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「……ふむ。王都の地価というのは、意外とツッコミどころが満載ですわね」
私は片手に安物の地図、もう片手に串焼きを持ちながら、王都の北側にある少し寂れた裏通りを歩いていた。
公爵令嬢という「高級な温室」を出てみて分かったが、この世界の不動産屋はなかなかに強欲だ。
「駅から徒歩五分(全力疾走に限る)」だの「日当たり良好(夏場は灼熱地獄)」だの、広告の文句にツッコミを入れて回るだけで一日が終わってしまいそうである。
「おいおい、そこのネーチャン。一人でそんなとこ歩いてると危ねえぜ?」
路地の角を曲がった瞬間、お手本のような「ガラ声」が聞こえてきた。
現れたのは、これまたお手本のような下品な笑みを浮かべた男三人衆。
(あら、イベント発生かしら?)
私は串焼きの最後の一口を飲み込み、彼らをじっくりと観察した。
「まあ、皆様。その『いかにも悪役です』という分かりやすい格好。使い古されたテンプレすぎて、逆に新鮮ですわ」
「あ? 何言ってんだ、このアマ。大人しく持ってるカネを出せば、痛い目は……」
「まず、そこのリーダー格のあなた。その鼻の上の傷跡、描いているのがバレバレですわよ。角度が不自然です。もっと皮膚の収縮を意識して描かないと、凄みが足りませんわ」
「な、なにい……!?」
「それから、右側の方。威嚇のつもりでナイフを回していらっしゃいますけれど、さっきから指に当たりそうで見ていてハラハラします。そんなに不器用なら、いっそ安全なスプーンでも回していらしたらいかが?」
「この女、ナメてんのか……!」
三人衆が激昂し、一歩踏み出してきたその時。
背後の屋根から、一筋の影が舞い降りた。
銀色の鎧が月光を弾き、鋭い剣閃が男たちのナイフを弾き飛ばす。
「そこまでだ。……女性に狼藉を働くとは、騎士団の名に懸けて見過ごせん」
低い、しかし芯の通った声。
現れたのは、近衛騎士団副団長のカイン・ノリスだった。
彼は私を守るように前に立ち、剣を鞘に収める。
そして、映画の一場面のような格好良いポーズでこちらを振り返った。
「……怪我はないか、エリー嬢」
静寂が流れる路地裏。
普通ならここで「まあ、騎士様! お助けいただきありがとうございます!」と頬を染める場面だろう。
しかし、私の口から出たのは深いため息だった。
「カイン様。……今の登場、自己採点では何点だと思っていらっしゃいます?」
「……何? 点数だと?」
カインが面食らったように眉を寄せる。
「まず、登場のタイミングです。彼らが一歩踏み出した瞬間というのは悪くないですが、あと三秒。あと三秒早く降りてきてくだされば、私のこのチュニックに彼らの汚い汗がかからずに済みましたわ。三秒の遅刻は致命的です」
「……状況を把握するために、上空で待機していたのだが」
「さらに、その決め台詞。『騎士団の名に懸けて』? 古いですわ。カビが生えています。今のトレンドは、もっとこう、相手のプライドをじわじわ削るような、ウィットに富んだ一言です。例えば『そのナイフ、お肉を切るのにも苦労しそうですわね』とか」
「それは貴殿の好みの問題ではないか?」
カインは呆然としながらも、反論してきた。
意外と議論好きのようで、私のツッコミに食らいついてくる。
「そして最大の問題は、その着地後のポーズです! マントを翻す角度が急すぎて、後ろのゴミ箱に少し当たって音がしましたわよ。せっかくの格好良さが、ゴミ箱の音で台無しです。騎士たるもの、環境音との調和も意識すべきですわ!」
「……ゴミ箱か。それは気づかなかった」
カインは剣を握っていた手を緩め、真面目に顎に手を当てて考え込み始めた。
この男、意外と天然なのだろうか。
「あ、あのー……俺たちのことは無視っすか?」
地面に転がっていた三人衆の一人が、おずおずと手を挙げる。
私は彼に鋭い視線を向けた。
「お黙りなさい! 今、プロの講評中なのです。あなたたちは、とりあえずその偽物の傷跡を消して、明日の朝まで街の清掃活動でもしていらっしゃいな! その方がよっぽど世のためになりますわよ!」
「……ヒ、ヒエエエッ! お、覚えてろよー!」
捨て台詞までテンプレ通りに叫びながら、三人衆は脱兎のごとく逃げ出していった。
路地裏には、私とカインだけが残された。
「……エリー・オルブライト。貴殿は、王宮にいた頃とは別人のようだな」
「ええ。猫を被るのをやめましたの。あんなに重い毛皮、二度と御免ですわ」
「そうか。……だが、その口の悪さ、嫌いではない。むしろ、今の王宮に必要なのはその毒かもしれないな」
カインがわずかに口角を上げる。
彼はそのまま、私に一歩近づいた。
「……お前、住む場所を探していると言ったな。騎士団の寮の近くに、腕利きの管理人がいる物件がある。紹介してやろうか?」
「あら、賄賂かしら? それとも、先ほどの講評に対する授業料?」
「……護衛対象の身辺整理も、騎士の仕事のうちだ」
カインはぶっきらぼうにそう言うと、歩き出した。
私はその後ろ姿を見つめながら、ニヤリと笑った。
「いいでしょう。案内してくださる? ただし、その歩き方。もう少し背筋を伸ばさないと、三十分後には腰に来ますわよ、騎士様!」
「……いちいちうるさい女だ」
そう言いながらも、カインの足取りはどこか楽しげだった。
私は新しい拠点、そして新しい「観客」を手に入れた予感に、胸を躍らせた。
私は片手に安物の地図、もう片手に串焼きを持ちながら、王都の北側にある少し寂れた裏通りを歩いていた。
公爵令嬢という「高級な温室」を出てみて分かったが、この世界の不動産屋はなかなかに強欲だ。
「駅から徒歩五分(全力疾走に限る)」だの「日当たり良好(夏場は灼熱地獄)」だの、広告の文句にツッコミを入れて回るだけで一日が終わってしまいそうである。
「おいおい、そこのネーチャン。一人でそんなとこ歩いてると危ねえぜ?」
路地の角を曲がった瞬間、お手本のような「ガラ声」が聞こえてきた。
現れたのは、これまたお手本のような下品な笑みを浮かべた男三人衆。
(あら、イベント発生かしら?)
