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しおりを挟む「本当に食べられるようになったのねえ」
茹でたブロッコリーにじゃがいもを荒くマッシュしたポテトサラダ。いんげんをベーコンで巻いて焼いたもの。切り干し大根と人参の炒め煮。白米の傍には大根の漬物が添えてあり、肉は数枚のヒレ肉だけ。隅にはミニトマトが一個ある。
正午をまわったランチタイム、阿賀野は社屋近くの移動販売車で売っていた弁当を買っていた。
色とりどりの野菜が鮮やかな弁当を応接テーブルの上でひろげると、向かいに座って愛妻弁当のふたをあけた須藤がしみじみと呟いた。
「少しずつだけどな」
「好きになったものはある?」
「白菜とブロッコリー」
「へえ。それじゃあご褒美にこれどうぞ」
あげる、と開けたばかりの自分の弁当から揚げ春巻きをくれた須藤は、それで、と箸を揺らした。
「真柴さんとはどう?」
「連絡はしてる」
台風の日から、十日が経っていた。
あの日、真柴と同じ屋根の下にいながら電話でひたすら話をしたあと、阿賀野が少し休んで起きると、明け方になろうという時刻だった。
いつの間にか外は少し風が強い程度になっていて、雨も止んでいた。ネットで台風の現在地を確認すると夜半には暴風域を抜けていたようで、速度を速めた台風は東北へと差し掛かりながら、その勢いを弱めていた。
真柴は寝ているだろうからと起こしはせず、代わりに真柴がそうしてくれたように、書き置きを残した。
『真柴くんへ
料理と寝床をありがとう。話を聞いてくれたことも、とてもうれしかった。
君が作ってくれた料理は、申し訳ないけど残した分を持ち帰らせてもらいます。家で食べたいので、タッパーを借ります。今度来るときに返します。それでは、また連絡します。』
置き手紙に書いたように、真柴が作ってくれた生姜焼きを持って帰った。その日は台風明けでバタバタとしていたが、帰りに白菜を買って帰った。
野菜など、初めて買った。
白菜のお浸しはどう作るのかわからなかったが、真柴が作ってくれた味を思い出してネットで調べると、さっと茹でたものを絞って、醤油やだしをかけるだけだった。
それから、昼か夜には少しずつ野菜を摂るようになった。
「……炒めたら、味付けは?」
『ゴマ油で風味がつくので、しょうゆと塩を一つまみくらいで大丈夫です。ツナ缶を入れて、卵を回しかけて火が通ったら出来上がりです。ゴマを追加で振りかけても美味しいですよ』
「人参とゴマ油とツナ缶としょうゆと卵、あとゴマか……他に必要なものはあるかな」
『千切り用のスライサーがあるといいと思います』
「スライサーか。わかった。明日買ってくるよ」
『ボウルはありますか? なければそれもあった方がいいと思います』
「なるほど、ボウルか。ないな、それも買っておこう。ありがとう」
茹でたものを絞って有りあわせの調味料をかけただけだが、白菜のお浸しを作って、真柴が作ってくれた生姜焼きと一緒に食べたことを報告したくて電話をかけてから、毎日のように真柴とは話す時間を作っていた。
大の大人が野菜が食べられたなどと報告をしても、真柴は笑わない。むしろ電話をかけてきた方に驚いて、それから「すごいですね」と言ってくれた。
あの台風の日、互いの性欲を薬と距離で抑え込んで話をしたのは、大きな変化の一歩だった。
阿賀野はあれから真柴を口説くことをやめた。
思い返せば、真柴に会うたびにつがいになれとばかり口説いていたが、そもそも彼の事をなにも知らなかったのだと気付いたからだ。
今までならそれで良いと思っていた。
親からは結婚相手がいないなら見合いでもして所帯を持てと言われていたし、わざわざあれやこれや恋愛感情に振り回されるつもりもなかった。
けれど今は違う。真柴のことが好きだと自覚した。そうなると、体だけではどうしても足りなかった。
