転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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4巻

4-6

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 2


「わぁ! これ、どうしたんですか?」

 三年生のベイル先輩の部屋に呼ばれたので、カイルとレイとトーマの四人で行ってみると、部屋の中が服で溢れていた。
 よく見れば、積み上がっている箱の隙間からも、布が見えたりはみ出したりしている。
 あの箱の中身も、全て服なのだろうか? だとすると相当な枚数だ。

「ち、散らかっててごめん。うちの実家、服を作ってるって言っただろう? 時々、売れない服を練習用に送ってもらったりするんだ。り、リメイクやアレンジするのに」

 ベイル先輩は乱雑に置いてある服を避けて、俺たちが入るスペースを作ってくれた。
 へぇ、ベイル先輩はさいほう上手で有名だけど、やっぱり努力してるんだ。
 それにしても、すごい量……。ベイル先輩の実家は、相当規模の大きい店なんだな。
 いくら練習とはいえ、この量の服を縫いきれるんだろうか?

「じゃあ、これは全部練習用に? いつもこんなに送ってもらうんですか?」

 俺が首を傾げると、ベイル先輩は途端に困り顔になった。

「いいや。いつもはもっと少ないよ。こ、今回は、正確には数えてないけど、三、四百はあるかな? 店舗を広げるのに倉庫の荷物を整理していたら、昔作った服が大量に出てきたらしいんだ。それで、よかったら皆にあげてって、送ってこられた」

 そう言って、ガックリとうなだれる。
 なるほど。俺たちが呼ばれたのはそういうことか。

「確かに、これなんか相当かたが古い服ですもんね。こっちは、一つ前のかたで新しいけど」

 レイは両手に持った服を掲げる。だけど、俺にはそんなに違うようには見えなかった。

「そうなの? 全然わからない」

 服を観察しながら、俺がうーんとうなる。
 トーマとカイルもそれに同調した。

「僕もわからないなぁ」
「俺もあまり興味ないからな」
「はぁ? 嘘だろ。全然違うじゃないか。このしゅうの模様とか、えりの形とか」

 信じられないという様子で、レイは眉を寄せる。

「だって、あんまり服の流行に詳しくないからさぁ。ぶっちゃけ、着心地がよければ何でもいい」

 俺が言うと、カイルもコックリと頷いた。

「俺もです」
「むー! 何でこんな奴らが女の子に人気なんだ」

 口をとがらせねるレイに、カイルはため息を吐く。

「服と人気が、何か関係あるのか?」
「あるだろっ! 大ありだろっ! いくらカッコよくたって、服が変だったらその人のセンスが疑われる」

 力強く主張されるも、カイルにはピンとこなかったらしい。

「そんなものか。レイは随分服に詳しいんだな」
「そりゃあ、男たるもの身だしなみは大事だからな。清潔感とさりげないおしゃが、今時男子には重要なんだよ」

 前髪を撫でつけ、ふふんと笑って胸を張る。
 レイ、中身も大事だぞ。
 とはいえ、レイの身だしなみはいつも完璧だもんなぁ。寮にいる時や休日の時の服だって、おしゃな感じするし。俺なんか、時々寝癖に気づかずにいて、くすくす笑われることがあるもんな。
 そう言えば、この学校に来る時のレイの荷物はすごかったよな。そうか、あれ服か。

「じゃ、じゃあ、いらないかな? こ、こんなにあっても直しきれないし、着られそうなものがあったら、持っていってもらえないかと思ったんだけど……。や、やっぱりたくさん処分しなきゃだよな」

 しょんぼりと肩を落とすベイル先輩を見て、俺は慌てる。

「何言ってるんですか。もったいないですよ! こんなに素晴らしい服なのに」

 前世の俺なんか、服もほとんど買えなくて、ほぼ似たようなローテーション。おかげで着回しのきくシンプルな服ばかりだった。
 清潔感こそ気をつけていたものの、伸びたTシャツは必ず部屋着に回す節約ぶりだ。
 こんなに手間暇がかかってそうな服、捨てるなんてもったいない。

「でもフィル、普段使いできそうにないのも結構あるよ」

 トーマが箱を開けて、キンキラの服を取り出した。
 マジか……すごいな、それ。物語に出てくるアラブの王様か。

「あ、あぁ、その辺りはオーダーで作ったけど、お客様のお気に召さなかったやつだね。うちは一般の既製品だけじゃなく、貴族や王族の特注品も作るからね。気に入ってもらえなかったら、その段階で駄目なんだ。だからと言って、それを別の人に納品するわけにもいかないから……」

