アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  ジフカの遺跡  

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 ザリオンの第八艦隊の船からマーラを救助して、ケイゾンの縁まで戻って来た俺たちだったが、このまま彼女が常日頃(つねひごろ)通る道を利用するのは危険だと判断して、道なき道を進むこととなった。

 ガサガサ、ザワザワ。

 草むらを掻き分けて進む音が、さっきからとても耳障りだ。

 ゴサガサ、ザワザワ。
 シュー、シュー。

 ガサガサ、ゴソゴソ。
 シュー、シュー。

「おい。ちょっと待てよ」
 全員が立ち止まる。

 シュー、シュー。

「どうしたんだ?」
 先頭を行(ゆ)くナリのでかい奴が振り返った。
 茂みの中から軍服を着たティラノサウルスが首だけを捻ったようだった。
 問題はそれではない。

 シュー、シュー。

「ワケが解からんのは、これだな」
 と俺はつぶやき、音のするほうに首を曲げた。釣られてマーラと茜も見上げる。

「神様は宇宙って言うところをこれに乗って移動してるんだろ?」

「ああ、そうさ……」
「これはシャトルと言ってな」
 口を開いた俺の言葉をヤスが奪い取った。
「すごい速度で飛んで、どこだってあっという間に駈けつけるんだぜ」

 シュー。シュー。

 間違ったことは言っていない。だが俺は頭の上を飛び回るハエを追い払う気分で怒った。
「シューシューうっせえよ! 何でこのでかいシャトルが後を付いて来んだよ?」

『どうしてよー。オレだけ仲間外れはねえぜ。なぁ? 相棒』
「そうっすよ。ユウスケの旦那。オレたちゃ義兄弟の盃を交わしたんだ。付いて来るのは当然だぜ?」
 どうやって交わしたんだよ、と言ってやりたい。

「お前ねぇ……」
 シャトル相手に本気で肩入れするヤスを前にして、俺はどっとあふれ出た疲労感に虚脱する。
 小型艇と義兄弟の契りをかましたのは、宇宙でこいつだけだろうな。


「ヤスくんが誰と義兄弟の契りを交わそうとかまわんよ。でもね。こんなでかいのが後ろから付いてきたら、目立つの。邪魔なの。燃料の無駄なの。三冠王でしょ?」
「そーかな?」
 納得いかなそうに地面の上、数メートルのところを浮遊するシャトルの巨体を仰ぎ見るヤス。

「確かにこれでは無理だ。ケイゾンはオレたちのシマじゃねえ。いわば他所(よそ)の縄張りだ。そこへ入り込むにはナリがでかすぎるな」
 マサはヤスの肩に手を当て、
「今回はここでユースケと待ってろ。オレたちでナシを付けてくるワ」

 シャトルの名前変えてくんねえかな。

「それと……」
 問題はシャトルだけでもない。
「まだ人数が多い。ケイゾンは外と隔離された循環環境空間なんだ。異物を入れて汚(けが)しちゃだめだ」

「じゃあ、あなたが残りなさいよ」
 今日は黒髪をポニテに結いあげた玲子。
 艶々のセミロングを頭の後ろできゅっと絞り、美容院の入り口に飾ってあるサンプル写真でしか見たことが無いような、完璧なポニーテール姿だったが、容姿が如何に優美であろうと、バカはバカだ。こいつはまったく理解していない。

「まず……」と切り出し、後ろの連中を見て、
「玲子は前を行け。そんな金属刀を後ろから振り回されたら、気が気でない。それからユイとアカネ、それとシロタマ。この3名もシャトルと一緒に残ってくれ」
「何でよー?」と不満足げに口先を尖らせる玲子の肩には、シロタマがちょこんと乗っていた。

「コンピューター制御された物体は、ケイゾンに出入りするたびに機能停止するんだ」
 玲子の肩に乗った球体を顎でしゃくって言う。
「こいつが機能停止したら誰が再起動を掛けるんだ?」

『ブートストラップはアカネたちが知ってるでしゅ』
 シロタマは同行したい感、満載だが、
「そのアカネが止まるんだ。さらにややこしい」

「……………………」
 玲子は渋々承諾。

「それともうひとつ」
 まだあんのか、てな顔をするマサを横目ですがめ。
「ザグル。あんたザリオン人だろ?」

「当たり前だっ!」
 迫るなって、怖ぇえよ。

「軍服を着たザリオン人がケイゾンに入ってみろ、侵略に来たって、ことになってパニックが起きるに決まってる。だからあんたには、俺たちではできない難題を任せるよ。第八艦隊が追ってくるのを阻止してほしい。マーラが居なくなったことに気づけば必ず連中は追って来る」

