婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの

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「……ふう、ようやくこの『歩くシャンデリア』ともおさらばですわね」


私は路地裏にある、目立たないが確かな鑑定眼を持つと評判の古着屋の前に立っていた。
担いできた鞄の中には、最高級のシルクとレースをふんだんに使った公爵令嬢時代のドレスが詰め込まれている。


店に入ると、眼鏡をかけた初老の店主が、私の姿を見て怪訝そうに眉を寄せた。


「お嬢さん、ここは平民の店だ。あんたのような貴族が来る場所じゃあ……」


「店主さん、その『先入観に満ちた接客』、マイナス二十点ですわ。客を身なりで判断するのは二流の証拠。まずは商品をご覧になって?」


私は鞄をカウンターにドスンと置いた。
中から溢れ出す輝きに、店主の眼鏡がピカリと光る。


「こ、これは……王都でも指折りの仕立て屋の作じゃないか! この刺繍の細かさ、本物の真珠まで……!」


「ええ。その真珠、本物かどうか疑う前に、左手の震えを止めたらいかが? 鑑定士としての威厳が台無しですわよ。さあ、いくらで買い取ってくださる?」


店主は冷や汗を流しながら、必死に電卓を叩き始めた。
私はその様子を眺めながら、自分の着ている「最後のドレス」に手をかけた。


「ついでに、今私が着ているこれ。これも売り払いますわ。代わりに、あそこの棚にある丈夫な綿のチュニックと、動きやすいズボンを用意してくださる?」


「ええっ!? 今ここで着替えるのかい!?」


「奥に試着室があるでしょう? ……あ、店主さん。計算に夢中で鼻水が出ていますわよ。身だしなみチェック、もう一度やり直しですわね」


「……くっ、口の減らないお嬢さんだ。おい、これを奥へ運べ!」


十分後。
試着室から出てきた私は、鏡を見て満足げに頷いた。


そこには、公爵令嬢エリー・オルブライトの姿はどこにもなかった。
淡い茶色のチュニックに、膝下までの黒いズボン。
髪は高い位置で一つにまとめ、足元は頑丈な革靴だ。


「……素晴らしいわ! 何よりこの、肺に空気が入ってくる感覚! コルセットという名の拷問器具から解放されて、私のツッコミもさらにキレを増しそうですわ!」


「……あんた、本当に貴族だったのかい? その着こなし、まるで十年前から平民だったみたいだ」


「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。それで、お値段は?」


店主が提示したのは、平民が一生遊んで暮らせるほどの金貨の山だった。
私はその一部をハンスへの手数料(劇場の備品を壊した時用)として取り分け、残りをしっかりと懐に収めた。


「まいどあり、店主さん。あ、最後に一つだけ。その店の看板、右に二度傾いていますわよ。縁起が悪いですから、今のうちに直しておくことをお勧めしますわ」


「……へいへい、言われなくても分かってるよ」


店を出ると、身体が驚くほど軽い。
スキップさえできそうな気分だ。


その頃、王宮の執務室では――。


「……おい、エリーはどうした。今日の午後の茶会のスケジュール調整がまだ終わっていないのだが」


ウィルフレッド王子が、イライラした様子で側近に尋ねていた。


「殿下、エリー様は昨日、正式に絶縁され、王都から追放されましたが……」


「そんなことは分かっている! だが、彼女がいなければ、この書類の山に誰がツッコミを入れるのだ! マリアは『文字がたくさんあって可愛いですねぇ』としか言わんし……!」


王子は、エリーがいなくなって初めて、彼女がいかに「事務作業のミスを的確に指摘し、効率化させていたか」を痛感し始めていた。


「……くそっ、あの女、今頃どこで泣き喚いているんだ。反省して戻ってきたいと言うなら、考えてやらんでもないのに……」


「……殿下、それは無理かと」


「なぜだ!」


「……先ほど入った報告によりますと、エリー様は街の劇場で『爆笑ガヤ師』として、王宮時代の三倍くらいの声量で元気に叫んでいるそうです」


王子の顔から、サァーッと血の気が引いていく。
一方のエリーは、街角の屋台で安物の串焼きを頬張りながら、通りかかる人々のファッションに心の中で点数をつけていた。


「……さて! お金もできたし、服も整った。次は、私の『拠点』をしっかり構えなきゃね!」


エリーの快進撃は、まだ始まったばかりだ。
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