上 下
77 / 336
第一部 四季姫覚醒の巻

第六章 対石追跡 12

しおりを挟む
十二
 椿は黙々と、山を下っていく。進むに連れて、白光勾玉が放つ光は、徐々に強くなっていった。
 白神石に、だんだん近付いている証拠だ。進むべき道は、間違っていない。
 ふと、榎は、進んでいる方角が、榎が現在お世話になっている椿の家――花春寺の方向だなと気付いた。
 月麿がねぐらにしているこの山と、花春寺が建つ山は、目と鼻の先だ。
 こんなに近くに、封印に必要な石が転がっているのか。正直、意外だった。
 麓に程近い、狭い山道。ふいに、椿の足が止まった。辺りを見渡し、複雑な表情を浮かべる。
 椿の特有の感覚で、何かを感じ取ったのか。榎たちも立ち止まって、周囲をぐるりと見た。
「この付近にあるのかな……?」
 念入りに、足元を探す。ふと、雑草の合間に、白っぽい石が転がっていた。
 もしや、この石が白神石か。
 榎は近付いて、石に手を伸ばす。
 ところが、もう少しで指が触れると思った瞬間、石が突然、ころころと転がって、榎の手元から離れていった。
 そよ風ごときで動きそうな石でもない。榎は驚いて、思わず手を引っ込めた。
「石が、勝手に動いたぞ!?」
 妙な石はどんどん、転がっていく。坂道を落ちていくのならまだ分かるが、石は速度を緩めもせず、山道を上へと登っていった。
 明らかに、妙な物体だと分かる。自然界に存在するものだとは、思えない。
 きっとあの石が、白神石だ。
「待たんかい、どこへ行くんや!」
 柊が先頭をきって、追いかける。だが、石は転がるスピードを上げて、どんどん山の上へ逃げていく。確実に、榎たちの存在を意識して、距離をとっていた。
 なかなか、不気味で賢そうな石だった。追いかけて捕まえるには、無理がありそうだ。
 多少、強硬手段に出てでも、止めるしかない。
 榎と柊も、夏姫、冬姫に変身して、追いかけた。
「椿、なんとか、あの石を足止めできないかな!?」
 榎は、椿に補助を頼む。だが、椿は息を切らして、一杯一杯の様子だった。
「ごめんなさい、走りながらじゃ、笛が吹けない……」
 常に移動しながらの戦闘は、春姫には不向きか。
 ならば、榎と柊で追いかけて、とっ捕まえるしかない。
「うちに任せとき! 〝氷柱の舞〟!」
 柊が薙刀を振りかざし、技を発動した。凍らせてしまえば、勝手に転がる石といえども、動きを封じられるはずだ。
 だが、石は素早く柊の間合いから飛び出し、氷の攻撃をかわした。
「何やねん! ちょこまかと逃げ回りよって!」
 すばしっこい石の動きに、柊も苛立って声を荒げる。
 榎たちが疲れて立ち止まると、一定の距離を置いて石も止まる。一歩踏み出せば、一歩分、転がって行く。
 石は完全に、榎たちの行動を読んでいた。
「思いっきり、おちょくられてるな……。ただ追いかけるだけじゃ駄目だ。こっちは三人いるんだし、回り込んで挟み撃ちにしよう」
 榎と柊は左右に分散し、石の背後と脇をとった。逃げ場をなくした白神石は、慌てた様子でぴょんぴょんと跳ねていた。
 一気に捕まえにかかろうと、間合いを詰めていたその時。
「四季姫たちに、遅れは取らぬ! 白神石は、我ら妖怪が貰い受けるー!」
 突然、上空から八咫(やた)が飛んできた。一直線に降りてきて、石めがけて突っ込む。
「後から割り込んでくるな! あたしたちが先に見つけたんだ!」
 八咫に奪われてなるものか。榎は石に駆け寄り、剣で八咫を追い払った。
 だが、めげずに、八咫は石めがけて突進してくる。しつこくて、埒が明かない。
「榎! 白神石、うちのほうに回し!」
 柊の合図を受けて、榎は素早く、白神石を蹴り飛ばした。石は案外、軽かった。弾き飛んだ石は放物線を描いて、柊の頭上に落ちる。
 八咫が軌道を修正して、柊めがけて飛んでいったが、柊は頭で石を飛ばし、再び榎へ返してきた。
「ナイスヘディングだ、柊! この石、衝撃を与えても大丈夫だな」
 白神石は、かなり頑丈な石だった。黒神石の時みたいに、簡単には壊れなさそうだ。
 多少、乱暴に扱っても構わないのならば、妖怪に奪われない方法も考えやすい。
 飛んできた石を胸部で受け止めて、榎は膝を使って石をリフティングした。
 榎にとって、サッカーは剣道に次いで、小学校から熱中してきたスポーツだ。ボールを奪われない自信は、誰よりもある。
「サッカーも、小学校以来やなぁ。もうちっと、動きやすい格好でやりたかったけどな!」
 柊も、サッカーは好きなはずだ。名古屋の小学校にいた頃、体育の授業でよく凌ぎを削った。
 確かに、十二単なんて格好で、ボール蹴りをする羽目になるとは思わなかった。ちょっと変な感じだが、動き辛さはなかった。
「平安時代やと、蹴鞠(けまり)どすかな。地面に落としたら、あかんのどすえ」
 後から追いついてきた周(あまね)が、榎たちの様子を見て言った。
 次々と石を蹴って渡し合い、榎たちは八咫を翻弄する。
「おのれ、四季姫ども! 大事な石を粗末に扱うなー!」
 榎たちのパス回しに振り回されて、いい加減腹が立ったらしく、八咫が怒鳴りだした。素早く、榎と柊との間に割り込んで、送球を厳重に阻止してきた。かなりのガードの固さだ。
「皆さん、加勢いたしますわ!」
 そのピンチに、奏が助太刀にやってきた。ちょうど榎の背後、八咫の死角に立っている。
「奏さん! その石、受け止めてください!」
 榎はすかさず、奏にパスを送った。
「いきますわよ! 伝師エレオノール奏の秘儀! とくと御覧なさい!」
 奏はなぜか、金属バットを握り締めていた。
 バットの腹が、白神石の芯を突き刺す。強烈なフルスイングが炸裂した。いつの間にやら、サッカーが野球に。
「待って、奏さーん! 飛ばしちゃ駄目ー!!」
 榎の制止も空しく、心地よい音を立てて、石は上空へかっ飛ばされた。
 空を舞う、白神石。
 落ちてきたところを、受け止めて回収するしかない。誰の側へ落ちてくるか。
 その場にいた全員が息を呑み、石の描く軌道の先を見つめた。
 だが、石はその後、地上へは戻ってこなかった。
 空中に浮かぶ、黒い翼を持つ少年――宵月夜の手中に収まっていた。
しおりを挟む

処理中です...