「うむ。神の土地に入るのはザリオンの夢だが、お前の言い分も間違ってはいない。ならオレは一度艦に戻る。バジルやアジルマたちにも召集を掛けておこう」

 俺はザグルにうなずき、マーラに向き直る。
「さてここからが重要だ。マーラ、俺の考えを伝えていいか?」

「いいよ」

「ケイゾンは誰かの手で作られたんだ。それは解るよな?」
「そんなのあんたに言われなくたって、知ってるよレイヤーの人たちさ」

「そうだろうと思うが、そのレイヤーの人たちは目的を忘れてしまったような気がするんだ」
「目的?」
「何のためにケイゾンを作ったのか。オレの想像では何かを守るために作られたんだと思うが、レイヤーだけを保護する目的にしては、柔軟な構造だと思う」

「難しくて意味が解らないよ」

「生息する生命体の数に応じてケイゾンの大きさが変化するとシロタマが報告していた。つまり収容人数によって環境規模が変化するんだ」

 ふありと俺とマーラの前にシロタマが浮き上がり、
『侵攻して来たザリオンもケイゾンだけには手が出せずにいましたが、屈服を嫌う習性はその土地を神格化することで納得したようです。そのおかげで手つかずの土地が今も残っており、まだまだ拡大できる余地があります。どれぐらいの規模まで拡大できるかは未定ですが、仮に惑星全体の70パーセントにまで広がれば、レイヤーだけでなくジフカリアンを移住させることも可能です』

「ジフカリアンを移住って……まさか」
 驚愕するマーラ。俺はにこりと笑って恐竜みたいなザグルを指差す。

「そうさ。このザリオンのおっさん、誰だか知ってるか?」

 軍服からザリオン艦隊専属の無線機を取り出し、威圧感満々で、それに向かって怒鳴りあげるザグルをチラ見して、マーラは少々怯え気味に言う。
「ザリオン連邦軍の第五艦隊の艦長だろ?」

「ああぁ。革新派のリーダーでな、バックに第一から第四艦隊がついてる。しかもザリオン最高評議会総裁に最も近いバジル長官もそこにいる」

「だから?」
「この人らは、母星ザーナスで奴隷となったジフバンヌを解放してこのジフカに戻してあげようとしてるんだ」

「うそっ!」
 透き通ったオレンジ色の目がザグルに固着する。
「そうなったらシムとマーラたちが一緒に住むの? ずっと?」

「ああ。ザリオン人をこの惑星から撤退させるのが我々の目的だ」
 ぐいんとそびえ立ったザグルに、一瞬怯え、茜の背に飛び込むマーラ。

 ザグルはその姿を困ったように眺め、
「すぐにはできないだろうが、必ず実現させる。狩猟民族の歴史はそろそろ綴じなければならん。地に足を着けて生きて行くのがこれからのザリオンだ」
 そう言うとザグルは、がさがさと草を圧し潰して数歩進み、宙に浮かんでるシャトルを睨んで怒鳴りあげた。

「タラップを下ろせ!」

 下りてきたタラップをギシギシ軋ませて乗り込んで行くザグルの後ろ姿を、マーラは眩しそうに見つめた。

「ジフカがアタイたちの手に戻されるの?」
「そうだ。あのザリオンたちは信用できるぜ」

 いつまでも一緒に行くと駄々をこねる茜を優衣は引き摺るようにして搭乗し、マーラはタラップの奥へ消える茜を寂しげな目で見ていた。
「またあとでね、マーラちゃーん」
 ハッチが閉まらないうちに舞い上がったシャトルから手を振る茜の姿をマーラと俺は目で追った。だがそれはほんの数秒のこと。すぐに風を巻いて猛烈な勢いで雲の彼方へと消えた。


 で、結局――こいつだな。

「さぁ。行きやすか」
 先頭に立って草を掻き分けようとするマサ。入り口は無いと何度も繰り返したのに、どこへ行こうと言うんだろ?

