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第4章 魔獣地帯

action 12 警告

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 遊園地の正面玄関付近にある、小奇麗なカフェ。

 そこで僕らは昼食をとることにした。

 イオンにいる時にあずみが作ってくれた握り飯と缶詰。

 それとペットボトルの飲料水。

 わずかそれだけの質素な食事だったが、空腹には何にも代えがたいごちそうだった。

 もっとも肉食のあずみは米を食べないので、専らコンビーフの缶詰で我慢していたのだが…。

 
 食事が終わると、僕とあずみはケロヨンとのチャットにとりかかった。

 以下がそのやりとりである。



 あずみ:南山動物園を突破しました。次は、最終目的地の『生物科学研究センター』に向かう予定です。そこに、ゾンビ化を巻き戻す、『リバース』がいるんですよね?


 ケロヨン:まずはおめでとう。さすが私の見込んだ勇者たちだけのことはある。その通り、『リバース』が保管されているのは、研究センターの地下3階だ。地下1階の『リボーンエリア』、地下2階の『リサイクルエリア』と違って、ここは被害を受けた形跡がない。だからまだ『リバース』はこのフロアに眠っているはずだ。その点で、君らの推理は正しいといえるだろう。

 あずみ:ありがとうございます。この先、何か注意すべきことはありますか?

 ケロヨン:ゾンビ化を止める手段が爆心地に残っているのに、なぜ市が動かないのか、不思議に思ったことはないかね? この那古野市は、曲がりなりにも全国3番目に人口の多い政令指定都市だ。警察組織も充実しているし、市のはずれには自衛隊の駐屯地もある。なのになぜ、こうもやすやすと市民のゾンビ化が進行してしまったのか。改めて考えてみると、不思議だろう?

 あずみ:はい。私も、警察は何してるんだろうと思ってました。おまわりさんたちは、みんなゾンビになっちゃったんですか?

 ケロヨン:そうだとも言えるし、そうでないとも言える。異変2日目のことだ。『リバース』奪還のために、市内残留の自衛隊員と警官隊が、爆心地である研究センターを極秘で襲撃した。だが、そこで何かが起こったらしい。自衛隊と警察隊は全滅し、市民ゾンビ化の歯止めが消えてしまったのだよ。私は、リサイクル線虫がその鍵ではないかと思っている。リサイクルの感染者は、実は市民の間にはほとんど見られない。ということは、爆心地周辺に集中していると考えられる。

 あずみ:リサイクルって、再利用って意味ですよね? リサイクルゾンビは、具体的にどんなふうにやばいんですか?

 ケロヨン:前にも言ったように、リサイクル線虫は、宿主を殺さず、手持ちの材料を再構成して、身体組織を激変させる。その結果、何が生れてくるかは文字通り、神のみぞ知るなのだ。あずみ君、キミのようなスーパーウーマンが誕生することもあれば、太古の悪魔が息を吹き返すこともある。だから爆心地周辺は、言ってみれば生物学的地獄、あるいは生命の坩堝と化している可能性が大なのだよ。

 あずみ:よくわかりませんけど、気をつけます。

 ケロヨン:良い心がけだ。健闘を祈る。


 以上である。

「『気をつけます』って、最後、なんかあっさりしすぎてない? あずみ、もっと色々訊くことあったんじゃね?」

「だってそんなこと言ったって、みんなが見てるんだもん、あずみ、緊張しちゃって」

「おまえ、おっぱいに栄養行き過ぎて、考えるの苦手そうだもんな」

「ノータリンで悪かったわね!」

「まあまあ、でも、おかげでかなりわかってきたよ」

 ケロヨンが反応しなくなったことを確認すると、僕は一触即発状態のあずみと一平の間に割って入った。

「とにかく、ここから先はリサイクルゾンビのエリアに入るってことだ。何が出てくるのか、会ってみないとわかんないけど、これまで以上に気をつけないとな」

「ってそれ、アキラに言われる筋合いねー気がするけど」

「言ったわね! お兄ちゃんだって、ヘタレはヘタレなりに頑張ってるんだよ! そんなこと言う一平ちゃんなんか、あずみ、嫌い!」

「ちぇ、あずみはすぐそうやってこのポンコツの肩持つんだから…。近親相姦もたいがいにしろっつーの!」

「キンシンソーカンなんかじゃない! あずみとお兄ちゃんは、血はつながってないんだから! 何度も説明したでしょ! だから恋愛も結婚もキスもセ…」

「セ…? 何かな、そのセって」

「なんでもない!」

 眼を泳がせて、真っ赤になるあずみ。

 ヘタレだのポンコツだの、言われ放題じゃないか。

 意気消沈していると、うんざりしたように、光が言った。

「ちょっとあんたたち、この非常事態に、そんな青臭いことでもめないでくれる? そりゃ、みんな若いから、性衝動中心に物事を捉えたくなるのもわかるけどさあ。でも、世の中にはもっと大事なことがいっぱいあるんだよ」

「光姉、何枯れたこと言ってんの? あんたまだ30代だろ? 三十路と言えば、女盛りの真っ最中じゃねーか」

「それが小学生の言う台詞か」

 光が一平の頭をぐいぐい押さえつけた。

「あたしゃ、さっきから外の物音が気になってんの。いいからあんた、ちょっと見て来な」

 言われてみれば、確かに光の言う通りだった。

 空気がざわついている。

 なんだか駅の雑踏の喧騒を遠くで聴くような、そんな落ち着かない感じ…。

 とでも表現すれば、わかってもらえるだろうか。

「わかったよ、見てくるよ。見てくりゃいいんだろ」
 
 ふてくされた一平が、店を出て門のところまでヒョコヒョコ歩いていった。

 そして、鉄格子から外を覗くなり、絶叫した。

「ぶはー! な、なんなんだ? 何がどうなってる? あー、ひでえ、もうだめだこりゃ!」





 





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