上 下
420 / 424
特別快速

1

しおりを挟む
○月○日○曜日
品川 湘新ライナー特別快速 指定席車両内

「失礼致します。」

定子は誰もいないと分かっていながら深々と頭を下げた。
平日の日中、この列車ぬ指定席を利用する客などほとんどいない。

アテンダントの定子にとって、朝夜の混雑に向けて一息つけるのはありがたかったが、この仕事が気に入っている彼女にとっては少し張り合いなく感じる時間帯でもあった。


チケット発券端末やSuica認識端末が入った鞄を肩から下げ、ゆっくりと2両編成の指定席を往復する。これが終わった後は、お菓子と飲み物を乗せた大きな籠を持ってもう1往復しなければならない。合わせて2往復がワンセットだ。

定子は、両サイドの席をチェックし、忘れ物がないか確認していった。荷台にスポーツ新聞が置かれている。厳密には、これも忘れ物である可能性があるが、暗黙の取り決めで新聞、雑誌類はゴミと扱う事になっている。

定子は、その新聞を手に取ると、残りの席をチェックして一旦スタッフの控え室に戻った。

そこは、2両編成の車両の真ん中、連結部付近にある。もう一つの車両の同じ場所は、トイレになっていた。

 定子は、お菓子類を持って回る前に、5分だけ休憩する事にした。それは、先程荷台から持ってきたスポーツ新聞のある記事が目に入ったからだった。

定子は狭いベンチの様な椅子に腰掛けながら、哀しげに目を細めた。

〝帝都大学の美人心理学教授、ジャッジに襲われる〝

定子は頭を横に振りながら溜息をついた。
本来なら重大事件の筈なのに。。

その記事は内容に反比例して、あまりにも小さかった。


ジャッジが各地で美女を襲う様になってから時間も経ち、今では犠牲者の数も相当数に及び、事件としては大きく取り上げられなくなりつつあった。

この心理学教授は、ジャッジの正体に迫ると称したテレビ番組に出演し、異常犯罪者としてのジャッジの心理分析を披露していた。

彼女自身が、人気女優顔負けの美しさを誇っていた事もあり、ジャッジを挑発する様な発言からも、格好の標的になると思われていた。

そして、案の定彼女は襲われ、右足におぞましい焼き印を押されてしまったのだ。

記事には、彼女が自分を売り込む為にジャッジを利用し、その報いを受けたとの意見が書かれていた。

確かにその様な側面もあるかもしれない。

だが、彼女はもともと高名な学者だったのだ。ジャッジの正体を暴こうとしたのは、やはり正義感からだったと信じたい。定子は思った。
しおりを挟む

処理中です...