 この人も話をややこしく引っ掻き回すので、付いて来て欲しくないのだが。
「レイコねえさんとユウスケの旦那が二人きりになるのは……どうも解(げ)せねえ」とか言う始末。

 どこがどう解せないんだ。玲子も意味が解らずポカンとしているもんだから、
「マーラちゃん? もっと奥でやすか?」
 とか言って、マサはケモノ道を進もうとしていた。

「マサさん、猛獣にやられっぞ」
 勝手に奥へ行こうとするのをひとまず止めて、俺はマーラの目を見て語る。

「さっき言ってたザリオンの話しをシムにしたいんだ。もう一度、ケイゾンに入れてもらえないかな?」

 マーラはこくりと首肯し、
「聞いてみる」
 と言うセリフを残して目をつむる。

 十数秒後。その姿が霧のように消えた。


「消えたわよ?」
 少々慌て気味の玲子と、
「ふん。もう驚かねえ。こんなことでいちいち驚いていたら、クリスタルキットの名が汚(けが)れるぜ」
 どうしてもガラス細工の店をやりたいらしい。

 不安げに辺りを探る玲子にだけ伝える。
「たぶん。シムが中に転送したんだ。それでマーラが事情を説明してくれてんだと思う」



 それからさらに数分後。
 例の不気味な泉がこぽこぽと音を出して湧き出してきた。俺には見慣れた景色だが、玲子らには驚異の事態だ。

「何これ? 綺麗ぃ。金色の水よ」
「うぉぉ。これを汲んで帰って売ったら大儲けだぜ」

 感嘆の声と共にすくい上げるが、一瞬で気化して消える水にマサは眉をしかめて、
「もったいねえ。さっき飲んでいたお茶のボトルを持って来ればよかったな」
 煩悩にまみれたコトを言っていた。

 金色に湧き出る水は大きく広がることなく瞬く間に揮発していく。その時に放たれる光の美しいこと。

「これがケイゾンへ続く道なんだ。じゃあ行くぞ」
「へ? これに飛び込むんでやすか?」
「い、嫌よぉ」
 逃げ出そうとするマサの襟を掴み、尻込みする玲子の腕を引き、3人同時に飛び込んだ。



 意味の解らない状態は一瞬で――。

「し、死ぬ~。オレ泳げないんすよ」
 硬く目をつむって宙を掻き毟るマサの頭をひと叩(はた)きする。

「もう着いたよ」

「へ?」
 丸めた目を見開き、辺りを窺うマサと玲子を呆けた気分で窺う。
 ま、俺も同じ気分だったのは隠し切れないところだが、堂々とした格好だけは維持することにした。

「神様ぁー」
 林立する木々の奥からマーラとシムが飛び出して来た。その光景をマサと玲子がぱっかり口を開けたまま凝視する。

 青白磁(せいはくじ)のような透明感のある滑々の肌を一枚の布で作った貫頭衣で包み込み、その裾を風にそよがせて立つシム。その神秘的な姿に改めて深く吐息する。

「こ……この子が……レイヤーの娘でやすか?」
「怖いぐらいに華奢な身体ね」
 マサと玲子の声が密やかに綴られるのも致し方ない。ぜひザグルの意見も聞いてみたいものだ。

 シムは静かにマサに歩み寄り、その手を握り、マサは極道のくせに顔を赤らめる。
 首をかしげつつシムがマサから離れ、マーラの目の中を覗き込んだ。

「この人は、怖い人じゃないけど、良い人かどうかも解らないって」
「どういう意味でえ。オレはなぁ。任侠に生きる正義の味方だ。ウダウダ抜かしてっと……」
 シムのグリーンの目が自分に向けられていることに気づいたマサ、ぴょんと弾け飛んで地面にひざまずいた。

「ごめんなさい。もう悪い事はしません。マサはいい子になります」
 信じられない激変ぶりだった。

 膝を突いたまま逃げるように、急いでそこを立ち去り、
「だ、だめだ。この娘(こ)に見つめられると、違う自分が引き出されそうで怖い」
 と言い残して、俺たちからさらに遠くに離れた草むらへ身を隠した。

「何やってんの?」
 半笑でマサの行動を追っていた玲子の手と、自分の手を繋ぐシム。

 澄明で濡れたグリーンの瞳が玲子の心の内側を読んでいく。
 そのうちシムはこっちをちらりと見た後、玲子と交互に視線を入れ替えて微笑むと、おもむろに俺の手を玲子の手の甲に乗せて、素早くマーラの下(もと)へと駆け寄った。

「おいおい」
 これだとまるで俺が玲子の手を握ったみたいな光景だぞ。

「おーい、お二人さん。熱いでやんすな」
 草の中からそう伝えるマサの声で我に返り、パッと手を放し、二人揃って赤面。

 そこへ――。
『この領域は推測どおり、恒常的生態循環環境になっています』
 シロタマの報告モードの声に吃驚仰天して、さらにぴょんと離れた。

 忙しいなー、おい!


