アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  ザリオン艦のウイークポイント

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 免疫のない一般人(ヤクザ)に、優衣の跳躍光を見られたのだ。この場合なんて説明すればいいのだろうか。

「あ、あのさ、マサさん。今光ったように見えたかもしれないけど……べつにどーってことない、どぁぁあぁ!」
 せっかくなんとか誤魔化そうとした、そのど真ん中で再び閃光と共に優衣が実体化した。

 ヤスは据えていた視線をさっと船首へ逃がすと溜め息を吐き、マサの視線はそのままで、黙ってお茶入りのボトルを傾けていた。

 互いに納得のいく仮説を頭の中で展開しているようだが、ヤクザ仕様の脳ミソではなかなか収まりどころが無いようだ。
 特に取り乱すところも無いし、俺も説明に困るので、しばらく様子を見ることにする。

 虹色の光が消えた優衣に飛びつく玲子。
「どうだったの?」
「一昨日の朝、レストランに入る直前に第八艦隊の連中に捕まってしまいました。どうやらケイゾンから出てきた瞬間を見られていたようで……そのまま連れ去られましたが、戦艦の位置を把握しています。一度報告してから行こうと、戻って来たところです」

「やばいな……」
 ザグルが唸った。
「あれから調べたんだが、連中はケイゾンの中に大麻やケシの畑を作るつもりだ。出入り口を知っているとなると、どんな手を使っても吐かす気だぞ」
 ザグルの言葉はいちいち重くて怖い。

「それは大丈夫さ。物理的な出入り口は無い」
「どういう意味だ?」
 迫るザグル――怖ぇーよ。

「俺とアカネもだが、とても通路を通って出て来たとは思えないし、マーラだけはシムのテレポート能力で運んでもらうようだ。だからどこに入口があるとか、教えることはできないんだ」

「では。命の危険がある。用が無いとなったら連中のことだ、何をするか知れない」

「でも相手は第八艦隊だろ?」
 ザグルの顔を窺う。
「ちょうどいいではないか。全艦召集を掛けて」
「だめっ! そんなことしたら大騒ぎになる。暴れたい気持ちは解るけどここは我慢して」
 いつもの俺のセリフじゃネエか。

 玲子は、さっと操縦席に首を捻り、
「ヤス、離陸準備よ。それからザグルは連邦艦の死角を教えて」

 首を戻す玲子へと、ザグルは顔色を変えて強張った。
「そんなもの、おいそれと言えるか!」

「ふ~ん。まぁいいわ」
 玲子は鼻を鳴らすと、天井付近に視線を巡らせ、
「シロタマ。ザリオン艦の死角を教えてちょうだい」

『左右に分岐した船体の右側、十字の付け根から35メートルの位置にある第二砲台裏側にスキャンセンサーの盲点があります』

「な、なんと! なぜお前がそれを知ってるんだ! 連邦軍の最重要極秘情報だぞ!」

『船尾先端格納庫の扉にもセンサーの死角がありますが、あまりにピンポイントでしたので、今回は推奨しません。しかし最も決定的な弱点が3か所あります。そこを同時に突かれると、簡単に構造維持を崩されます』

「何だと! どこだ。教えてくれ」
 慌てるザグルに、シロタマは天井まで飛びあがると、
「教えないよーだ」
 と言い残して奥の部屋へ飛んで行ってしまった。

「これは報告しなければならん。構造維持に盲点があるなど、戦艦として致命的だ。おいタマ野郎!」
 ザグルも追いかけようとするが、このシャトルはザリオンにとって小さすぎる。後部の部屋は肩がつかえて進入すらできない。手だけを奥へ伸ばしてバタバタする。
「こ、こら! タマ、教えるんだ!」

 玲子はくすっと笑い飛ばし、
「ユースケ。そこへ行って」

「え? 俺?」

 玲子は口の動きだけで、バーカと俺に告げ、
「シャトル・ユースケ。大至急、第八艦隊の第二砲台裏側へ飛んでちょうだい。遮蔽モード、忘れないでね。せっかくシロタマが作ってくれたんだから使ってよね」

『あいよー。ほら相棒、行くぜ、いつまで考え事してんだ。小さいことこだわるんじゃねえ』
「いや、ユイねえさんが、さっき光って消えたんだって……」

『いいか相棒。目の錯覚てのは恥じることはねえ。恥ずかしいのはな。目の前に広がる無限の宇宙と対面して指をくわえて見ていることだ! さぁ。行くぜ!』
「そ……そうだよな。人が光ったり消えたりするわけないもんな。よし。行くか!」

 ははは。シャトルに悟らされてらゃ、世話ねえや。それより遮蔽モードって何だ?

