35 / 79
第3章 イオン奪還
action 2 装備
しおりを挟む
「い、いや、今はダメだ」
僕はかぶりを振った。
「…どうして?」
あずみの顔に、傷ついたような表情が浮かんだ。
「夕べ、お兄ちゃん、あずみを朝まで抱いて寝てくれたよね? あずみ、とっても嬉しかった。とっても、幸せな気分だったよ。あれは、何だったの? ただの同情?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
僕は頭を掻いた。
「実はさ、さっきまで一平とニコチン爆弾つくってただろ? だから煙草の臭いがすっかり服に染み込んじゃって。こんな状態で、おまえと、その…キスなんてできないじゃないか」
「あ、そういえば」
あずみが可愛い鼻をぴくぴくさせた。
「お兄ちゃん、くさーい」
「だろ?」
苦笑いしてごまかした。
したくないと言えばうそになる。
いや、はっきりいって、したい。
キスだって、できればその先のことだって…。
だがそれは、彼女いない歴20年の僕には、すぐには無理というものだった。
きのうのあれが夢じゃなかったとしても…。
おそらくそれが僕には精一杯だったのだ。
「それよりおまえさ」
気分を変えるために、僕はあずみの服装に話題を振ることにした。
「そんな装備でほんとに大丈夫なの?」
ロンググローブとブーツ、そして登山靴はいいとしても、あずみは夏服のセーラー服にミニひだスカートのままなのである。
新しいのに着替えてはいるようだが、スタイルとしてはここに来た時とほとんど変わらない。
「ふふーん、あんまり変わってないように見えるでしょ。でもね、意外にあずみ、すごいんだよ」
あずみが得意そうに笑った。
どうやら機嫌が直ったみたいだ。
僕はひとまずほっとした。
「まずね、このブーツ」
あずみが膝を曲げ、右手で右足を持ち上げてみせた。
今にも下着が見えそうな、際どい姿勢である。
「これは革のブーツを足首の所で切って、脚絆の代わりにしてるわけ。だからその下に登山靴が履けるわけなんだけど。で、この登山靴の裏は、ほら、こんなふうに鉄の鋲でいっぱいでしょ」
「踏まれたら死ぬな」
「それから右手にはね」
足を下ろして、あずみが僕の胸元に、すっと右の拳をつきつけた。
ブーツ同様、ロンググローブは手首のところで切ってあり、その先の手の甲に、棘だらけの銀色のワッカのようなものがはまっている。
「これ、何かわかる? ステンレススチール製のナックルだよ」
ゾンビとの戦いぶりを見る限りでは、素手でもあずみのパンチはかなり強力だった。
それがこんなものを装着して殴られたのでは、ゾンビやヤクザのほうが可哀想というものだ。
「あとね、胸もほら」
あずみがいきなりセーラー服の上着をめくり上げた。
突き出たロケットおっぱいを、黄金色の胸当てが覆っていた。
「展示品の、プラチナ製ブラ。ちょっときついけど、頑丈そうでしょ」
なるほどそれはそうだが、大きくはみ出た下乳はなんとかならないものだろうか。
「最後にパンツだけど」
くるりと後ろを向き、ぷりっとしたヒップを突き出すあずみ。
突き出しただけでなく、自分からパッとスカートをめくったのには仰天した。
下から現れたのは、下半身に極限まで密着した紺のブルマである。
「うは。マジか」
僕は呻いた。
「ブルマって、エロすぎるからって理由で、平成の世になって教育現場から追放されたんじゃ…」
「ブルセラショップとかいうお店にあったよ。でもなんだろ? ブルセラって」
あずみがケロッとした顔で言う。
「ブルマとセーラー服の略語だよ。しかし、ただのシャッター商店街かと思ったら、この界隈、なかなか品ぞろえがすごいんだな」
「そりゃ、武器産業の闇の下請け、山田工務店があるくらいだもの」
「確かに」
ナックルだのプラチナのブラジャーだのブルマだのは、イオンのような量販店には間違っても売っていないに違いない。