私は串焼きの最後の一口を飲み込み、彼らをじっくりと観察した。
「まあ、皆様。その『いかにも悪役です』という分かりやすい格好。使い古されたテンプレすぎて、逆に新鮮ですわ」
「あ? 何言ってんだ、このアマ。大人しく持ってるカネを出せば、痛い目は……」
「まず、そこのリーダー格のあなた。その鼻の上の傷跡、描いているのがバレバレですわよ。角度が不自然です。もっと皮膚の収縮を意識して描かないと、凄みが足りませんわ」
「な、なにい……!?」
「それから、右側の方。威嚇のつもりでナイフを回していらっしゃいますけれど、さっきから指に当たりそうで見ていてハラハラします。そんなに不器用なら、いっそ安全なスプーンでも回していらしたらいかが?」
「この女、ナメてんのか……!」
三人衆が激昂し、一歩踏み出してきたその時。
背後の屋根から、一筋の影が舞い降りた。
銀色の鎧が月光を弾き、鋭い剣閃が男たちのナイフを弾き飛ばす。
「そこまでだ。……女性に狼藉を働くとは、騎士団の名に懸けて見過ごせん」
低い、しかし芯の通った声。
現れたのは、近衛騎士団副団長のカイン・ノリスだった。
彼は私を守るように前に立ち、剣を鞘に収める。
そして、映画の一場面のような格好良いポーズでこちらを振り返った。
「……怪我はないか、エリー嬢」
静寂が流れる路地裏。
普通ならここで「まあ、騎士様! お助けいただきありがとうございます!」と頬を染める場面だろう。
しかし、私の口から出たのは深いため息だった。
「カイン様。……今の登場、自己採点では何点だと思っていらっしゃいます?」
「……何? 点数だと?」
カインが面食らったように眉を寄せる。
「まず、登場のタイミングです。彼らが一歩踏み出した瞬間というのは悪くないですが、あと三秒。あと三秒早く降りてきてくだされば、私のこのチュニックに彼らの汚い汗がかからずに済みましたわ。三秒の遅刻は致命的です」
「……状況を把握するために、上空で待機していたのだが」
「さらに、その決め台詞。『騎士団の名に懸けて』? 古いですわ。カビが生えています。今のトレンドは、もっとこう、相手のプライドをじわじわ削るような、ウィットに富んだ一言です。例えば『そのナイフ、お肉を切るのにも苦労しそうですわね』とか」
「それは貴殿の好みの問題ではないか?」
カインは呆然としながらも、反論してきた。
意外と議論好きのようで、私のツッコミに食らいついてくる。
「そして最大の問題は、その着地後のポーズです! マントを翻す角度が急すぎて、後ろのゴミ箱に少し当たって音がしましたわよ。せっかくの格好良さが、ゴミ箱の音で台無しです。騎士たるもの、環境音との調和も意識すべきですわ!」
「……ゴミ箱か。それは気づかなかった」
カインは剣を握っていた手を緩め、真面目に顎に手を当てて考え込み始めた。
この男、意外と天然なのだろうか。
「あ、あのー……俺たちのことは無視っすか?」
地面に転がっていた三人衆の一人が、おずおずと手を挙げる。
私は彼に鋭い視線を向けた。
「お黙りなさい! 今、プロの講評中なのです。あなたたちは、とりあえずその偽物の傷跡を消して、明日の朝まで街の清掃活動でもしていらっしゃいな! その方がよっぽど世のためになりますわよ!」
「……ヒ、ヒエエエッ! お、覚えてろよー!」
捨て台詞までテンプレ通りに叫びながら、三人衆は脱兎のごとく逃げ出していった。
路地裏には、私とカインだけが残された。
「……エリー・オルブライト。貴殿は、王宮にいた頃とは別人のようだな」
「ええ。猫を被るのをやめましたの。あんなに重い毛皮、二度と御免ですわ」
「そうか。……だが、その口の悪さ、嫌いではない。むしろ、今の王宮に必要なのはその毒かもしれないな」
カインがわずかに口角を上げる。
彼はそのまま、私に一歩近づいた。
「……お前、住む場所を探していると言ったな。騎士団の寮の近くに、腕利きの管理人がいる物件がある。紹介してやろうか?」
「あら、賄賂かしら? それとも、先ほどの講評に対する授業料?」
「……護衛対象の身辺整理も、騎士の仕事のうちだ」
カインはぶっきらぼうにそう言うと、歩き出した。
私はその後ろ姿を見つめながら、ニヤリと笑った。
「いいでしょう。案内してくださる? ただし、その歩き方。もう少し背筋を伸ばさないと、三十分後には腰に来ますわよ、騎士様!」
「……いちいちうるさい女だ」
そう言いながらも、カインの足取りはどこか楽しげだった。
私は新しい拠点、そして新しい「観客」を手に入れた予感に、胸を躍らせた。
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