 悲しい顔で笑うベイル先輩に、レイはため息交じりに言う。

「あぁ、貴族とかって、ころころ気分が変わるからな。そのくせ、それが他人の手に渡るのも嫌がるんだ」
「わかります。僕の家も金物加工やってますが、買い手が気に入ってくれないと売れ残るんで、困っちゃうんですよねぇ」

 レイやトーマの共感を得て、ベイル先輩は少し微笑む。

「普段着られないのは、わ、わかってるんだけど。せめて一度でも誰かに着てもらいたいって、思っちゃうんだ」
「確かに、これだけ手が込んでいれば、そう思うのも当然ですよね」

 カイルの言葉に、俺も頷く。
 きらびやかな上着には、細かいしゅうが入っていた。これを作るのには、相当な時間を要したはずだ。このほうせいの細やかさを考えると、なかなか捨てる気になれないだろう。
 使ってあげたいけど。どうしたものか……。
 部屋にある服を見回し、腕を組んでうなる。
 よほど手広い店なのか、服は多種多様だった。民族衣装、華やかなドレス、王子様が着そうな服もある。
 手が込んだものほど、普段使いには不向きだよな。仮装パーティーならいざ知らず……。
 ふと、前世でやっていたハロウィンのにぎわいを思い出す。
 お化けや幽霊なんかの仮装もあったが、コスプレも多かったよなぁ。
 懐かしさにフッと小さく笑って、ピタリと動きを止めた。
 ん? 仮装?
 俺は「あぁ!」と叫んで、ポンと手を打つ。

「仮装パーティーしませんか?」
「仮装?」

 服をあさっていた皆が動きを止めて、俺に注目する。

「普段着ないような服を着て楽しむんです。例えば、王子様が近衛兵みたいな格好したり、平民が王子様みたいな格好したり」
「何それ、スッゲー楽しそう!」

 レイがキラキラのジャケットを試着しながら、嬉しそうな声を出した。

「あ、もしかして……」

 ベイル先輩は、俺が仮装の話題を出した意図を察したらしく、小さくつぶやいた。
 俺はコックリと頷く。

「そう。その時に、これを衣装として貸すんです。ドレスもありますから、女子に声をかけたら、きっと喜びますよ。一度はお姫様になりたい子、結構いると思うので」
「フィル君……」

 感極まった目で俺を見つめるベイル先輩の周りを、レイがクルクルと踊る。キラキラのジャケットを着ているから、ミラーボールみたいだ。

「フィル! いいよ! いい考えだよ! お姫様のような女の子! 俺の心は期待に満ちている!」

 そ、そうなの……?

「じゃあ、小規模になるとは思いますが、仮装パーティーしましょうか?」

 そう言った時、後ろでキィッと音がして、部屋の扉が開いた。 

「何やら面白そうな話をしているね。パーティーと聞こえたけれど」

 振り返ると、ステア王国の王子にして生徒総長のデュラント先輩が、にっこり微笑んでいる。

「何だ? いらない服をくれるって言うから来たんだが、パーティーやるのか?」

 デュラント先輩の親友、マクベアー先輩も一緒に入ってきて、頭をかきながら首を傾げた。
 ベイル先輩は、焦りつつもデュラント先輩に説明する。

「あ、あの……日常に使えそうにない服は処分しなくちゃと思って、生徒総長に許可をいただきたくてお呼びしたんですけど。フィル君がその服をパーティーで使えばいい、と」

 だが、それだけでは不十分だったようで、デュラント先輩は不思議そうな顔をする。

「服を? どういったパーティーなのかな?」

 ベイル先輩に目で助けを求められ、仕方なく俺が説明を引き継ぐ。

「えっと、仮装パーティーです。普段着ない服を着て楽しむというか……。機会がなければ、一生着ないであろう服って、あると思うんです。だからそのパーティーの時は、女の子が男の子の服を着たり、大人しい子が山賊の格好してみたりして。日常とは違う雰囲気を楽しむんです」
「おおお! 面白そうだなっ! それはぜひ俺も参加してみたいっ!」

