ゾンビになった妹を救うため、終末世界で明日に向かってゴールをめざす

戸影絵麻

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第1章 あずみ

action 17 疑心

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「ねえ…なんとか言ってよ」

 あずみはすがるような目をしていた。

 何か言わなければとは思うのだが、僕はその顔を穴があくほど見つめることしかできなかった。

 チートだの無双だのとほざいていた自分が、恥ずかしかった。

 今、あずみのやってのけたのは、明らかに大量殺戮だ。

 たとえ相手がゾンビとはいえ、その無慈悲な攻撃ぶりは僕の予想をはるかに上回っていた。

 あずみが人間以外の何者かに変わり始めているのはわかっていた。

 本人が言うように、半分ゾンビで、半分人間なのかもしれなかった。

 彼女の脳にもあの寄生虫が住みついていて、彼女の身体を何か別のものに変えようとしている。

 その可能性は十分にあった。

 そんなこと、わかっているつもりだったのだ。

 だが、実際にその変貌ぶりをここまであからさまに見せつけられると、迷わずにはいられなかった。

 僕は自分が決断を迫られていることに気づいていた。

 ついさっき、自信に満ちた口調で言ってのけたみたいに、

 今でも、

「ゾンビになってもあずみは俺の大切な妹だ」
 
 そう言い切ることができるのか。

 無慈悲な殺戮マシーンと化してしまった目の前のこの美少女を、果たして今まで通り妹として認めることが、できるのか…。

「そうなんだ」

 僕の心の逡巡が伝わったのだろう。

 絶望したような口調で、あずみがつぶやいた。

 ゆるゆるとかぶりを振って、手の甲で目尻を拭う。

「やっぱり、もうだめなんだね」

 そうしてくるりと踵を返すと、後は何も言わずに、ポールを引きずりながら、とぼとぼと遠ざかっていった。
 
 僕は次第に小さくなるその背中を、ただぼんやりと見送るだけだった。

 くそ。

 地面に座り込んで、頭を抱えた。

 俺は、どうすればいいんだ…?



 
 どれほどの時間、そうして座り込んでいたのか。

 視野の片隅で何かが動いた気がして、僕はふと顔を上げた。

 あずみ?

 あずみが戻ってきたのか?

 が、そうではなかった。

 動いているのは、あろうことか、あずみに頭部を粉砕されたはずのゾンビのうちの一匹だった。

 潰し方が中途半端だったのだろう。

 ひしゃげた頭部を振りながら、両手を地面に突き、今まさにゆっくりと起き上がろうとしている。

 セーラー服姿の女生徒だった。

 もとは可愛らしい少女だったのかもしれない。

 が、今は顔面の左半分がクラッシュして、灰色の脳が気味悪くはみ出している。

 残った眼球が、壊れた豆電球のように垂れ下がっているのも不気味だった。

「く、来るな」

 二人分のスポーツバッグを足元に落とし、僕はゴルフクラブを構えた。

 恐怖で足がすくんでしまっていた。

 歯の根が合わない。

 膝の震えが、止まらない。

 頭だ。

 呪文のように自分に言い聞かせた。

 頭を狙うんだ。

 あのはみ出しかけた脳。

 あの中に、ゾンビ化を引き起こす線虫が巣くっているのだ。

 そいつを外に引きずり出してしまえば、こいつは死ぬはずだ。

 震える腕で、ゴルフクラブを振り上げた時だった。

 ふいに、ゾンビが動いた。

 想定外の動きだった。

 四肢を交互に動かして、ゴキブリのように地面を這ってくるのだ。

 しかも、速かった。

 背筋が凍った。

「わっ! やめろ!」

 呪縛が解け、僕は叫びながら反射的に後ろに跳び下がった。

 どん。

 背中が体育館の壁にぶつかった。

 万事休す。

 だめだ。

 これ以上、下がれない。

「やめろォォォォ!」

 もう一度叫んで、ゴルフクラブを振り下ろそうとした、その瞬間である。

 ふいにゾンビの突進が停まった。

 見ると、あずみがその腰を右足で踏みつけ、僕のほうを睨みつけていた。

 そのままゾンビの下顎に両手をかけると、その上半身を一気に背中側にへし折った。

 背骨を砕かれ、二つ折りになるたゾンビ。

 天を向いたその顔面を、情け容赦なくあずみが踏みつける。

 グシュッと気味悪い音がして、黒い液体を口から垂れ流し、今度こそゾンビは動かなくなった。

「あずみ…」

 僕は放心状態で、妹の名を呼んだ。

 泣きはらした眼で、あずみが僕を見る。

 そして大きく深呼吸すると、息と一緒に苦渋に満ちた言葉を吐き出した。

「あずみ、決めたんだ。お兄ちゃんにどんなに嫌われようと、あずみはやっぱりお兄ちゃんについていく。そして、守る。だってそうしないと、お兄ちゃん、すぐやられちゃう。すぐにゾンビの餌になっちゃう。そうでしょう?」

「ああ…。その通りだ」

 やっとのことで、僕は口を開いた。

 心臓がまだバクバク言っている。

 死の恐怖。

 そいつを僕は、嫌というほど、思い知らされたのだった。

「悪い。迷った俺がバカだった。こんな狂った世界で、きれいごとなんか、言ってられないよな」

 苦笑して、頭を掻いてみせた。

 が、あずみは答えなかった。

 傷ついたようなまなざしで、いつまでも、じっと僕を見つめるだけだったのだ。








 

 

 

 
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