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卑劣の極み

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それから間もないある週末、摩耶と伊佐乃は富士五湖方面に向かっていた。
伊佐乃は、18歳になるとすぐに車の免許を取得し、ドラマのギャラで車も買っていた。

名目上は、伊佐乃にドライブがてらの1泊旅行に連れていってもらうという設定だったが、実際は、なるべく人目に付かない場所で2人きりになる事が目的だった。

まだ女優としてのキャリアは浅いが、デビュー作が大ヒットした事もあり、街中では顔を隠さないと歩けない程だった。

2人は東名を御殿場インターで降り、バイパスを利用して河口湖方面に移動した。

昼間、少し観光もしておいて、夜は伊佐乃に特訓をする事になっていた。
2人は昼過ぎに河口湖に着くと、ほうとうを食べてから湖畔を観光し、夕方からカチカチ山に登った。この日は雲一つない晴天だった為、頂上から見える富士山のアップは見事なものだった。

「ちょっと寒いね。」

伊佐乃は、上着を羽織りながら、摩耶に言った。

確かに、富士吉田はすっかり秋の気配に満ちていた。都内とは季節の歩みがかなり違う。


伊佐乃は、次第に紺色のシルエットに変わっていく富士山を見つめながら、摩耶に話しかけた。

「ねえ、摩耶ちゃん。摩耶ちゃんの教えてくれた特訓法で、私本当に色っぽくなれるかな。。」

伊佐乃は、不安そうな顔をしていた。

不安なのは分かる。
摩耶が伊佐乃に提案した特訓とは、体に苦痛を与える事だったからだ。


摩耶は、富士山を見つめたまま、伊佐乃に答えた。

「伊佐乃さん、何弱気になってるんですか。頑張るって約束ですよね。私、言ったじゃないですか。人間は痛みを知って、苦痛を乗り越えて、精神的に大人になるって。よく、女優も言いますよね?汚れ役をやって一皮剥けたとか、妖艶さを増したとか。」

「そうだね。頑張らなきゃね。摩耶ちゃんも協力してくれてるんだから。」

普段であれば、伊佐乃も中学生の摩耶ごときの話しに、こんなに簡単にはのってこなかっただろう。
しかし、精神的に追い込まれていた伊佐乃は、藁をもすがる気持ちだったに違いない。

当然、摩耶は伊佐乃が今より色っぽくなろうがなるまいが、そんな事はどうでもよかった。

ただ、伊佐乃という素晴らしい獲物を存分にいたぶる事だけが望みだった。

人の弱みにつけ込んでまで、自分の欲望を満たそうとする摩耶。。
それは、まさに卑劣の極みだった。

しかし。。

摩耶は、そんな悪魔のような自分がとても気に入っていた。

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