 すぐさま食いついたマクベアー先輩に、俺は笑った。

「今この場で決めたばかりですが、人数が増えても楽しいと思います」

 小規模でと言っても、数人増えたところで大して変わらないだろうし。
 すると、あいづちを打っていたデュラント先輩が、にっこりと微笑んだ。

「さすがフィル君。素晴らしい考えだ。この学校の『学問の前に身分なし』という理念にも通じるところがある」

 ……え? 理念? どういうこと?
 俺はキョトンとして、デュラント先輩を見上げる。

「君は『身分など、ただ服が違うのと一緒だ』と、そう言いたいんだね。中身は同じ人間なのだと」

 え、いや、確かに中身は同じ人間だって考えには賛同するよ。でも、仮装パーティーに、そんなたいそうな意味はないんだけど。

「それぞれの服を着て、お互いの気持ちになるのは、とてもいいことだ」

 デュラント先輩は頷くと、嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、中等部全体でやろう」
「えぇっ! 全体っ!?」

 規模がいきなり大きくなったんだけど!

「ベイル先輩。普段使いが難しそうな服は、全て学校で引き取りましょう。その中から生徒に選んでもらいます。使い終わったら、学校で保管すればいい。行事として学校長に進言すれば、毎年使えますから」

 デュラント先輩が、どんどん話をまとめていく。
 毎年っ!? 俺の思いつきがっ! 小規模仮装パーティーの予定がっ!
 今、年間行事に組み込まれたっ!
 トントン拍子に話が進んで俺がうろたえていると、ベイル先輩がデュラント先輩に頭を下げる。

「あぁ、ありがとうございます。職人が手間暇かけた服だから、古くても捨てるには忍びなかったんです。そうしていただけると助かります」
「じゃあ、他の人に取られる前に、俺を引き立てるカッコイイ服を探さなきゃっ!」

 レイは浮かれ気分で手を叩き、マクベアー先輩も腕まくりをして服をあさる。

「俺の着られそうなものはあるか、探さないとな」
「え……えぇぇぇぇぇ」

 思ってもみなかった事態に取り残されていると、デュラント先輩は俺に向かってにっこり微笑む。

「楽しみだね」

 しょ……小規模仮装パーティーが……。


   ◇ ◇ ◇


 仮装パーティーの会場は、中等部学生棟にある屋内運動場を飾り付けて行われることになった。
 自由参加にしたが、ほぼすべての中等部の生徒が集まっているみたいだ。
 着替えが終わった俺は、とにかく目立たぬよう、トーマと一緒に会場の片隅にいた。

「トーマ、すっごくもふもふだね!」

 俺はトーマの衣装をさわりながら、感動していた。
 トーマの全身は羊毛で覆われ、頭から足先までモコモコしていた。出ているのは、顔と手だけだ。
 俺は感嘆の声を漏らしながら、トーマのフードについている偽物の羊耳や背中を撫でる。

「……羊の着ぐるみだ」

 本物の羊毛を使っているらしく、ふわふわでとてもさわり心地がよかった。
 どうしよう。もふもふする手が止まらない。

「これ、何のための衣装なの?」

 仮装パーティーのないこの世界で、羊の着ぐるみは何のために作られたんだろう。
 すると、トーマはにっこりと微笑んだ。

「ティリア国には、ティルンっていう羊がいるんだ。国の織物業を支えている、最高級の毛を持つ羊なんだけど。そのティルン羊の毛刈りの時、警戒されずに近づくためのものなんだって。だから、見てよ。すごく細かいところまで、再現されてるんだ」

 トーマはくるりと一回転して、着ぐるみのしっぽを見せる。細部にも妥協を許さないティリア国の職人魂に、俺は思わず噴き出した。

「確かにこれだったら、羊か人間かわからないや」
「うん。僕も一目見て気に入っちゃった。でも暑いんだぁ、これ」

 肌寒い季節だというのに、トーマのひたいには汗がにじんでいた。
 羊毛をぜいたくに使っている分、着ているほうは暑いらしい。
 俺は手に持っていた小さなせんで、トーマをあおいでやる。
 トーマは送られる風に気持ちよさそうにしていたが、ふと俺の衣装に目を向けた。

