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しおりを挟む食べ物ならば拒否されず、どうやら甘味が好きらしいとわかったのは、三度目の真柴宅突撃をした頃だった。
一度目はカップケーキで、二度目はマカロン、三度目はクッキーだった。自分がオーナーを務めるパティスリーだけでは偏りが出てしまう気がして、四度目は偶然差し入れで貰ったところ須藤が美味だと大絶賛していたチョコレート専門店のトリュフを、五度目の今日はそろそろ暑いからと、ミシュラン二つ星レストランで供されている旬のフルーツが盛りだくさんのゼリーを、小さめの発泡スチロールの箱に保冷剤を詰め込んだ簡易冷蔵庫に入れて持ってきた。
今のところ、急ぎの案件や差し迫った取り引きなどもないため、どうにか時間の調整をつけて、三日と置かずに訪れている。そのせいもあってか、真柴との距離は少しずつ詰められるようになってきていた。
真柴の敷地へ続く道路の脇ではなく、道が開けた先にある畑の傍に車を停める。車の走行音やエンジンが静かな事を売りにしている高級車なだけあって、車が敷地に入ってきても真柴は気付いていないのか、家の隣に広がる畑には、せっせと鍬を振るう後姿があった。
今日はどこまで近づけるだろうかと、野良の獣でも手懐けているような気持ちになりながら、発泡スチロールの箱を片手に、そっと近づいていく。
闖入者がやってきたことなど、知る由もない真柴は鍬を振り上げては、腰の入った動きでざくりと土に振り下ろし、それをかきあげるようにまた振り上げることを繰り返している。
季節は既に初夏から夏になろうとしているせいか、背抜きしたジャケットを羽織っている阿賀野も、しっとりと汗をかく。それ以上に、陽射しの下で動く真柴は汗をかいているのだろう。首から下げたタオルで彼が汗をぬぐうと、離れていても、やはりあの匂いがした。
(気付いていないが、今日はこのあたりにしようか)
約二十メートル前後。真柴と阿賀野の間には、相当な距離がある。それでも、今日はここまでにしようと阿賀野は深呼吸をした。
「まし……」
「わあっ」
真柴君と呼びかけるより先に気付いたのか、畑の中で飛び上がった真柴は思わず鍬を振り落とし、そのままどしゃりとその場に尻もちをついた。
「あ、ああっ、あっ、あがの、さんっ」
余程作業に熱中していたのか、尻もちをついた後も立ち上がろうとして失敗し、そのまま座り込んでいる真柴は驚いた様子を隠せないままでいる。しかし、それでもそれ以上に騒ぎ立てて逃げようとはしない。
(慣れてたきたな)
思わず頬が緩んでしまうのを自覚しながら、それでもそれ以上には近づかない。おそらくここが、真柴が今のところ許せる距離なのだ。
「また来たんですか!」
「うん、また来た」
「仕事、大丈夫なんですか」
「穴をあけたりはしてないさ。やる事はやってきてるし、時間も調整してる。心配?」
「いいえ!」
不自然に離れているために大声で会話しているがが、一際大きな声で否定すると真柴はよたよたと立ち上がり、軍手をはめた手で自分の尻をはたいて土を落とすと、しっかりと背筋を伸ばして立った。
まるで、肉食獣の動向を注視している草食動物のようだ。
逃げ出しはしないものの、警戒はまだ解けていない。少しでも阿賀野が今の場所から動けばじりじりと後退しそうな雰囲気があった。
「精が出るね。今時期は忙しいの?」
「そこそこです。阿賀野さんこそ、忙しくないんですか」
「忙しいことは忙しいけど、調整は出来る程度だし、今はなにより君の事が気になって仕方ないんだ。俺の事を気にしてくれるんなら、どうだろう、まずは一度、発情期に入る前に体の相性でも」
「馬鹿なことを言わないでください!」
阿賀野が今まで付き合ったり、一晩を共にした相手ならばさらりとした返答が来るような冗談過多な言葉にも、真柴はうろたえて声をひっくり返らせる。ジム通いをしている阿賀野と同じか、それ以上にしっかりした体躯をしているのにその様子はどこか可愛らしく見え、思わず笑ってしまいながら、発泡スチロールの箱を掲げた。
「冗談じゃないさ。まあ、とりあえず今日は、ゼリーを持って来た。冷やして持ってきたけど、凍らせてシャーベットにしても美味しかったよ。いくつか入れてるから、食感の違いを楽しんでくれたらいい」
自分で買ってまで甘いものを食べる質ではないが、取り引き先からこのゼリーを貰った時、いくつか数をもらった。阿賀野はそのまま食べようと思ったが、半分を普通に冷やした状態のゼリーで、半分を凍らせてシャーベットにして副島が出してくれたので、それぞれに違う食感を楽しめたのだ。
近頃は自分の都合で忙しくしてしまっているし、今度秘書室にも差し入れようかと考えながら、発泡スチロールの箱を置く場所を探して辺りを見回していると、不意に声が返ってきた。
「……甘いもの、食べるんですか」
「自分で買うほどじゃないが、よく貰い物をするから。ここに置いておくよ。保冷材はいれてるからしばらく冷えてると思うけど、早めに回収してくれ」
ちょうど傍には、年季が入った小型のトラクターが停まっている。座席の足元は影になっているので、そこに箱を置いた。
お菓子を置いた後は車に戻る。そのまま辺りを眺めたり、持ち込んだ書類を車内で読みながらしばらく過ごし、また都内に戻る。初めて来た時はとんでもない田舎に来てしまったと思ったものだったが、普段触れ合う事のない自然の中に身を置くのは意外にも心地よいもので、往復で相当の時間はかかってしまうが、真柴に会う以外の利点が出来たことは純粋に嬉しかった。
「………はい」
今日は会社から持ち出した書類と、経営学に関するベストセラーを車に積んでいる。森林浴がてらしばらくそれらを眺めながら休んでから都心に戻ろうと、車に向いた阿賀野の背に、声量が落ちた真柴の声がかかったが、鳴きはじめた蝉の僅かな声にかき消されて、それは届かなかった。
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