真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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 十一時半から始まるランチは、野菜をメインにした九種類の料理が盛られたワンプレートに、胚芽か米粉のパン、もしくは白米か十六穀米か玄米が選べる。デザートには季節の野菜を混ぜ込んだスフレとムース。十種類から選べるドリンクも一杯ついて千五百円だ。
 店の一番の奥にある二人席にこじんまりと収まって、阿賀野は真柴と向き合っていた。
 二人の間にあるテーブルには同じメニューのランチが並んでいて、ガラスから差し込む昼の穏やかな光の中に鮮やかに浮かびあがるようだった。
「すごいですね、テレビで見る料理みたいだ」
 自分も料理をするからなのか、真柴は嬉しそうにプレートの上に盛りつけられた料理を眺め、きょろきょろと周りを見渡した後、そっと携帯電話を取り出して、テーブル全体を二枚ほど撮影したあと、ディスプレイを覗きこんで、はは、とどこか苦い笑顔を阿賀野に向けた。
「だめですね、手が震えて……ブレる」
 そう言う真柴の手は確かに少し震えていて、パタンと折り畳み式の携帯電話を畳むと、ほんの一瞬だけ、フードをかぶったままなせいで周囲からは見えづらくなっている首輪に触れた。
「真柴くん。スタッフルームしかないが、いつでも移動は……」
 顔色こそ悪くはないが、テーブルに軽く置かれた手はやはり震えている。
 真柴は人目を避けた末に山奥で生きることを決めたほど、他人に対しての恐怖心がある。店内は空席がないほど混雑しているし、スタッフも行き来している。隣の席に料理を運ぶためにスタッフが通り過ぎた時ですら、真柴はびくびくと体を縮こめていた。
 何を思って真柴が突然都心に出てきたのか、混雑を極めているオープンしたばかりの店を訪れて食事をさせてくれとせがむのか、阿賀野にはわからなかった。
「だ、だっ…大丈夫です。それより、食べましょう」
 美味しそうだと震える手でカトラリーを手に取り、真柴が食事を始める。
 もし顔色まで悪くなるようならスタッフルームに連れて行こうと思いながら阿賀野もフォークを持った。
 幸い、阿賀野が特に苦手な春菊やパクチー類は並んでいない。最近では食べられるものの一つになったチンゲン菜を口に運びながら、ちらりと視線だけを周囲にやった。
 奥まった席にいるせいか、それほどじろじろと真柴を見ている人間はいない。唯一、一瞬目が合ったスーツ姿の男性はいたが、すぐに気まずげに視線を逸らした。
「…ですね」
「え、……ああ、すまない、なにか…」
 他に真柴に目をつけている者はいないかと視線をやっていたせいもあって、話しかけられていたことに気付かなかった阿賀野がはっとして真柴を見ると、フォークを片手にした彼は、かぶったままのフードとキャップで影の出来ている顔をわずかにほころばせた。
「本当に食べられるようになってるんですね、野菜」
「ああ、真柴くんに教わってる甲斐あって、自分でも驚くくらい食べられるようになってる。半年前なら、このランチで口に出来たのは…そうだな、鴨のコンフィとミニトマト、コーヒーくらいだ」
「一割も食べられませんね」
「おかげさまで、九割くらいまでなら食べられそうだ」
「まだ苦手なものが?」
「春菊とパクチーとセロリがだめだった。匂いが強い」
「癖もありますからね。苦手な人も多いって聞きます」
「真柴くんは嫌いな野菜はないのか?」
「俺はミョウガが苦手です。あとはセロリ」
「君もセロリだめか」
「ちょっと癖が強くて、苦手なんです。だからうちでも育てられはするんですけど、植えてないですね」
「自分が食べられないものを育ててもなあ」
 食事は和やかに進んだ。
 周囲への警戒心こそ解かなかったものの、真柴とテーブル一個を挟んだ程度の距離で話をするのは初めてだったし、まじまじと顔を見るのも初めてだった。けれども会話は不思議と途絶えることなく穏やかに二人の間で繰り広げられ、阿賀野はリラックスして食事を楽しんでいた。
