十分聞こえていた川の音は間近で聞くと更に大きくて、流れを見なくてもひどい勢いだろうことが分かった。






「死んでたまるかよ」






ひどい痛みを訴える腹部にお粗末な治癒魔法をかけて笑う。
すぐにでも襲ってくるだろう衝撃に備えて眼を閉じた――




 
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