「お前、どこに隠れてやがった?」
「レイコのポケットだよ」
 いけしゃあしゃあと言いやがって。

「あれ? お前、シロタマだよな」
 新たな現象に首をかしげる。
「俺の心の中に土足のまま平気で上がってくるシロタマだろ?」

『土足で入ることはできませんが、意味合いはおおむね理解しています』

 相も変わらず淡々とする球体を指差して、
「お前、なんで機能停止していないんだ?」
 マーラも困惑の目で見て、
「ケイゾンに入るとコンピューター類はみんな止まるんだよ」
 そう。それは聞いている。だって俺の無線機はまたもや機能停止したのをさっき確認して、尻のポケットに突っ込んだばかりだ。

「止まらないところをみると、お前はゼンマイ仕掛けだったんだな。どれ、ネジを巻いてやろう。どこにあるんだ、ネジ?」

 シロタマは『バーカ』とひと声叫び、玲子の肩に飛び乗り、
「ゼンマイ仕掛けはオメエじゃねえかよ。オレっちはよー、量子フィールドで」
 言葉の途中で玲子によっていきなり肩から剥ぎ取られ、鼻先へ持ってこられると、ぎゅっと睨まれ、
「言葉遣いが悪い。マサの影響を受けたらだめでしょ」

 その後ろで、苦々しい笑みを浮かべるマサと目を交わした。

『影響ではありません。対話を繰り返す人物に合わせて音声合成処理が遷移します』
 と言うことは、やっぱりこの野郎、普段から俺をバカにしてんじゃねえか。

 まぁ。今こだわるのはやめよう。そんなことより、なぜこいつだけ機能停止しないかだ。

『ケイゾン内部には電子の動きを妨げる未知の作用が働いていますが、量子フィールド構造のデバイスには影響を及ぼさない様子です』

「よくワカランけど、特別な構造だと言いたいんだろ……はいはい、よかったね。さぁ行くぜ」


 難解なことを言うシロタマに見切りをつけて、歩きだしたマーラの後を追いつつ、さっきタマは気になる言葉を漏らしていたことを思い出した。
「お前、恒常的生態、何とかって言ったな。それってどういう意味だよ?」

『生態環境バランスに頼ったビオトープではなく、環境制御を行ってその規模を自律的に調整する物理的な構造を有する機能を持っています』
「なんで大学の講義みたいな説明をするかなー。もぅちびっと、簡単に言えないの、お前?」

「どこかでビオトープをコントロールする何かがあるでシュ」
「そんなこと、俺がとっくに言ってんだろ」

『浅薄(せんぱく)的な知識を曝け出して勝ち誇るユウスケのような考えを、浅はかと言います』
 くぅぅぅぅ。何て言い返してやろう。腹立つなぁこいつ。


 シロタマは地団太を踏む俺の頭上を悠々と飛び越えて、
「うぉーい。来てみろよ。ゴミ屋敷だ!」
 と向こうで叫んだマサの下(もと)へと移動した。


 センパクってどういう意味だろう。
 でもあいつのことだから、たぶん屈辱的な意味なんだろうな。
「あー腹立つぜ!」


 言葉を完全に失い、ひたすらハラワタを煮え繰り返していると、
「だっが! どっ、ぐだっ!」
 木の棒を振り回して追い立てられるマサの姿を見た。
 家の中をいきなり覗いたらしく、怒ったお婆さんが飛び出して来たようだ。

「ひぃ。何だ、このババア。おいそんなもの振り回すな。悪気はねえって。おい婆さん、勘弁してくれ」

 それは顔見知りの老人だった。
 今朝、ケイゾンから出るときに、躊躇する俺のケツを蹴りあげてきたジフカリアンの婆さんだ。

 飛び交う幾度かのこん棒攻撃を手で払いながら逃げ回るマサを追いかける婆さん。その前にマーラが両手を広げて立ち塞がり叫ぶ。
「でっず、にだ、うんぬ、スギダグ」
 婆さんは、はっとマーラに気づき、いきなりこん棒を投げ捨てた。

「マァー。じっで、じむぐ、ぎびっど……」
 えらい勢いで駆け寄ると、ぎゅっと力を掛けてマーラを抱きしめ、膝を落としてしばらく静止。

「マァー。どるじっど、ながっど?」

 辺りを見渡し、後方にいた俺の存在に気づき、
「でっぐ、じむ、マー。」
 婆さんはそのまま膝でにじりよると、飛びついてきた。

「マー。ぐっ、がぶずっ、じぐむ、ザルぎどっぶ」

「マーラを連れ戻してくれて心より感謝する、って言ってるでシュ」
 茜にしろこいつにしろ、なぜこの言葉が解かるんだろ?