真柴の事をもっと知りたいと思い、そうするにはもっと話をすべきだった。そう考えた阿賀野は口説くことをやめた。
昨夜も、白菜にはそろそろ慣れてきたので次は人参に挑戦したいと相談したところ、それならと簡単なレシピを教えてくれた。それから他愛ないことを話した。
真柴に会いに行くきっかけだったバルの開店が迫ってきたこと。
いざ料理をしてみようとしたら、家にはまったく調理器具がなかったこと。
皿も真っ白なものが二、三枚ある程度だったので、渋めの灰色地の小鉢を買ったこと。
盛り上がるほど派手な話題ではないが、真柴は静かに聞いて、相槌を打つ。次第に自分の事も話しだして、バルとはどういうところなのかとか、あると便利な調理器具の話、小鉢の写真を送信したことで、いい色ですねと褒めてもくれた。
穏やかな時間だ。愛だ恋だはまったくないが、けれど、それも悪くないと阿賀野は満足だった。
真柴の好物がマカロニ料理で、その中でもブロッコリーが入ったグラタンが好き。
台風の時に阿賀野が走り回って世話をした畑は損害もほとんどなく無事で、農協にもコンスタンスに卸せている。
読書が好きで、好きなミステリーシリーズの新刊を通販で注文したが、台風の影響もあってかなかなか届いてくれなくて焦れている。けれど、その間に前のシリーズを読み返しはじめたら止まらなくなって、昨夜は夜更かししてしまった。
そんな他愛のない真柴の情報が、阿賀野の中に毎日降り積もっていく。それを大切にしまって、一日のふとした瞬間に思い出す。
グラタンが好きなら、パイ包みなどの料理も好きだろうか。
スーパーに並んでいるなんの変哲もないただの野菜だが、これらも真柴が畑を大切にしていたように、大切に育てられてここに陳列されているのだ。
まだ届かないと残念がっていた新刊を見かけたが、阿賀野は普段はビジネス書や新聞くらいしか読まない。けれどシリーズの一巻目の在庫があったので文庫を買ってみたら思いのほか面白くて、次巻も買おうと思った。
そんなふうに、真柴本人はいなくとも彼の雰囲気は阿賀野の中で色を濃くしていく。
そのせいか、十日ほども会わなくても、阿賀野は以前のように焦ることはなくなっていた。
「連絡だけ? 会いに行かないの?」
「今は時間が取れないだろ。早くて来月だな。しばらくはバルに付きっきりだ」
「ああ、そっか。往復で四時間はかかるもんね、多馬村。ほいほいと行ける距離じゃないかあ…」
須藤が言うように、行こうかと思ってすぐに到着する距離ではない。以前のように時間があれば行けなくもないが、今はベジタバルの開店が近々に迫っていて、さすがの阿賀野にも時間がない。
けれど、電話をして日々のことを語り合うことで満たされている。
こうやって日々を重ねて真柴の事を知っていき、落ち着いたらもう一度告白をしよう。運命だつがいだは二の次にして、真柴の事を本当に愛しているのだと告げよう。
そう考えて、阿賀野は腰を据えたような気持ちで真柴に向き合っている。
目標が明確に定まったら、なすべきことを順序立てて考えるのは阿賀野の得意とするところだ。
まずは真柴と話に興じる時間を大切にしながら、プライベートもままならない仕事を落ち着かせる。そのためにはベジタバルのスタートダッシュをいかにうまく決められるかがかかっている。
「バルが落ち着いたら、真っ先に真柴くんに会いに行く。その為にも、須藤、広報をしっかり頼むぞ」
「なんか、すっかり地に足付いた感じね。ふふ、私も頑張ろう」
台風の日に何があったかを須藤には言っていなかったが、長年の幼なじみはなんとなく察している様子だ。
やっと愛に目覚めたのねえなどと笑いながら、愛妻弁当を鮮やかに彩るパプリカを食む須藤をよそに、阿賀野も今までが嘘のようにすんなりと食べられるようになったいんげんを口に運んだ。
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