「それにしても、フィルがそんな格好すると思わなかったな」

 俺はあおぐ手をパタリと止めた。そして、しょんぼりとうつむく。

「それは言わないで……変装なんだよ」
「変装?」

 キョトンとするトーマに、俺はコクリと頷いて自分の格好を見下ろす。
 俺は今、水色のすそがふんわり広がった可愛らしいドレスを着ていた。
 両肩に若草色の大きなリボンがついていて、スカートには小さな鉱石がちりばめられている。
 ……そう。俺は、お姫様になっていた。
 頭には金髪のウィッグをつけており、薄く化粧もしているので、絶対に俺だとわからないはずだ。

「ライラの提案で、僕だとわからないための変装をしてるんだ」

 すると、トーマは俺をジッと見つめてうなる。

「フィルだとはわからないかもしれないけど……」

 口ごもるトーマに、俺は首を傾げた。
 しれないけど……何だ?
 尋ねようと口を開きかけた時、「わぁ」という声が聞こえた。

「お姫様ね」
「本当にすごいわ」

 声のした方を見ると、アリスとライラだった。
 彼女たちの衣装は、アリスは着物、ライラはしとやかな印象のドレスだった。普段の二人も可愛いが、華やかな服装のおかげで、彼女たちの魅力がより引き立っている。

「アリス、すっごく似合ってる。綺麗!」

 俺が手を叩いて褒めると、アリスの顔が真っ赤になった。

「あ、ありがとう……」

 アリスの衣装は、着物の生地に似た民族衣装を振袖風にアレンジしたものだ。俺がベイル先輩にデザインを伝えて作ってもらった。
 やはり黒髪の美しいアリスには、振袖がよく似合う。

「フィルが選んでくれたこの生地、とても素敵よね」

 アリスがはにかみながら手を広げると、長い袖がひらりと揺れた。花とちょうの模様なので、袖が揺れるたびちょうが舞っているように見える。

ぐな黒髪に、華やかな生地がとても合ってるわ。まるでお人形さんみたい」

 アリスを見て微笑むライラに、俺とトーマも頷いた。

「お腹の帯が少し苦しいけど、帯を使って作られた背中のリボンがとても綺麗だし。フィルが作ってくれた、この『ゾウリ』というのも可愛いわ」

 アリスの笑顔から、彼女が本当に気に入ってくれているとわかり、俺は嬉しくなった。

「それは良かった」
「これも作ったの? フィル君って、本当に何でもできちゃうのね」

 ライラはぞうを見下ろし、感嘆の息を吐く。
 そんなライラのドレスは、胸のところに切り替えがある、淡い若草色の古代ローマ風のドレスだった。薄く柔らかい素材を重ねているのでボリュームはないが、動く度に風をはらんですそが揺れる。
 肩の丸く膨らんだそでには、同色の布でできた花があしらわれていた。
 いつもはまとめている髪も今日は下ろしていて、波打つ髪に生花を飾っている。

「ライラもいつもと雰囲気が違って可愛いね」

 俺が微笑むと、ライラはちょっとだけ照れた顔をした。

「お世辞かもしれないけど、嬉しいわ」
「お世辞じゃないよ。ね、トーマ?」

 俺がトーマに同意を求めると、トーマもこっくりと頷く。

「うん、可愛いよ」
「花の妖精みたいよね。ドレスが優しい色遣いで、とても素敵なの。こういう格好、もっとすればいいのに」

 目を細めて眉を下げるアリスに、ライラは困り顔でうなる。

「私が着たことのあるドレスって、色のはっきりしているものがほとんどなのよね。形も華やかなタイプが多いし。今日は勇気を出しておしとやかなのを着てみたけど、やっぱりがらじゃないわ。レイに見られたら馬鹿にされそう」
「そうかなぁ。似合ってるけど」

 俺がそう言うと、ライラは急に真顔になって無言でこちらを見つめる。

「え……な、何?」

 されながら聞いてみたら、ライラがため息を吐いた。

「ドレス姿の似合うれんなフィル君に言われてもね」
「確かに、これだけ可愛いと女の子としては複雑……」

 アリスまで、落ち込んだ様子を見せる。

「え……だ、だって変装になるって言ったの、ライラじゃないか」

 だからこそ、恥を忍んでこんな格好をしたのに。

「変装にはなってるわよ。でも甘かったわ。フィル君、可愛すぎて目立ってるわよ」
「えっ!? トーマ、本当? 僕、目立ってる?」

 慌てて確認すると、トーマはコックリと頷いた。

「うん。フィルだとはわからないけど、すごく目立ってるよね」
F・Tフィル・テイラファンクラブ会長のメルティーが、『すっごく可愛い子がいた』って、対抗心をき出しにしていたけど、多分フィル君のことだわ。彼女の言ってた可愛い子の特徴が、今のフィル君と同じだもの」