 俺がケイゾンに入っていた2日間のあいだに、シロタマはシャトルを好きなように改造していた。遮蔽モードにフルガードディフレクターとかいう船体構造強化アルゴリズムだとか、何だそりゃ?
 説明は無理だぜ。何しろ誰もその使い道が解からないのだ。


「あにい。発進するぜ!!」
「お、おう!」
 ようやくマサは覚醒し、ヤスも意気揚々と声を張り上げる。

「ユースケ、全速前進。コース、第八艦隊だ!」
 シャトル・ユースケの動きは常に滑らか、かつ迅速だ。見事な飛行で俺たちを宇宙へと運んでくれた。ただ、その掛け声だけはいただけない。

『おらぁ! 第八一家へ殴り込みだぁ! 首根っこ洗って待っとれぇやー!』



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「とりあえず気づかれずに、ここまで来やしたが、どうするんです?」
 と助手席、ならぬ操縦補助席から振り返るマサ。

 シャトル・ユースケのキャノピーの先端、まさに鼻の先と言っていい。その場所にザリオンの戦艦の隔壁が迫っていた。その距離1メートル弱。ほとんど壁に張り付いたゴキブリ状態だった。

『ユウスケの旦那ぁ。ゴキブリって言うな! オレっちのことはスズメバチと呼んでくれ。ナリは小せぇが喰らわす一撃は痛ぇえぜ』
「ガラの悪い蜂(はち)だな」

「おー。クリティカルヒットって言うヤツだな。カッコいいな」
 と嬉しそうにヤスが明るい声を上げ、マサが首をかしげる。

「何だよ、そのクリスタルキットって?」
 ガラス細工になってんぜ。

「蜂の一刺しってヤツでさ。小さいけど熊だって逃げるんすよ」
「おお。このシャトルにぴったりだ。いいな。それをオレたちニュータイプ極道のキャッチフレーズにしよう。クリスタルキットのマサとヤスか……。いい響きじゃねえか」

 ガラス屋でもやればいいんだ。

「じゃあ。頼むわね、ユイ」
「あ、わたしも行きたいでーす」
「買い物に行くんじゃないんだぞ」
 今まで静かにしていたのに、こいうことになると顔を出そうとするのが茜だ。

「よし。全員でカチコムぜ! ヤス、マイトの準備だ!」
「どれ、オレの助けもいるだろう。相手はザリオンだぞ」
「もぉ。どいつもこいつも血の気の多い野郎どもね!」

 ぐいっと腕組みをして立ち上がったのは、特殊危険課のアネゴさ。
 お前が最も血の気が多いんだ。

 勝利への雄たけびを上げるかと思いきや。
「行くのはユイだけよ。この子の特殊技能は誰にも真似できない。あたしたちが行けば足手まといになるの」
「どいうことだ、アネゴ?」

「あなたたちのカチコミって力技(ちからわざ)でしょ。これからは無駄な動きはしないの。ニュータイプはショートカット戦法よ。ユイしかできない方法。絶対に誰も真似ができないわ」
 それだったら、戦法と言わずに技と言え。

「いい? 動く時は動く。動かない時は山の如しよ。絶対に動かない」
 それでお前は仕事中に動かないんだな。

「ユイねえさんだけが行くんで?」
「そうよ」
 もう我慢できん。
「それじゃぁ、いつものお前と同じじゃないか。何でもかんでもユイまかせで。今回は俺も手伝う」

「よーし。殴り込みはこっちの専門だ。やっぱオレも行くぜ」

 ぐいっと俺の前に出るマサに玲子が喰い付く。
「あのね。ユイは時間を移動できる……」
「おわぁぁぁぁあぁー! 俺、行かない。ユイにまかそう」
 急いで玲子とマサを引き離し、それ以上つまらないことを言い出すのを阻止。

