19才の夏 From1989

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家業を継ぐ

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可南子と美樹を比べてみた。

可南子の方が美人でスタイルも良い。
だが、僕は美樹の人懐っこい笑顔に親しみを感じる。
彼女にするなら、美樹を選ぶだろう。

今更こんな事を比べても仕方がないのだが、まだ美樹の事を引きずっていた。
あれ以来、連絡はしてない。
でも、もしかしたらっていう淡い期待も少なからずあった。

連絡しようかとも思った。
でも、何を話せばいいのやら。

もう、美樹は諦めろ、と自分に言い聞かせ、一応は納得するものの、翌日にはまた未練たらしくなる。

日替わりで美樹に対する思いが違ってくる。
て、事はまだ好きなんだと思う。
いや、好きなのだ。

では、可南子の事はどうなのか?
そりゃ勿論好きだ。

じゃあ可南子の事はどうするつもりだ?
正直、解らない。好きなのは事実だ。

でも、相思相愛ではないと思う。

そんな事言ったら、美樹は僕の事を何とも思ってないはずだ。
まだ可南子の方が彼女になる可能性は高い。

と、ここで頭の中がショートしてうやむやになって結論が出ないままズルズルと引きずっている。

アッシーくんや、メッシーくんと男を使い分けていたバブル時期の女達はかなりいたが、僕は可南子と美樹をそんな女達と同じような考えで使い分けていたような気がする。

モテないクセに女を使い分けようなんて、僕はかなりの身の程知らずだ。

土曜日、毎度の如く、くすぶったままの気持ちを抱え、可南子の家へと向かった。

今日は可南子が僕のリクエストに応え、ビーフシチューを作って待ってくれている。

僕は腹を空かせながら可南子の家のチャイムを押した。

中からはぁーい、という声が聞こえ、ドアが開いた。

「貴ちゃん、ビーフシチューもう出来てるよ。」

僕は可南子の作った料理を食う資格があるのだろうか?

そりゃ絶対に食う資格は無いだろう。

今までやってきた事を考えれば、ここで引き返すべきだ。

でも実際はそこまで正直な人間じゃない。
可南子の前では偽りの顔を装って部屋に入り込んで腹一杯飯を食うクズだ。

今日もそうやって可南子の部屋に入った。

部屋に入って、ふと思ったのが、前まであった、ブランド物のバッグや服の数が少なくなっていた。

「あれ、バッグとかあったのはどうしたの?」

「ん?あぁ、あれはもういらないから売っちゃった。」

可南子はテーブルにビーフシチューの入った皿を置きながら素っ気なく言った。

「え?何かあったの?」

「うん、まぁ、なるべく部屋にあまり物を置かないようにしようかなぁって。」

…何だ、一体?何故か変な胸騒ぎがした。

「もしかして、引っ越すとか?」

すると可南子は僕の方を向き、真っ直ぐな瞳で僕に言った。

「…貴ちゃん、あのね、アタシ年内に実家に帰る事になったの。」

えっ?何?実家?

一瞬頭の中が真っ白になった。

何がなんだかわからなかった。

可南子は続けた。

「今年の春先かなぁ、実家から連絡があって、こっちに戻って家業を継いでくれって言われたの。家は旅館をしていて、後継ぎは一人っ子のアタシしかいないでしょ。最初はせっかく上京したんだし、断ってたんだけど、親も年で身体も弱ってきたからね…だから年内で会社辞めて来年から実家で家業を継ぐって事でね。」

…全く知らなかった。

そもそも可南子の実家が旅館をやってるなんて事すら言わなかった。

んじゃ、僕は可南子の家に来てアホみたいに飯食ってセックスしてって何だったのだろうか。

ここでようやく理解出来た。

可南子が僕を誘って、家に呼んだのは、年内までの関係って事なんだと。

だから、好きとも何とも言わなかったのだと。

さっきまで、メッシーだの、アッシーだのって使い分けてた僕が、使い分けられてた。
いや、その言い方は不適切だ。

可南子がこの先、ずっと都内に住んでいたら、僕は相手にされなかったのかもしれない。

二兎追う者は一兎を得ず。

正しく、僕にうってつけなことわざだった。

確かにショックだった。
だが、同時に可南子の気持ちが美樹に対する未練を消してくれたようにも思える。

僕たちはセフレじゃなかった。
期間限定の恋人だったのだと。

ようやく理解が出来た。

目の前の霧が無くなり、晴れやかな感じになったのだが、最終的にマヌケだったのは僕だ。


何だ、そういう事だったのか!

僕は可南子にまだここにいて欲しいなんて事は言えない。
言う資格すらない。

黙って見送るしかないのだから。

中途半端な好きで、オレも実家の山梨県にまで付いていくなんて軽々しく言えない。

僅かに残っていた僕の良心は、
最後は僕が全部、悪いのをかぶって可南子は新たに実家で家業を継げばいいことなのである。

だから僕は最後の最後までマヌケな役を演じれば良いだけだ。
マヌケはひっそりと消えればいい。

ただそれだけの事。

僕は可南子がせっかく作ってくれたビーフシチューを腹一杯食べた。
食欲もかなりあったせいもあり、ホントに全部キレイに平らげた。

不思議と感傷的にはならなかった。
ここではいつも通りに過ごせばいいのだから。
勿論、可南子に僕との関係を聞くのは野暮な事だ。

それよりも察して、マヌケを演じればよい。

だから、ビーフシチューを全部食べた後は、いつものようにセックスをした。

明け方に目を覚まし、またセックス。

昼間に目を覚まし、さらにセックス。

そして夕方過ぎた頃に部屋を出た。

僕は帰り際、可南子に

「今度は一緒に外出ようよ」
と告げた。
可南子は笑顔で頷いた。








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