京都市内の老舗旅館もこう述べる。
「混雑が緩和され、落ち着いた雰囲気が戻ったことで、日本人の予約が増えた。単価は派手ではないが、リピーターとして定着しやすい」
これは単なる穴埋め需要ではない。市場の再構成が進んでいる兆候だ。
もっとも、すべての事業者が恩恵を受けているわけではない。
中国人団体客向け免税販売や団体食に依存してきた店舗、中規模ホテルの一部では売上が大幅に落ち込んでいる。特定市場への依存という「一本足打法」のリスクが露呈した形だ。
一方で、適応を進める事業者は明確な戦略転換を図っている。
1. 「真正性(オーセンティシティ)」の強化
単なる豪華さではなく、職人の工房見学、非公開寺院ツアー、茶道や能楽のプライベート体験など、「そこでしか得られない知的価値」を商品化。
2. 滞在の“線”を設計
宿泊単体ではなく、地域の飲食店や文化施設と連携し、数日間の体験を一体でコーディネート。地域全体で客単価を高める。
3. デジタル戦略の転換
中国SNSへの広告投資を縮小し、欧米富裕層向け旅行メディアやサステナブルツーリズム系プラットフォームへ再配分。
「これから重要なのは“量を呼ぶ広告”ではなく、“価値を伝える物語”。欧米豪の富裕層は、単なる観光地ではなく“思想や文化の背景”に共鳴する」(湯浅氏)
京都はその点で圧倒的なストックを持つ都市だ。寺社仏閣、伝統工芸、食文化、四季の景観。問題は、それをいかに編集し、届けるかである。
2010年代後半、日本の観光政策は「訪日客数4000万人」を目標に掲げ、量的拡大を推進してきた。その成果として訪日客数は急増したが、同時にオーバーツーリズムという副作用も生んだ。京都はその象徴的存在だった。
だが今回の春節の“空白”は、観光の価値基準を問い直す契機となっている。
「特定国依存は政治リスクと常に隣り合わせ。持続可能な観光とは、市場ポートフォリオを分散し、質の高い滞在を増やすことだ」(同)
実際、政府もインバウンド政策を「量から質へ」と再定義しつつある。富裕層誘致、地方分散、体験型消費の拡大――これらは京都が先行実験場となり得るテーマだ。
「脱・中国人依存」とは、中国市場を切り捨てることではない。特定市場への過度な集中を是正し、リスク耐性を高めることだ。
京都のブランド力は依然として強い。だが、その強さを“数”で測る時代は終わりつつある。
いま問われているのは、
・滞在日数の長さ
・1人あたり消費額
・地域への波及効果
・住民との共存
といった“質の指標”である。
今回の春節の誤算は、皮肉にも京都に静けさを取り戻した。その静けさの中で、観光経済の次の形が模索されている。
政治情勢に左右されない、分散型の市場構造。
混雑ではなく満足度で稼ぐモデル。
短期消費ではなく長期滞在を軸にした地域循環。
京都の現在地は、日本のインバウンド戦略の縮図でもある。“量”の時代を経て、“質”の時代へ。京都の転換は、偶然ではない。観光立国・日本が成熟段階に入ったことを示すシグナルなのかもしれない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫/観光政策アナリスト)