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「……エリー殿。昨夜の君の実況、一晩明けても私の耳に残っている。実に素晴らしい毒……いや、清涼剤だった!」
王宮の美しい後庭。
朝のティータイムという優雅な場に、レオン王子は昨日以上に派手なガレット王国の正装で現れました。
その後ろには、鉄仮面のような無表情をさらに硬くしたカイン様が、抜き身の剣よりも鋭い視線をレオン王子に突き刺しながら控えています。
私はといえば、監察官補佐としての執務服に、これまたハンスから借りた「ガヤ師専用・特製拡声扇子(ただの扇子です)」を手に、実況の準備を整えていました。
「レオン殿下。朝からそのギラギラした金糸の刺繍、太陽光を反射して私の視細胞に攻撃を仕掛けていらっしゃいますわね。判定、視覚テロ点プラス五十点ですわ!」
「ハハハ! 朝から絶好調だな! ガレット王国には、私をそんな風に『歩く発光体』扱いする女など一人もいない。実に新鮮だ!」
レオン王子が私の手を取り、跪こうとした瞬間。
カイン様の足が、絶妙なタイミングで王子の行く手を遮りました。
「――失礼、殿下。地面に小さな石が落ちておりました。貴賓が転ばれては、我が国の名誉に関わりますので」
カイン様が、一ミリも申し訳なさそうではない顔で言い放ちました。
「はい、判定入りますわよ! カイン様、今の妨害工作。あからさま過ぎて、騎士道精神がどこかへ家出しておりますわ! 嫉妬の隠蔽工作、マイナス八十点ですわね。もっと自然に、例えば『風で目にゴミが!』くらいの小芝居は挟めませんでしたの?」
「……小芝居など必要ない。物理的に防ぐのが一番効率的だ」
カイン様の言い分に、レオン王子は面白そうに鼻を鳴らしました。
「カイン、お前は相変わらず不器用だな。そんなことでは、エリーを我が国に連れて行く私の決意は揺るがないぞ。エリー、どうだ? 我が国に来れば、毎日、国中の汚職役人を君の言葉でなぎ倒す権利をあげよう。ついでに、私の妃というポストも空いているが?」
(……なんですって?)
私は扇子をパチンと閉じ、レオン王子の顔をまじまじと見つめました。
「殿下、今のプロポーズ。判定、下させていただきますわね。……まず、条件が『汚職役人の掃除』から入るあたり、私のことを嫁ではなく『高性能な掃除機』か何かと勘違いしていらっしゃいませんこと? 愛の言葉より先に職務内容を提示するなんて、ロマンチックの欠片もありませんわ! 業務委託契約書をお持ちくださいな!」
「ハハハ! 契約書か、それもいいな! サインは口づけでどうだ?」
「はい、追撃入ります! その使い古されたキザな台詞! ガレット王国の王室教育は、三流の恋愛小説で止まっていらっしゃいますの? そんな台詞で落ちるのは、マリア様のような綿菓子脳の持ち主だけですわよ!」
「……ひどいですわ、エリー様! 私、綿菓子は大好きですけれど、脳みそはもう少ししっかりしているつもりですわ!」
どこからともなく、またしてもマリア様がひょっこりと現れました。
その後ろには、完全に「蚊帳の外」で顔を青くしているウィルフレッド王子の姿も。
「……エ、エリー……。レオン殿下にまで、そのような失礼な口を利くとは……。殿下、申し訳ありません、この女はもう、我が国では手に負えない不適合者でして……」
ウィルフレッド王子がおずおずと口を開きましたが、私は即座に言葉の弾丸を装填しました。
「はい、来ました! 元婚約者による『火に油を注ぐダメ出し』! 殿下、自分の手に負えないものを他国の王子のせいにしようとするその姑息な態度、男気指数がマイナス五千点を超えて計測不能ですわよ! そんなだから、未だに書類の一枚もまともに処理できないのですわ!」
「うぐっ……! また書類の話か!」
「そうですわ! 昨夜の晩餐会のメニュー表、一部誤字がありましたわね! 『最高級の牛肉』が『最高級の牛乳』になっていましたわよ! レオン殿下が飲み物だと思って期待していらしたら、どう責任を取るおつもりだったのかしら!」
「そ、それは……筆頭書記官が……」
「責任転嫁、さらに減点ですわ! そんな王子の情けない顔を見ていると、私のツッコミが、もはや慈悲の心からくる介錯のように思えてきましたわよ!」
レオン王子は腹を抱えて笑い、マリア様は「さすが師匠!」と目を輝かせ、ウィルフレッド王子は涙目で膝をつきました。
カイン様だけが、私の隣でそっと私の肩を抱き寄せました。
「……レオン殿下。ご覧の通り、彼女は我が国を、そして私の日常を支える『毒』そのものです。他国への輸出は、断固として拒否させていただきます」
カイン様の低い、しかし確固たる意志を持った声。
判定。今のカイン様の独占欲、加点ポイントが多すぎて、私の扇子が折れそうですわ……!