「何だよびっくりしたな、ユウスケの旦那。何で行かないんだよ? 根性の無い」
「い、いや。根性とかじゃない。ここはユイに任せたほうがいい。人命救助はユイの専門分野だった。忘れてたよ」

「ユイねえさんは霊能力者だろ。どこにいるか察知できても、やっぱこいう力仕事はオレたち『男』の出番だろ?」
 手をブンブン振ってマサに言う。
「それだめ~。玲子への禁句。はいだめ~。マサさん即死」
 首のところで手を水平に切って見せる。

「はっははは。ちげえねえ。禁句だった。おお怖い……」
 半分冗談のような本気のような。中途半端な笑みを浮かべて、マサは玲子をチラ見しつつ引き下がった。

 玲子の言うとおりだ。優衣の時間跳躍を利用すれば、ザリオンがいかに物々しい警備を張ろうと救助は簡単さ。マーラが連中に捕まる前の時間に飛んで、かどわかされないように時空修正をしてしまえばいいんだ。

「それはできません。正しい歴史の流れに沿った方法で行きます」
 と言うや否や、閃光に包まれた。が、次の刹那、間髪入れずマーラを抱きかかえた優衣が実体化した。

「………………」

 レストランのウエイトレス姿を知っているので全員が顔見知りなんだけど、その姿を見て唖然とするのは当然だ。時間にして、瞬く間も無かったからだ。

 顎の骨が外れてしまったみたいにばっかりと開け広げていたヤスが、驚愕の状況に震え出した。
「どういうことです? もう救助してきたんすか?」
 もうムチャクチャだ。言い訳のしようもない。しかもあまりに短い時間のことで救助されたほうもその自覚がない。

 しばらくポカンとしていたが、「マーラちゃん!」と叫ぶ茜の声で、疲れた表情をさっと消し去り、俺の姿を見つけるなり、飛びついて来た。

「神様! アカネ! よかった。ずっとお祈りしていたんだ。やっぱり助けてくれたんだ」

「ちょ、ちょっとレイコ姐さん。どういうことです? ぜんぜん緊迫感がねえんですけど。カチコミってもっと緊張するもんすよ。これだと魔法みたいだ」
 ヤスは納得しきれない面立ちだ。でもマサは嘆息と共に眩しげに優衣の姿を凝視し、そして言ってくれた。

「ヤス……。魔法なんてモンは無(ね)え。あるのは現実だけだ」
 お、イイこと言うね。

「姐さんは霊能力者だけでなく、特殊機動部隊の出身者だったということだ。いや、ほんとすげえお人だぜ」

「あがっ」
 肩透かしを食らった。
 ま、いっか。
 この人は勝手に都合の良い方向へ解釈をしてくれるので、とても助かる。

 だいたい時間と空間を跳躍できる者にとって、侵入できないところは無いのだ。
 どんなに厳重な警備をしたところで、時間の流れを細工されるんだから常人には太刀打ちできない。それが可能なのは、デバッガーかメッセンジャーぐらいなもんだ。

 優衣は正攻法で行って来た、みたいなことを説明した。
「拘束室の見張りが交代する時間に合わせて救助してきました。たぶんしばらく気づかないと思います。そのあいだに早くここを離れましょう」

 マサは横目でチラチラ茜を窺いながら、
「ユイねえさん、モノは相談なんだが……。ピンクダイヤと呼ばれる石コロがありやしてね。それをちょいと救助して……あ」

 途中であらぬ方向へ顔を逸らした。
「……何でも無いっす」
 怖い目の玲子に黙らされていたことを伝えておこう。




「シャトル・ユースケ。帰還してちょうだい。場所はケイゾンの近くがいいわ」

『がってんだ、アネゴ!』
「遮蔽モードよ。忘れないでね」

『あいよー』

 何だよ。全部玲子が仕切っていたら、ヤスの出る幕が無いじゃないか。
 操縦士であるヤスは、茜に抱き付いているマーラに意識を奪われていた。

 ところで……。
 弛緩した空気に誰も気づかなかったが、遮蔽モードでザリオン艦から離れたのは俺たちだけではなかったのだ。

 俺さまとしたことが、マジ、不覚だったぜ。


 またか――、って言うな!
  
  
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