 疑問にふける暇は無かった。抱きついた婆さんの力の強いこと。
「わ、わかったって、お婆さん。力緩めてくれ。お、おい。ちょっと」
 草の上に引き倒され、婆さんに転げ回される。

「あのさー。若い子ならまだしも、俺は婆さんと抱き合う趣味はねえって」

『じっぶ、ぐだ、ドーマ、どりぐらっぷ』
 訳さなくてもいいのに、シロタマのお節介野郎が今の言葉を婆さんに伝えた。

「いでででで」
 すくッと半身を起こした婆さん、落ちていたこん棒を拾い、今度は俺を叩いて回った。そんな光景をシムは柔和に微笑んで見続け、マーラもケラケラ笑い、嘲笑を浮かべた傍観者に成り切っているのはマサと玲子だった。


 さっきは覗かれて、怒っていたくせに、家の中をこん棒で指し示し俺たちに入れと促した。
 垂直にそびえる木々の幹を柱にしてうまくゴミを積み重ね、隙間には紙屑が巻きつけられ、あるいは突っ込んで穴を塞ぎ、一つの住居が完成していた。ただし屋根はほとんど無いにも等しい。筒抜けの煙突状態だ。

「どっぐ、でぃむ、ざじ」
「せっかくなんで休んでけって、言ってるよ」

「これがこの人らの家なのか……」
 子供っぽい好奇心の面持ちで突っ立つマサに玲子も近寄り、
「へぇ。清潔な感じがするのはなぜかしら?」
 中を覗き込んだ。

「おい。人の家だぜ。あまり興味本位で覗いてやるなよ。それより休む時間は無いぜ。すぐにでも調査開始だ」

 ところが先に部屋の奥へ入り込んだマーラの言葉に立ち止まった。
「オババは、ジュラーグの掃除をするのが仕事なのさ」

「ジュラーグ?」

「そ、ジュラーク、デジラーグ、ザミール、それから本殿、サミトリーさ」
 知らない土地に来たのだから、知らない言葉が連呼されるのは仕方がないことだが、何の説明をしたのかすら解らない。ただ小首を傾けるだけだ。

「へぇー。意外と中は広いんだー。ほら、突っ立ってないで入れてもらいなさいよ」
 入り口付近でちゃっかり正座をして、無遠慮に部屋の中を観察していた玲子も、
「ジュラークとかサミトリーって何なの?」
 黒髪のポニテを揺らした。

『ジフカリアンの少女は "本殿 "と漏らしていますので、神殿、宮殿など神を奉る建築物あるいは場所だと想定されます』

「そんなのお前から言われなくたって分かるぜ」
 マーラの言葉にそんな部分あったことなど、まったく気がつかなかったが、こいつに指摘されると、どうしても腹が立つので、すぐに虚勢を張ってしまう俺だ。

「ね? ここの神様ってどんなの?」
 家の周りを蝶が舞うみたいにして走り回るシムを掴まえて、玲子が訊いた。

 シムはちょこちょこと入り口に半身を突っ込んで、そこにいた玲子の瞳を覗き込み、
「………………」
 もちろんシムは何も言っていない。

「ほんと? いいの。行きたいわ。連れてってくれる?」
 シムに目の中を覗かれた玲子だけが会話の対象になっている、ということにマサは気づいておらず、
「姐さん、独り言喋ってやすぜ」

 首をねじって戸惑うので、
「あんたもシムに話しかけてみろよ。そしたらわかる」
 はっと察知したマサが表情を曇らせる。

「オレだめ。オカルトとか心霊モノ苦手なんだ。ユイねえさんの霊能力だけで手一杯」
 両手のひらを広げて俺に振って見せた。

 だいぶ免疫ができてきたようだが、俺のレベルまでになるにはもう少し不思議な経験を積んだほうがいい。俺なんてもう何を見せられても、何をやられても平気さ。


 玲子がマーラとシムに引き摺られて森の中を駆け出したので、俺も立ち上がった。
「ほら、マサさん行くぜ」
「あ、婆さん、茶はいらねえぜ」
 奥でとっ捕まっているマサに出発を知らせて、玲子たちの後を追った。
  
  
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