「……ふん、今は引いてやろう。だがな、カイン。退屈な世界を壊せるのは、案外、彼女のような『異端の言葉』だけかもしれんぞ」
レオン王子は意味深に笑うと、優雅に去っていきました。
後庭に残されたのは、荒い息を吐く私と、私を離さない騎士様。
そして、背景と化した残念な王子と、拍手を送るマリア様。
(……全く、外交なんだかお笑いオーディションなんだか分かりませんわ。でも、これだけは言えますわね)
私はカイン様の胸元を軽く突き放し、不敵な笑みを浮かべました。
「カイン様。今の『輸出拒否』宣言。少しばかり格好をつけすぎましたわね。お礼に、今夜はカイン様の過去の任務報告書の『誤字脱字実況』を、朝までたっぷりお届けして差し上げますわ!」
「……それは、勘弁してほしいな」
カイン様の困ったような苦笑いに、私の心はまた、爽快なリズムで弾むのでした。
王宮の美しい後庭。
朝のティータイムという優雅な場に、レオン王子は昨日以上に派手なガレット王国の正装で現れました。
その後ろには、鉄仮面のような無表情をさらに硬くしたカイン様が、抜き身の剣よりも鋭い視線をレオン王子に突き刺しながら控えています。
私はといえば、監察官補佐としての執務服に、これまたハンスから借りた「ガヤ師専用・特製拡声扇子(ただの扇子です)」を手に、実況の準備を整えていました。
「レオン殿下。朝からそのギラギラした金糸の刺繍、太陽光を反射して私の視細胞に攻撃を仕掛けていらっしゃいますわね。判定、視覚テロ点プラス五十点ですわ!」
「ハハハ! 朝から絶好調だな! ガレット王国には、私をそんな風に『歩く発光体』扱いする女など一人もいない。実に新鮮だ!」
レオン王子が私の手を取り、跪こうとした瞬間。
カイン様の足が、絶妙なタイミングで王子の行く手を遮りました。
「――失礼、殿下。地面に小さな石が落ちておりました。貴賓が転ばれては、我が国の名誉に関わりますので」
カイン様が、一ミリも申し訳なさそうではない顔で言い放ちました。
「はい、判定入りますわよ! カイン様、今の妨害工作。あからさま過ぎて、騎士道精神がどこかへ家出しておりますわ! 嫉妬の隠蔽工作、マイナス八十点ですわね。もっと自然に、例えば『風で目にゴミが!』くらいの小芝居は挟めませんでしたの?」
「……小芝居など必要ない。物理的に防ぐのが一番効率的だ」
カイン様の言い分に、レオン王子は面白そうに鼻を鳴らしました。
「カイン、お前は相変わらず不器用だな。そんなことでは、エリーを我が国に連れて行く私の決意は揺るがないぞ。エリー、どうだ? 我が国に来れば、毎日、国中の汚職役人を君の言葉でなぎ倒す権利をあげよう。ついでに、私の妃というポストも空いているが?」
(……なんですって?)
