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しおりを挟む満席の店内は、明るいさざめきと開店を祝って贈られた観葉植物で満ちていた。
晴れてオープンしたベジタバルは開店前から広報に気を配って女性誌に広告を組み込んだりSNSでの宣伝を行ったおかげで、開店して二週間しても予約客と当日席を求めて訪れる客とで満員御礼だった。
数日前も昼の情報番組からの取材があり、昨日の放送直後から予約が殺到しており、店長として店を任せている諏訪園は嬉しい悲鳴を上げていた。
今日もベジタバルのスタッフルームに詰めていた阿賀野は、本社ビルの社長室から運び込んだタブレットと書類を前にしていた。
本社に詰めていてもいいのだが、何かあった時即座に対応できなければ、まだ開いたばかりの店の今後にもかかわりかねない。ポジティブな評価より、ネガティブな悪評の方が広まりやすいからだ。
けれど、それもいつまでもそうしているわけもいかない。スタッフの応接も落ち着いてきた。明日か明後日には本社勤務に戻ろうかと考えながらキーボードをたたいていると、ふとスタッフの声が聞こえた。
「すみません、お席は前のお客様がお帰りになられた席からご案内させていただいておりまして…はい……はい、お待ちいただけるようでしたら、ご希望のお席が空き次第ご案内させていただきますが…」
どうやら客が、席の指定をしてきたらしい。
二人でも荷物があるから四人席がいいとか、一人なので隅の席がいいとか、そういった要望だろうか。
もしかしたら、客の配分でもたつきや合理的でない配置があるのかもしれない。早急に見直して、スムーズな回転に繋げなければと、早速腰をあげて予約表を見に行こうとスタッフルームから顔を出した阿賀野は、カウンターの向こうに立った長躯に目を瞠った。
一見して、周囲から浮いていた。
ドレスコードがあるような店ではないが、立地的にラフすぎる格好の客はなかなか見ない。そんな中で、パーカーの中にTシャツをあわせ、下はジーンズにスニーカーという出で立ちだった。そのうえ深めにキャップをかぶり、更にパーカーのフードもかぶっている。顔の上半分が不明瞭だが、大きめのマスクで顔の下半分もほとんどが隠されていた。
あまりに怪しすぎる見た目だ。
しかし、応対している小柄な店員は腰が引けている様子だったが、阿賀野は違う意味で驚いていた。
清涼で、甘い匂いがしていた。
ふんわりと漂って阿賀野に絡みつき、匂いのもとを教えてくれる。
「まっ……真柴、くん!」
思わず声をあげると、俯きがちだった顔が上向き、キャップのツバの影の中から見覚えのある双眸が阿賀野を見た。
「阿賀野さん」
「君、なにをして……いや、なんでここに」
ここは都心だ。真柴が怖れる他人が無数に闊歩し、その中にはアルファたっている。特にこの辺りなど、土地柄もあってアルファが多い。
思わず周囲を見渡すと、匂いに気が付いたのか、それとなく真柴に向けられた視線がいくつかあった。
「奥に行こう、スタッフルームなら…」
「あ、阿賀野さん、俺、予約してます。隅の方がいいんで、スタッフさんにお願いしただけです。ちゃんと待って…」
「でも、アルファが君に気付いてる」
「大丈夫です。抑制剤もさっき打ったし、ひ、ひ…避妊、薬、も飲みました。首輪も……」
真柴の首には、阿賀野が与えた首輪がある。確かにこれがあれば、アルファの歯が折れようとも真柴のうなじは守られ、本人の意思とは関係なくつがい契約を結んでしまう事にはならないだろうが、暴行から守られるわけではない。
「首輪はあっても……」
しかし、それを言ってしまえば真柴を傷つけるような気がする。それこそ、言葉の受け取り方によっては匂いの強いオメガがこんなところに来るべきではないと言っているように聞こえるかもしれない。
どう言葉を選ぶべきかと阿賀野が煩悶していると、真柴が店内の穏やかな喧騒にさえ負けそうな小さな声で、阿賀野さんと言った。
「だ…大丈夫です。鍵は車の中にしまってあるし、席に行く前に消臭剤もかけてきます。だから……だから、お願いです。食事をさせてください」
「真柴くん……」
どういった心境の変化なのか、真柴は必至に言いすがる。
彼は阿賀野の許可を求めているが、本来ならばしっかりと予約を取っている以上、以前に店が不利益を被るようなことを真柴がしでかしているような過去がない以上、ここで食事をしたいという願いを断れはしない。
けれど、隅の方とはいっても、そこに着くまでに何人かのアルファの横をすり抜けることになる。
アルファは獲物と定めたものに対して貪欲だ。うっかりなにかされやしないかという心配もある。
今までなら、手を付けたオメガが他のアルファと寝ようが自分から離れようが気にした事はなかったが、真柴は別だ。どうすべきかと悩んだ結果、阿賀野はまだ起こってもいない他のアルファとの牽制に眉間を険しくしながら、それならと条件を出した。
「俺と相席で、ランチにしよう」
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