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第四話 彼女と彼女の間

Act.2-02

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「――ヤな女でしょ?」
 不意に誓子が沈黙を破った。弾かれたように誓子に視線を移すと、誓子は朋也と目を合わせずに訥々と続けた。
「昔っからこうなのよ、私って。相手が迷惑がってるのに全然空気読めないから、しつこく詰め寄って怒られちゃう。酷い時は縁を切られたこともあった……。ほんと、この性格、いい加減治したいって思ってるんだけど……」
 そこまで言うと、あはは、と空笑いする。心なしか、今にも泣き出しそうな表情になっている。
「自分を変えるって難しいからな……」
 誓子を元気付けるため、というより、自分に言い聞かせるように朋也は言葉を紡いだ。
「俺も人のことを偉そうに言えねえしな。色んなことにけじめを着けるために家を出たってのに、まだズルズルと引きずってる……。女々しくてどうしようもない男だなって自分でもイヤになってくる。――ほんと、スッパリ忘れられたらどんなに気分いいか……」
 言いながら、何故、こんな話を初対面の誓子にしているのかと自分で自分に驚いていた。もしかしたら、アルコールが入っているせいで口が滑りやすくなってしまっているのか。
「そっか、まだ辛いんだね……」
 誓子は神妙な面持ちでポツリと口にした。多分、朋也が決して叶わない片想いから解放されていないことを察したのだろう。
 恥ずかしい、という感情は湧かなかった。むしろ、自分の本心を吐き出せたことで、燻り続けていたものが少しずつ消えてゆくような開放感があった。だが、何故か涼香には話せなかった。涼香にとって紫織は無二の親友で、逆に誓子と紫織は全くの赤の他人だから、だろうか。
「井上、さん……」
 ここまで話したんだし、と朋也は誓子に質問をぶつけてみた。
「俺みたいな男って、女性から見たらどんな感じ?」
 しばらく視線を逸らしていた誓子が、ようやく朋也を見上げてきた。真っ直ぐに見つめ、やがて、ほんのりと口元に弧を描いた。
「一般女性がどう思うかは分からないけど、私は高沢君みたいな男の人って嫌いじゃないわよ」
「気色悪いとか、鬱陶しいとか、そうは思わない?」
「まあ、ストーカー的なのはさすがに引くけど、高沢君はただ想い続けてるだけでしょ? それなら相手に迷惑なんてかけてないじゃない。それに、高沢君は真面目だから、相手にとても気を遣って自分が損してしまう感じ。違う?」
 よく、朋也の性格を見抜いている。ほんの少し会話を交わしただけで、そこまで相手のことを分かるものだろうか。
「どうして、そんなに俺のことが分かるんだ?」
 そのまま、素朴な疑問を投げかけた。
 誓子は相変わらず朋也をジッと見つめ、少し間を置いてから驚くべきことを口にした。
「だって、高沢君のこと好きだから」
 一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。しかし、その言葉の意味を頭の中で反芻し、ようやくの思いで、「それってつまり」と続けた。
「えっと、俺を恋愛対象として見てた、ってこと……?」
「そうよ?」
「――本気で……?」
「私、これでもそうゆう冗談は言わないけど?」
 誓子は真剣な眼差しで朋也を凝視する。もしかしたら、「ごめん、うっそー!」などと笑い飛ばしてくれるだろうと期待していたが、全くその気配はなかった。
(つうか、こういう時ってどうすんだ……?)
 学生時代、ふざけ半分でバレンタインのチョコレートを貰った経験はある朋也だが、こういった真剣な告白は初めてだったから戸惑いを隠せない。申し出を受けるべきなのか、それとも、やんわりとでも断るべきなのか。
「すぐに返事して、なんて言わないから」
 底抜けに明るい口調で、誓子が言ってきた。
「まずは友達でお試し。さっき携帯番号渡したでしょ? ほんと、気が向いたらあの番号に連絡してきてよ。友達としてなら気楽に付き合えるんじゃない?」
 朋也に断る余地を与えてくれそうにない。『友達でお試し』などと言っているが、どうにも強引に押し進められてしまった気がしなくもない。
「俺、つまんねえ男だと思うけど……?」
 遠回しに断ろうとしたものの、「そんなこと言わない!」とバッサリ斬り捨てられてしまった。
「私は高沢君のままの高沢君が好きなの。ずっと一途に好きな子を想い続けてる高沢君もひっくるめてね。それとも、私のこと嫌い?」
「いや、別に嫌いってことは……」
「ならいいじゃない。しばらくお試しで付き合ってよ」
 もう、頷く以外になかった。
(仕方ねえ、か……)
 朋也は心の中でぼやきながら、ひっそりと小さく溜め息を漏らした。
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