 ライラはげんなりし、俺はガクリとこうべを垂れる。
 何てこったい。変装のつもりが……。

「そう言えばレイは? これだけの美少女がいたら、真っ先に飛びついてきそうなものだけど」

 ライラはそう言って、会場を見回した。
 ちょうどその時、レイが人をかき分けながら、俺たちのもとへ小走りでやって来る。
 レイの衣装は、オーソドックスな王子様スタイルだ。赤い上着に白いズボン。金糸のしゅうや飾りがふんだんにあしらわれている。派手派手な格好だが、レイが着ると違和感がない。
 レイは目の前に立つと、せんを持っていないほうの俺の手を両手で握りこんだ。

「あぁ! 君は何てれんなんだ。君みたいに光り輝く美少女に今まで気づけなかった僕を、どうか許して欲しいっ!!」

 キラキラとした瞳を向けるレイに、俺は脱力してつぶやいた。

「許すも何も……僕なんだけど……」
「…………僕?」

 しばらくの間、目を丸くして俺を凝視していたレイは、ハッと何かに気づいて口をパクパクさせた。

「お、お前っ! フィ、フィッ……」

 わぁっ! 名前を大きな声で叫ばないでっ!

「フィ……むぐーっ!!」

 トーマがモコモコの腕で口をふさぎ、俺とライラとアリスがレイの背中を押す。会場の背の高い植木鉢の陰まで連れてくると、ライラはレイを睨み上げた。

「あんたねぇ、目立ちたくなくて変装してるんだから察しなさいよ」

 あぁ、花の精のようにしとやかな姿なのに、がらが悪い。それが俺のためだと思うと、申し訳ない気持ちになった。

「だって、すっげぇショックだったんだもん。運命だと思ったのにぃぃ」

 レイは顔を手で覆って、さめざめとなげく。

「まぁ、可愛いから間違えるのも仕方ないよね」

 うつむいたレイの頭をトーマがポフポフと叩くと、レイはバッと顔を上げた。

「そうだよな? そう思うよなっ! こんなに可愛いの……え、トーマ?」

 レイはモコモコのトーマを見て、固まった。
 今さらながら、トーマの羊の着ぐるみ姿を見て驚いたらしい。

「今、気がついたの?」

 呆れた口調のライラをよそに、レイはトーマをマジマジと見て言う。

「美少女たちの隣に、羊の置物があるのかと思ってた。そうか、さっきモコモコしたものに口をふさがれたけど、あれはトーマか」

 それから、アリスとライラを見て、これまた目を丸くした。

「アリスちゃん、その民族衣装、すごく可愛いね。せいなアリスちゃんが、より一層引き立つよ」

 そう言ってにこにこ微笑み、ライラに向き直って心配そうな顔をした。

「んで、ライラ……お前どうしちゃったの? こういうしとやかなドレス着るなんて、珍しいじゃん」
「どうせ似合ってないって言いたいんでしょ」

 ライラは腕を組み、レイを半眼で睨む。
 レイは視線を、上から下まで移動させてうなった。

「似合ってないとは言わないが、普段と違うから気持ち悪……ッテーーっ!!」

 全てを言い終える前に、ライラはとがったヒールでレイの足を踏んだ。
 俺とアリスとトーマは、しゃがみこんで足を押さえるレイを見てため息を吐く。
 同情する余地もない……。
 女の子を賛辞する能力にけているのに、何故なぜ、ライラのことだけは素直に褒められないのだろうか。

「レイは王子様の格好なんだ? 似合ってるね」

 俺が微笑むと、レイはすっくりと立ち上がった。

「だろう? 俺くらいになると、何でも着こなしちゃうけどさ。こういう王子服は、特に似合うだろ? 今日はレイ王子様って呼んでもいいぜ」

 確かに似合う。これだけ装飾の入った服を着こなせるのは、レイだからこそだ。
 レイだって黙っていれば、ちゃんと王子様な顔をしているのに。
 足を踏まれたことが尾を引いて、目尻にうっすら涙が浮かんだままなところが残念だった。
 涙をきなよ。レイ王子様。

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