私は扇子をパチンと閉じ、レオン王子の顔をまじまじと見つめました。
「殿下、今のプロポーズ。判定、下させていただきますわね。……まず、条件が『汚職役人の掃除』から入るあたり、私のことを嫁ではなく『高性能な掃除機』か何かと勘違いしていらっしゃいませんこと? 愛の言葉より先に職務内容を提示するなんて、ロマンチックの欠片もありませんわ! 業務委託契約書をお持ちくださいな!」
「ハハハ! 契約書か、それもいいな! サインは口づけでどうだ?」
「はい、追撃入ります! その使い古されたキザな台詞! ガレット王国の王室教育は、三流の恋愛小説で止まっていらっしゃいますの? そんな台詞で落ちるのは、マリア様のような綿菓子脳の持ち主だけですわよ!」
「……ひどいですわ、エリー様! 私、綿菓子は大好きですけれど、脳みそはもう少ししっかりしているつもりですわ!」
どこからともなく、またしてもマリア様がひょっこりと現れました。
その後ろには、完全に「蚊帳の外」で顔を青くしているウィルフレッド王子の姿も。
「……エ、エリー……。レオン殿下にまで、そのような失礼な口を利くとは……。殿下、申し訳ありません、この女はもう、我が国では手に負えない不適合者でして……」
ウィルフレッド王子がおずおずと口を開きましたが、私は即座に言葉の弾丸を装填しました。
「はい、来ました! 元婚約者による『火に油を注ぐダメ出し』! 殿下、自分の手に負えないものを他国の王子のせいにしようとするその姑息な態度、男気指数がマイナス五千点を超えて計測不能ですわよ! そんなだから、未だに書類の一枚もまともに処理できないのですわ!」
「うぐっ……! また書類の話か!」
「そうですわ! 昨夜の晩餐会のメニュー表、一部誤字がありましたわね! 『最高級の牛肉』が『最高級の牛乳』になっていましたわよ! レオン殿下が飲み物だと思って期待していらしたら、どう責任を取るおつもりだったのかしら!」
「そ、それは……筆頭書記官が……」
「責任転嫁、さらに減点ですわ! そんな王子の情けない顔を見ていると、私のツッコミが、もはや慈悲の心からくる介錯のように思えてきましたわよ!」
レオン王子は腹を抱えて笑い、マリア様は「さすが師匠!」と目を輝かせ、ウィルフレッド王子は涙目で膝をつきました。
カイン様だけが、私の隣でそっと私の肩を抱き寄せました。
「……レオン殿下。ご覧の通り、彼女は我が国を、そして私の日常を支える『毒』そのものです。他国への輸出は、断固として拒否させていただきます」
カイン様の低い、しかし確固たる意志を持った声。
判定。今のカイン様の独占欲、加点ポイントが多すぎて、私の扇子が折れそうですわ……!
「……ふん、今は引いてやろう。だがな、カイン。退屈な世界を壊せるのは、案外、彼女のような『異端の言葉』だけかもしれんぞ」
レオン王子は意味深に笑うと、優雅に去っていきました。
後庭に残されたのは、荒い息を吐く私と、私を離さない騎士様。
そして、背景と化した残念な王子と、拍手を送るマリア様。
(……全く、外交なんだかお笑いオーディションなんだか分かりませんわ。でも、これだけは言えますわね)
私はカイン様の胸元を軽く突き放し、不敵な笑みを浮かべました。
「カイン様。今の『輸出拒否』宣言。少しばかり格好をつけすぎましたわね。お礼に、今夜はカイン様の過去の任務報告書の『誤字脱字実況』を、朝までたっぷりお届けして差し上げますわ!」
「……それは、勘弁してほしいな」
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