真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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 手紙や郵送物なら二日ほど、往復四時間以上かかる距離を、電波は一瞬で駆け抜けてくれる。
 三日にあけず電話をし、台風からひと月が経とうとしても、阿賀野は真柴との穏やかな時間を楽しんでいた。
 やはり、あれから恋愛だ運命だという言葉や感情には、あえて話を持っていかないようにしていた。自分から押しかけておいて突然引くような真似をしてしまっているという自覚はあったが、そう努めなければ、いつもの癖で心にも思ってないような甘い戯言を吐いてまで、真柴を絡めとろうとしてしまう自覚があった。
 けれど、それでも苦ではない。静かな真柴の声は聞いていて耳に優しかったし、二人の間での共通の話題も徐々に増え始めた。
 いい傾向だと上機嫌でワインを傾けながら、阿賀野は最近では酒の肴にと好んでつまむようになったドライフルーツとアーモンドを口に運びかけて、ハンズフリーにしているスマートフォンから小さく響いた声に、思わず指に挟んだアーモンドを取り落した。
「なんだって?」
『野菜の、卸しの件なんですけど』
「卸しの?」
 首を傾げながら、取り落したアーモンドを拾って口に運ぶ。幸いにもテーブルに落ちただけで済んだそれをコリコリと噛みながら、そういえば最初はわさびを卸して欲しいという商談で真柴家を訪れたことを思い出していると、あのっ、と矢継ぎ早に真柴がしゃべりだした。
『たっ、台風でのダメージも殆どなかったんです。土壌も安定してるみたいで、出来もよくて、それで、その、使ってもらえないかなって、思って……』
 最初の勢いはそれほど続かず、語尾はほとんど消えいるようだった。
『その……すみません。今更…』
「いや、使わせてくれるなら喜んで契約したいよ。嬉しいな、バルのメインシェフ…俺の友人の諏訪園っていうんだが、そいつが絶賛していたんだ」
『ほ、本当ですか』
「本当だよ。諏訪園に言われて、真柴ファームのわさびを扱ってみようかって話があがったんだ。それで、君に会いに行った。ええと、そうだな、さすがに開店には間に合わないけど早めに契約を結ぼう。いつが都合がいいかな、俺は……」
 引き寄せたタブレットのスケジュールアプリを起動させ、既に入っている予定の隙間を探る。
 けれど、バルの開店準備だけでなく、他にも経営しているパティスリーの新規メニュー会議や、居酒屋チェーンでの広報会議、他にも経済誌のインタビューや、阿賀野グループの役員会、会食、出張など、とにかくスケジュールはびっしりと埋まっている。バルの開店日以降、なにがあっても対応できるようにと前もって予定を詰め込んでいたのがあだとなった。
「……ごめん、真柴くん。しばらく時間がとれないみたいだ。申し訳ない、そちらに書類を…いや、副島を向かわせよう。都合のいい日があれば合わせられるけど」
『あ……都合…、……』
 仕事のためではあるが、少しの時間でも会いに行けるならとスケジュールの隙間を探してみたが、まとまった時間はとれそうにない。ベジタバル開店後もしばらくは都内を離れることが出来ない。仕方がないが、せめて郵送やウェブ上などではなく副島を向かわせると言うと、真柴はとたんに静まり返った。
「真柴くん?」
 まったくの無音で、もしや通話が切れたかとテーブルにおいたままのスマートフォンをタップする。通話は切れておらず、一拍置いて、慌てたような声が返ってきた。
『……あっ、あ、す、すみません…。えっと、都合…都合ですよね。大丈夫です、日中ならいつでも…。あと、あの、副島さん…は』
「ああ、大丈夫。彼もオメガだ。つがいもいる。向かわせるのは彼一人だから、心配しないでいい。そうだな、明後日の午後にでも向かわせるよ。あ、最近食べたサブレが美味しかったんだ。副島に持たせるから、食べてくれ」
『いえ、お気遣いなく…』
 さっきまではいつになく元気な様子で阿賀野に提携の伺いを立ててきたのに、真柴の声はどことなく沈んでいる。どうかしただろうかと体を起こしかけたところでスマートフォンのステータスバーを見ると、十二時になろうとしていた。
「ああ、ごめん、もうこんな時間だったんだな」
『すみません。俺、そろそろ……朝が早いので』
「そうだな。俺もそろそろ寝る。それじゃあ真柴くん、明後日」
『はい。……おやすみなさい』
「おやすみ」
 電話が切れて、シンプルな待ち受け画面に切り替わる。
 話し相手がいなくなると途端に眠気が襲ってきて、ローソファにもたれながらびっしりと予定が書きこまれたスケジュールの項目をタップする。
 ―――副島・真柴くん宅へ。食材委託業務についての締結。
「行きたかったな…」
 忙しくて会えていないし、今は口説くのもやめている。けれど、彼に会えないのは寂しかった。
 けれど、いざ顔を合わせた時、阿賀野と真柴の距離はどうなるのだろうという不安もあった。
 台風の時は、結局顔を合わせたのは阿賀野を家の中に押し込んだ時だけだ。真柴が発情期だったので、抑制剤を互いに打っていても会わずに電話をしていた。
 顔を合わせたら、もっとなにかが変わるだろうか。それとも、今と変わらないだろうか。
 けれど、どちらにしても阿賀野は本能を差し置いても真柴を気に入っている。
 好きなのだと、明確に思うほど。
 なんせよ仕事が落ち着かない限りは会いに行けない。今まではどうにか調整して通い詰めていたが、四時間の距離はさすがに遠い。
 社会の頂点にいると言われるアルファであろうと、一瞬で空を駆けることは出来ないし、時間を止めることも出来ない。
 子どもじみたことを考えた阿賀野は、ローソファにズルズルと体を滑らせながら、ああ、と潰れたため息を吐いた。

 
 
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