黒の転生騎士

sierra

文字の大きさ
上 下
92 / 287
第八章

カイトの休日 7  禁断の恋

しおりを挟む
 目を真っ赤に腫らして悲しみに沈んでいる姿は、痛々しくて胸が痛む。
「リリアーナ・・・」
「カイト・・・薬品がかかった跡は・・・? 大丈夫だった?」
 言っている傍から涙が頬を伝う。隣に座って抱き寄せると、大人しく腕の中に収まった。顔をカイトの胸にすりつけて、少ししゃくり上げながら話をする。
「私を庇ったから・・・私が厄災の姫君だから・・・ごめんなさい」

「違う、リリアーナは悪くない・・・今回は俺が巻き込んだんだ。君を煩わせたくなくて、黙って処理しようとしたのがいけなかった。お願いだから悲しまないでくれ・・・君が悲しむのが一番辛い」
 下を向いてしまっているリリアーナの頬を両手で包み込んで、涙を親指で拭う。

 カイトの顔を見る事ができない。悪くないと言ってはくれるけど、自分を庇って傷ついたのだ。カイトは自分に係わってから、災難にばかり合っているような気がする。涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、やっとの思いで口にした。

「・・・やっぱり・・・別れるのが一番いいのかもしれない・・・」
「何だそれ・・・」
 カイトがクスリと笑った。
「別れない。別れると言うなら、また押し倒す――」

 ルドルフの時の事を思い出して、紅くなる。何も言わずにカイトの腕の中に包まれているうちに段々気持ちが落ち着いてきた。

「落ち着いた?」
 頭を撫でられて、カイトの問いにコクンと頷く。
落ち着いてくるのと同時に、カイトの肩の様子が気になってきた。一瞬だったけど、肌が焼け爛れたように見えたからだ。

「カイト、お願い。薬品がかかったところを、包帯の下を見せて」
「え・・・? いや、もう治療をして包帯を巻いてあるし、全然痛くないし、わざわざ見せる程のものでもない」
 自分を心配させない為に言っているんではないだろうか? 拒否されると隠そうとしているように思え、益々気になって確認したくなる。
 カイトはアレクセイと話をする為に、新しい上着とシャツを身に着けていた。リリアーナは意を決して、カイトの上着を脱がせ始めた。次に白いシャツのボタンに手をかけると、カイトが口を開いた。
「本当にこの場で押し倒されたいのか?」

 リリアーナはボタンに手を掛けたまま、口をあんぐりと開け、真っ赤になった。
「違う! そういう意味じゃない事は分かっているでしょう!?」
 カイトが笑いながら言う。
「ごめん、つい・・・いや、本気かな? 傷は本当に大した事ないんだ。心配しないでくれ」
 今さらっと顔が赤くなるような事を言われた気がするが・・・その後にカイトにキスされて、何も考えられなくなった。浅く息をしながらその腕に包まれて会話は続く。

「そういえば、何でサファイア様と代わったんだ?」
「サファイア姉様、草むしりで腰を痛めて」
「へ?」
「18歳で腰を痛めたのが恥かしくて黙っていたらしいの。今日も無理をして屈んだところで動けなくなって。観光客も私達を期待しているし、それで私が急遽代わったの」
「そういう訳だったのか・・・」

「ソフィアは・・・どうなるの?」
「多分・・・心や精神を病んだ女性達が収容される修道院に入る事になる。厳しい所だけど仕方が無い。もう二度と出てはこれないだろう」
「そう・・・可哀想だけど仕様がないわね」 

 リリアーナアがふと思い付いた。
「カイト`禁断の恋 ‘ だけど」
「読みたかったら持ってくるけど、モデルはソフィアでリリアーナじゃないよ。世間でも今回のソフィアの件で、僕らの事を書いた訳じゃないという認識が広まるだろう」
「私がモデルでなくてもいいの。興味があるから読んでみたい」
「分かった」
「二巻もあると聞いたのだけど」
「それって・・・! 誰から聞いた!?」
「スティーブが言っていたんだけど・・・どうしたの? そんなに慌てて」
(あいつめ!!! 普通言うか!?)
「あるにはあったんだが、試し刷りしかなかったし、もう全て破棄してしまったんだ」
「そうなの・・・残念だわ」

 本当はアレクセイの所にまだ一冊ある。アレクセイもパラパラ捲って『酷い内容だ』と言っていた。先程聞いた話だが、ソフィアは自分の夢が詰まった一巻を出版して(これを読んだらきっとカイトが来てくれる!だって私達は運命の糸で結ばれているから・・・)と思っていたのだが一向に足を運んでくれず。ならばとポルノまがいのどぎつい内容の本を出して、これを読めばいくらなんでも目を留めて来てくれるだろうと目論んでいたのだそうだ。

 それにしても、休暇中だというのに疲れる事が続いた。今回はリリアーナとゆっくりするつもりだったのに・・・。彼女を腕に抱いて、ソファの背に寄り掛かっていると、急速に瞼が重くなってきた。じいやに貰った痛み止めの煎じ薬が眠気を誘っているのだろうか―― いや、それよりリリアーナに抱き枕の素質があるのかもしれない。

「カイト・・・?」
 ――寝てしまっている!? これはチャンス!! 今なら包帯の下を見る事ができる!
リリアーナはカイトの腕から抜け出ようとしたが、まずはこれが大変だった。なかなか離してくれず、少しづつ時間を掛けてやっとの思いで抜け出した。次にシャツのボタンを上から三つほど外す。でもこれだと包帯も肩から胸にかけて巻いてあるし、とても跡を見る事はできない。思い切ってボタンを全部外して、肩からシャツを脱がそうとした。

「リリアーナ様大丈夫かしら?」
 フランチェスカが声を上げた。外では心配した先程の三人が扉に耳を当てて中の様子を伺っている。
「もう一時間よ。泣き声も止まったし、さっきなんて笑い声がしなかった?」
 ジャネットが後の二人を見る。
「この扉ぶ厚いから、中の音は聞こえにくいんだよな」
 男性騎士はよく聞こえなかったようだ。
「でもきっとカイトの事だからもう大丈夫よ! 私、開けてみる!」
「フランチェスカ! ちょっと待って! もしかしたらその・・・熱いシーンの真っ最中かもしれないわよ?」
「それなら尚更付き添いがいないと!!」
 フランチェスカが慌ててノックもせずに扉を開けた。

 ――三人が見たものはカイトのシャツを肩から脱がしかけていたリリアーナ・・・

 呆然とする三人に向かってリリアーナが叫ぶ。
「違うの!! これは、違うの!! 薬品がかかった跡を見ようとして!!」
 その声でカイトが目を覚ました。若干まだ寝惚けている。リリアーナが自分のシャツを脱がそうとしているのを見て取ると。
「何だ・・・大胆だな」
 シャツを肌蹴させたままリリアーナを抱き締めて首筋にキスをした。

「だから! 違うのーーーー!!」

 真っ赤になったリリアーナの叫び声がこだました。


#この作品における表現、文章、言葉、またそれらが持つ雰囲気の転用はご遠慮下さい。
しおりを挟む

処理中です...