「ね、だからあずみ、けっこうステータス上がってるでしょ」
「そうだな。まあ、ブルマの防御力にはあまり期待できないが」
「だけどもね、体育の授業の時のハーフパンツはね、あずみ、嫌いなの」
「え? なんで?」
「お股がスースーするもん」
「そうなのか?」
「うん。風邪引いちゃう。それに比べてこのブルマは、いいね」
スカートをめくったまま、おどけてお尻を左右に振る。
「フィット感がたまんない。デザイン的にもさ、お兄ちゃん、こっちのが好きかな、と思って」
図星だった。
いや、日本全国の男性陣にとって、ブルマの復権は、まさしく悲願に値するものなのだ。
その証拠に。
「あずみ、一枚、いいかな」
ふと気がつくと、一平が至近距離まで忍び寄り、あずみのお尻めがけてスマホを構えていた。
「っ!」
あずみの眼が光った。
次の瞬間、さあっと砂埃が舞った。
左足を軸に、あずみの長い右脚が風車のように回転し、一平の手のスマホを蹴り飛ばしたのだ。
「うわあ、何すんだよ!」
悲鳴を上げ、放物線を描いて宙に舞い上がるスマホを、一平が見送った。
「千年早いよ」
スカートの埃を両手で払い、澄ました顔であずみが言った。
長い手足を覆う真紅のロングブーツとロンググローブ。
足にはヒグマでも蹴倒せそうな頑丈そのものの登山靴。
完璧なボディを包んだ純白のセーラー服と紺色の超ミニ丈ひだスカート。
頬には酋長の娘を連想させる白のライン。
きりっとした切れ長の眼。
形のいい顔をふんわりと包む肩まで伸びた髪。
その究極の戦闘少女スタイルのあずみの前に、小学生の一平はあまりに無力で矮小に見えた。
今度は、千年か…。
僕はこの時初めて、一平のことがほんの少し可哀想になった。
兄と妹の関係がなかったら、僕も彼と同じ運命をたどっていたかもしれないのだ。
ふと、そう思ったからである。
僕はかぶりを振った。
「…どうして?」
あずみの顔に、傷ついたような表情が浮かんだ。
「夕べ、お兄ちゃん、あずみを朝まで抱いて寝てくれたよね? あずみ、とっても嬉しかった。とっても、幸せな気分だったよ。あれは、何だったの? ただの同情?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
僕は頭を掻いた。
「実はさ、さっきまで一平とニコチン爆弾つくってただろ? だから煙草の臭いがすっかり服に染み込んじゃって。こんな状態で、おまえと、その…キスなんてできないじゃないか」
「あ、そういえば」
あずみが可愛い鼻をぴくぴくさせた。
「お兄ちゃん、くさーい」
「だろ?」
苦笑いしてごまかした。
したくないと言えばうそになる。
いや、はっきりいって、したい。
キスだって、できればその先のことだって…。
だがそれは、彼女いない歴20年の僕には、すぐには無理というものだった。
きのうのあれが夢じゃなかったとしても…。
おそらくそれが僕には精一杯だったのだ。
「それよりおまえさ」
気分を変えるために、僕はあずみの服装に話題を振ることにした。
「そんな装備でほんとに大丈夫なの?」
ロンググローブとブーツ、そして登山靴はいいとしても、あずみは夏服のセーラー服にミニひだスカートのままなのである。
新しいのに着替えてはいるようだが、スタイルとしてはここに来た時とほとんど変わらない。
「ふふーん、あんまり変わってないように見えるでしょ。でもね、意外にあずみ、すごいんだよ」
あずみが得意そうに笑った。
どうやら機嫌が直ったみたいだ。
僕はひとまずほっとした。
「まずね、このブーツ」
あずみが膝を曲げ、右手で右足を持ち上げてみせた。
今にも下着が見えそうな、際どい姿勢である。
「これは革のブーツを足首の所で切って、脚絆の代わりにしてるわけ。だからその下に登山靴が履けるわけなんだけど。で、この登山靴の裏は、ほら、こんなふうに鉄の鋲でいっぱいでしょ」
