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ブラック & ホワイト

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 夜になり、ぼくは行動を起こした。地下格闘技場があるというライブハウス。一般人のぼくが入り込むのは難しいかと思ったが、それほどでもなかった。警戒が甘いというのもあるのだろうが、しかしアカサビさんは受付の時点で止められたと以前言っていた。だから、誰彼構わず中に入れているという訳でもないのだろう。
 ただ、ここは賭けありの地下格闘技場。つまり観客あってのものだ。アカサビさんほどの有名人か、あるいは見るからにこういうイベントからかけ離れている不審な人物以外は割とあっさり入れるようだ。
 地下までの道案内をしてくれた受付の男は、ちらちらこちら見ながら、ときどき視線をぼくの腕に向ける。パーカーの袖をまくり、あらわになった腕が寒いのではないかと心配している訳ではないだろう。
「お兄さん、若いですね」
 ぼくは受付の男の言葉に、「よく言われます」と答える。童顔なんです、と。
 再びぼくの腕を見た彼は、続いて感嘆の声をあげる。
「かっこいいですね、それ・・
 男の視線は、相変わらずぼくの晒された腕に注がれていた。正確に言うとそこに描かれたタトゥー・・・・。もっと言えば、トライバル柄に。
 トライバルという半グレ集団のチーム名についてアカサビさんに聞いてみると、それはタトゥーの絵柄の一種だと教えてもらった。そこで、ネットで調べてみたところ、トライバルというのは部族が生み出した柄を起源とし、黒を基調とした流線形の模様を指し、蝶や花、鯉や虎といった実在するものをモチーフとした絵柄ではない。正直な話、いま挙げたような生き物などを体に刻むとなるとかなりの訓練が必要とされると思う。人の体は丸みを帯びているし、動くものだ。そこに複雑な絵柄を描くとなると困難を極めるだろう。
 だが、トライバルという柄はさっきも言ったように黒の単色を基調とし、しかも決まった形が存在していない。あくまで特徴的な流線形と、先端の鋭利な部分を描くことができればトライバル柄に見えるのだ。それなら、ぼくにでも描くことができる。それがたとえ、自分の体だったとしても・・・・・・・・・・・
「その腕のタトゥー、お兄さんトライバルのメンバーでしょ?」
 ぼくは頷いた。トライバルというチームはカラーでもグラフィティでもなく、タトゥーによって結び付いているチームだ。その特徴は、メンバー全員が体にチーム名となっているトライバル柄を彫っているらしい。だからぼくは、地下格闘技場に潜入するため、自分の両腕にトライバル柄を描いた。そうすれば、知らない人間にはぼくがトライバルのメンバーだと欺くことができる。
 もちろん、本当にタトゥーを彫った訳ではない。ぼくが体に描いたのはフェイクタトゥー・・・・・・・・。インクとエアブラシによって描かれた、偽物のタトゥーだ。
 インクを入れたエアブラシによって描かれた絵柄は、筆で描いたときのような塗りむらが無く、均一に色が塗れる。その出来栄えは、実際のタトゥーと見分けがつかないほどの完成度になる。
 そもそも、エアブラシは女性の化粧などにも使われる道具。もちろん肌との相性は抜群だ。
 なぜ、ぼくがそんな物を知っているのかというと、最近そのエアブラシを使っているのを実際に目にしたばかりだった。それは、石神さんが参加していた、読者モデルの撮影現場に行ったときのことだ。そこでメイクしているスタッフが使用しているのを覚えていたから、ぼくはエアブラシを借りられないか石神さんに聞いてみた。すると、彼女はどこかに電話を入れると、すぐに手配してくれた。石神さんが読者モデルをやっている雑誌の専属メイクアップアーティストに頼んでくれて、放課後には用意できるようにしてくれたのだ。学校が終わり、エアブラシを借りたぼくは、それを使って腕にトライバル柄を描いたのである。この場所、地下格闘技場に潜入を果たすために。

 受付の男が立ち止まり、「そろそろ自分は上に戻ります」と言って、引き返して行った。
 この先は一本道。続く廊下の先から、大歓声が聞こえてくる。
 なぜわざわざライブハウスの地下に闘技場を作ったのか疑問だったが、これではっきりした。地下とはいえ、これだけの騒ぎが起きていたら地上にまでその音は響いてしまうだろう。それをカムフラージュするためのライブハウスなのだろう。
 だが、それにしてもこの歓声はすさまじい。ぼくは廊下を進み、突き当りの扉を開くと、大きく開けたホールのような空間があらわれた。その中心部に格闘技用のリングが用意されていて、そのリングを取り囲むようにして、観客が大熱狂している。
 リングに目をやると、挑戦者の男が周囲の熱狂とは裏腹に、飄々とリング上に立っている。その様子を見て、解説兼、リングアナウンサーの男のマイク越の声にも力がこもった。
「さあさあさあ、これは大番狂わせだっ! 飛び入り大歓迎のステゴロに、今日、ニューヒーローが現れた。四天王を次々に倒して次がいよいよ最終バトルっ! この男、いったい何者なんだー!
 対して、このニューカマーを迎え撃つのは、この格闘技始まって以来常勝を貫く最強の男。トレードマークの顔のタトゥーを笑顔で歪ませながら、さっそく登場、青木洋二っ!」
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