婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの

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「……ああ、もう我慢ならん! なぜだ、なぜ誰も彼もがエリーを称賛するのだ!」


王宮の裏庭、豪華な薔薇の生垣の影で、ウィルフレッド王子は地団駄を踏んでいました。
その顔は、悔しさと嫉妬で茹で上がったタコのように真っ赤です。


かつては自分の足元で、静かに微笑んでいた「都合の良い婚約者」。
それが今や、隣国の王子に口説かれ、近衛騎士団の懐刀として、自分よりもずっと高い場所で輝いている。


「マリア! お前も何か言ったらどうだ! あんな、口を開けば毒を吐くような女のどこがいいのだ!」


「ええ~? でも、エリー様ってば、ダメ出しのリズムがとっても心地いいんですものぉ。王子様の寝言よりずっと、タメになりますわ!」


「……マリアまでそんなことを! ええい、こうなったら実力行使だ! 私の王子としての権限を使い、エリーを『国家反逆の疑い』で拘束してやる!」


「……殿下、それはさすがに無理がありすぎますわよ」


私は生垣の反対側から、カイン様と共にひょいと顔を出しました。
手にはしっかりと、今の殿下の「暴言」を録音……いえ、メモした手帳を握っています。


「判定、入りますわよ! 殿下、今の発言。嫉妬による権力乱用、マイナス五億点ですわ! 国家反逆の定義を、辞書でもう一度引き直してこられたらいかが? あ、殿下には難しすぎて、絵本版でないと理解できませんかしら?」


「ゲッ、エ、エリー!? いつからそこに!」


「殿下の声が大きすぎて、隣の国のレオン殿下の寝室まで届きそうでしたので、音量制限に参りましたの。あとそのポーズ。生垣に隠れて盗み聞きなんて、王族のプライドはどこへ捨ててこられましたの? ゴミ箱の場所、実況して差し上げましょうか?」


「うるさい、うるさい! 私は王子だぞ! お前を呼び戻してやるという温情を無下にし、あまつさえカインと不潔な……!」


「不潔!?」


私の隣で、カイン様の周囲の温度がマイナス三十度くらいまで一気に下がりました。
カイン様は一歩前に出ると、腰の剣をガチャリと鳴らしました。


「殿下。……今の言葉、聞き捨てなりませんな。エリー殿と私は、あくまで公務上のパートナー。……そして、私の個人的な情愛の対象です。それを『不潔』と称されるのであれば、騎士の誇りに懸けて、決闘を申し込む用意がございますが?」


「け、決闘……!? ひ、卑怯だぞ、お前のような剣の達人が私のような非戦闘員に!」


「はい、追撃入りますわよ! 殿下、今の言い訳! 『自分は弱いから守って』という、究極の責任逃れですわね! そんなに弱さを売りにしたいなら、いっそ赤ん坊の格好でもして、おしゃぶりでも咥えていらしたらいかが? マリア様にオムツでも替えていただけば、少しは心も安らぎますわよ!」


「オムツ!? 私、王子様のオムツ替えなんて、経験ありませんわぁ! でも、師匠の教えなら挑戦してみます!」


「マリア! お前まで私をバカにするのかぁぁぁ!」


王子は半狂乱になり、近くにあった装飾用の噴水に飛び込みました。
そして、水浸しになりながら叫び続けました。


「私は認めん! エリー、お前が私の元へ戻ってきて、『殿下がいなければ私は空っぽの貝殻です』と泣き叫ぶまで、私は絶対に諦めんからな!」


「……貝殻? いえ、今の殿下こそ、中身が詰まっていないスカスカの『泥船』に見えますわよ。判定、救いようのない滑稽点プラス一万点! そのまま噴水の水で、その腐った根性でも洗濯してこられたらよろしいわ!」


私は冷ややかな一瞥をくれると、カイン様の差し出した手に自分の手を重ねました。


「さあ、カイン様。泥船の沈没実況は、このくらいにしておきましょうか。お洋服に泥水がかかったら、私のツッコミも濁ってしまいますもの」


「……ああ。そうだな。……エリー、今の『泥船』という表現、秀逸だったぞ」


カイン様が珍しく、声を出さずに肩を揺らして笑いました。


背後で「待てー! エリー、待ってくれぇぇ!」と水しぶきを上げながら叫ぶ王子の声。
それを聞きながら、私はかつてない爽快感と共に、新しい任務へと足を踏み出すのでした。


(……全く、嫉妬に狂った男の実況ほど、退屈なものはありませんわね。さて、次はどんな面白い『ネタ』が待っているかしら!)
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