「踏まれたら死ぬな」
「それから右手にはね」
足を下ろして、あずみが僕の胸元に、すっと右の拳をつきつけた。
ブーツ同様、ロンググローブは手首のところで切ってあり、その先の手の甲に、棘だらけの銀色のワッカのようなものがはまっている。
「これ、何かわかる? ステンレススチール製のナックルだよ」
ゾンビとの戦いぶりを見る限りでは、素手でもあずみのパンチはかなり強力だった。
それがこんなものを装着して殴られたのでは、ゾンビやヤクザのほうが可哀想というものだ。
「あとね、胸もほら」
あずみがいきなりセーラー服の上着をめくり上げた。
突き出たロケットおっぱいを、黄金色の胸当てが覆っていた。
「展示品の、プラチナ製ブラ。ちょっときついけど、頑丈そうでしょ」
なるほどそれはそうだが、大きくはみ出た下乳はなんとかならないものだろうか。
「最後にパンツだけど」
くるりと後ろを向き、ぷりっとしたヒップを突き出すあずみ。
突き出しただけでなく、自分からパッとスカートをめくったのには仰天した。
下から現れたのは、下半身に極限まで密着した紺のブルマである。
「うは。マジか」
僕は呻いた。
「ブルマって、エロすぎるからって理由で、平成の世になって教育現場から追放されたんじゃ…」
「ブルセラショップとかいうお店にあったよ。でもなんだろ? ブルセラって」
あずみがケロッとした顔で言う。
「ブルマとセーラー服の略語だよ。しかし、ただのシャッター商店街かと思ったら、この界隈、なかなか品ぞろえがすごいんだな」
「そりゃ、武器産業の闇の下請け、山田工務店があるくらいだもの」
「確かに」
ナックルだのプラチナのブラジャーだのブルマだのは、イオンのような量販店には間違っても売っていないに違いない。
「ね、だからあずみ、けっこうステータス上がってるでしょ」
「そうだな。まあ、ブルマの防御力にはあまり期待できないが」
「だけどもね、体育の授業の時のハーフパンツはね、あずみ、嫌いなの」
「え? なんで?」
「お股がスースーするもん」
「そうなのか?」
「うん。風邪引いちゃう。それに比べてこのブルマは、いいね」
スカートをめくったまま、おどけてお尻を左右に振る。
「フィット感がたまんない。デザイン的にもさ、お兄ちゃん、こっちのが好きかな、と思って」
図星だった。
いや、日本全国の男性陣にとって、ブルマの復権は、まさしく悲願に値するものなのだ。
その証拠に。
「あずみ、一枚、いいかな」
ふと気がつくと、一平が至近距離まで忍び寄り、あずみのお尻めがけてスマホを構えていた。
「っ!」
あずみの眼が光った。
次の瞬間、さあっと砂埃が舞った。
左足を軸に、あずみの長い右脚が風車のように回転し、一平の手のスマホを蹴り飛ばしたのだ。
「うわあ、何すんだよ!」
悲鳴を上げ、放物線を描いて宙に舞い上がるスマホを、一平が見送った。
「千年早いよ」
スカートの埃を両手で払い、澄ました顔であずみが言った。
長い手足を覆う真紅のロングブーツとロンググローブ。
足にはヒグマでも蹴倒せそうな頑丈そのものの登山靴。
完璧なボディを包んだ純白のセーラー服と紺色の超ミニ丈ひだスカート。
頬には酋長の娘を連想させる白のライン。
きりっとした切れ長の眼。
形のいい顔をふんわりと包む肩まで伸びた髪。
その究極の戦闘少女スタイルのあずみの前に、小学生の一平はあまりに無力で矮小に見えた。
今度は、千年か…。
僕はこの時初めて、一平のことがほんの少し可哀想になった。
兄と妹の関係がなかったら、僕も彼と同じ運命をたどっていたかもしれないのだ。
ふと、そう思ったからである。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
133
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる