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第1章 あずみ

action 18 占領

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 学校の裏門を抜けてから往来に戻ると、あとは大した障害物もなく、順調に道のりを稼ぐことができた。

 だが、あずみが黙り込んでしまったせいで、イオンまでの1時間は、とてつもなく長かった。

 僕はもう一度、謝ろうと思った。

 しかし、何度詫びても詫び足りない気がした。

 結局、僕も同じだったのだ。

 さっき、生き返ったゾンビに襲われた時、僕はゴルフクラブでその頭を砕こうとした。

 ただ力がなくてできなかっただけなのだ。

 あずみは力を持っていたからそれを駆使した。

 ただそれだけの違いである。

 しかもあずみは2度も僕を助けてくれた。

 そんなあずみのことを、ほんの一瞬にしろ、化け物扱いするなんて…。

 彼女が怒るのも、当然であるといえただろう。

 だから、改めて謝ろうにも、何から話していいのかわからなかった。

 彼女を傷つけてしまった今となっては、何を口にしても嘘になる。

 そんな気がしてならなかったのだ。

 残る希望はただひとつ。

 ケロヨンのいう、ゾンビ化を元に戻す方法を見つけること。

 それさえ可能になれば、僕らの間のわだかまりも、解けるに違いないのだから…。


 イオンが見えてきたのは、日が少し傾きかけた頃のことだった。

 正面に自動ドア。

 建物の1階部分の右半分は平面駐車場になっていて、入り口にシャッターが下りていた。

 左手のスロープは、5階まである立体駐車場への登り口だ。

 僕が違和感を覚えたのは、1階平面駐車場のシャッターだった。

 鉄格子の向こうに、人影が見えるのだ。

 それもひとりやふたりではない。

 何十人もの人間が、鉄格子にしがみついてこちらを眺めている。

「お兄ちゃん…」

 少し後ろを歩いていたあずみが囁いて、僕のズボンのベルトを引いた。

 久しぶりに聞くあずみの声だった。

「あれ、みんなゾンビみたい。気をつけて」

「え? マジかよ」

 僕は目を凝らした。

 シャッターの向こう側の薄暗がりで蠢くのは、確かにゾンビたちだった。

 みんな目玉が裏返り、カサブタだらけの顔をしている。

 ゾンビが、駐車場に閉じ込められてる?

 でも、いったい誰が…?

「見て」

 あずみが正面玄関の自動ドアを指さした。

 ドアをこじ開けるようにして、男たちが外に出てくるところだった。

 全部で5人。

 みんな髪が短く、光沢のあるスーツにサングラスといった、おそろいのスタイルである。

 間違いようがない。

 全員、典型的な極道だ。

 僕は青ざめた。

 最悪の事態だった。

 このイオン、ヤクザに占拠されている。

 考えてみれば、十分にあり得る話だった。

 崩壊した世界でモノをいうのは、経済力ではない。

 力である。

 要は武器を持っている者が、一番強いというわけだ。

「おまえら、見たところ、化けもんにはなっちゃいないようだが」

 僕らの前に立つと、肩幅の広い年配の男が言った。

 落ち着きぶりと迫力からして、その男がリーダー格のようだった。

「はい。俺たち、ちゃんとした人間です。だから、あの、中に入れてもらえませんか? 俺たち、どうしてもここに用があるんです…」

 前に出ようとするあずみを制して、僕は答えた。

「娘のほうだけならな」

 バカにしたような表情を口元に浮かべて、男が言った。

「男は要らない。中に腐るほどいるんでね」

「で、でも…」

 言いかけると、男の口調が変わった。

「いいからガキは失せろ。その代わり、そのカワイ子ちゃんは俺たちが引き取ってやる」

 近づいてくる。

 スーツのポケットのあたりが不自然に膨らんでいるのは、ピストルを隠しているからだろうか。

「兄貴、このアマ、いい乳してますねえ」

 あずみをいやらしい眼で眺めながら、下っ端のひとりが言った。

「顔もアイドル並みに可愛いし、尻もでかいし骨盤も張ってるから、きっとガンガン子ども産んでくれますぜ」

 男たちの間から、下卑た笑いが起こった。

 あずみがポールを構えるのが視界の隅に入った。

「やめろ」

 必死で囁いた。

「こいつら、拳銃を持ってる。いくらおまえでも無理だろう」

 あずみが腕を下ろした。

「問いかけるようなまなざしで僕を見た。

 じゃあ、どうするの?

 そう目顔でたずねているのだ。

「す、すみません。俺の勘違いでした」

 後ずさりしながら、僕は言った。

「ごめんなさい。出直してきます」

 回れ右して、一目散に走り出す。

「てめえ、この野郎!」

「クソガキがあ、舐めやがって!」

 案の定、追いかけてきた。

「あずみ、逃げろ!」

 叫んだ時だった。

 走りながら地面にポールを立て、あずみが舞った。

 空中で身体をひねると、はさみ跳びたいに足を開いて反動をつける。

「わ」

 男たちが喚いた。

 旋回する脚が、追っ手を一気になぎ倒したのだ。

「お兄ちゃん!」

 着地したあずみが、僕の手を引いた。

 そのまま、全速力でダッシュする。

 セーラー服の下で、たわわな胸が躍る。

 が、もちろんそれをじっくり鑑賞している暇なんてない。

 銃声が轟いた。

 あずみが僕を、横の狭い路地に引き込んだ。

 それは、ヘタレ学生の僕にはあまりにハードなかけっこだった。

 今にも喉から心臓が飛び出しそうで、胸が苦しくてならなかった。

 あずみは速かった。

 やがて追っ手の足音が間遠になっていき…。
 
 ふと気がつくと、僕らは入り組んだ商店街の路地裏に立っていた。

「どうする?」

 僕を見上げて、あずみが訊いた。

 息ひとつ切らしていなかった。

「わからない」

 僕はへなへなとその場にしゃがみ込んだ。

 正直言って、心底から途方に暮れてしまっていたのである。




 






 

 
 
 

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