(抑制剤、打っていてよかったな)
 席に案内する前に書類を片付けてくるから、と一度真柴を待たせてスタッフルームに戻った阿賀野は、抑制剤を打っている。真柴自身も抑制剤を打ったり消臭剤を見につけたりしているため、匂いはだいぶ緩和されていた。
「好きな野菜は出来ましたか」
「出来たよ。レタスは毎日食べてる。ああ、昨日食べたレンコンも美味しかった。食感がよかったよ」
「レンコン、いいですよね。てんぷらにしても、炊き込みご飯にしても美味しいし。ハンバーグのたねにもいいですよ」
「へえ、ハンバーグ。自宅で出来るのか?」
「出来ますよ。ひき肉と玉ねぎとパン粉があれば、簡単です」
「それは知らなかった。今度教えてくれ」
 はい、と頷く真柴の手の震えは、いつの間にか治まっていた。食事も進んでいるようで、プレートに盛りつけられた九種類の料理は綺麗に平らげられていく。
 大丈夫だ。。
 真柴の匂いにあてられたアルファが寄ってくる様子もないし、まだつがっていないものの、運命のつがいである阿賀野が傍にいても真柴の発情が始まったりもしていない。
 食事を終えたら、車まで真柴を送ろう。もしどこかへ行くと言うのなら、時間を都合してでもついて行く。都心の人波の中にひとりで放り込むまねなど、一度これと決めたら執着心や独占欲が強いアルファには出来ない。
 出来ればどこにも寄らず帰ってほしいと思っていた阿賀野だったが、台風の時のお礼もしたかったからと真柴が会計をまとめて終えたあと、近場にある有料駐車場で愕然とするはめになった。
「いえ、阿賀野さんの仕事が終わるまで、待たせてください」
 真柴が乗ってきたのは、いつも真柴宅の前で見かけていた軽トラだった。
 タイヤの溝には土が詰まり、車体の白い塗装にも土を擦った跡がある。ブルーシートの掛けられた荷台からはちらりと出荷用の野菜ケースが見えていて、軽トラの横に真柴が立つとまるでそこが最近足を運べずにいる多馬村の真柴の家のように思えた阿賀野だったが、すぐに同じ駐車場に入ってきた高級車に、ここは都心の一等地であることを思い出した。
 システマチックで洗練された街中で、そこだけがやけに素朴な雰囲気ではあったが、やわらかな空気に反して、真柴は頑として阿賀野の言う事を聞いてくれなかった。
「今日はこれから会議があるんだ」
「大丈夫です、待てます」
「でも君、帰らなきゃいけないだろ。あまり遅くなっても…」
「遅くなっても大丈夫です。は、はっ……はな、話が、したいんです……」
 キャップとフードの影に隠されていた顔が俯いて、表情が全く見えなくなった。けれど、パーカーからちらりと覗く鎖骨のあたりの肌が真っ赤になっていて、不随意に阿賀野の耳元もカッと熱くなった。
 こんな空気になど、慣れているはずだった。
 ―――今夜、話したい事があるの。
 ―――聞いてほしいんだけど…。
 それほど顔も覚えていない、それなりに楽しんで過ぎていった恋人たちの大体が、その関係の始まりを踏み切るために、こんな雰囲気を醸し出していた。
 大体この後は、恋愛感情をぶつけられて、阿賀野はそれを受け止めるでも突き放すでもなく、そっと流してきた。
 けれど、これは流せないものだ。むしろそうなるべく阿賀野は多馬村の山奥まで通い詰めた。目の前のオメガを手に入れるために。
 手に入れるのが当たり前だと思っていた。
 それなのに、阿賀野はまさかという期待にじわりと首のあたりが汗をかくのを感じていた。
「あの、会議まで、まだ時間はありますか……?」
 上背こそ阿賀野と同じかそれ以上あるのに、まるで捕食される草食動物のような怯えた仕草で、真柴が顔をあげる。
 彼の顔は真っ赤だったが、その中には甘さ以外のほかの感情もある。
 彼はおそらく想いを告げるつもりなのだろう。けれどそれ以外のなにかも言うのかもしれない。
 メンタルはそれなりに強いつもりだし、プライベートの感情をビジネスに持ち込むことは愚行だとわかっている。けれどその先を聞いた自分は、会議で使い物になるだろうか。
 そんなことを考えながら、阿賀野は鈍く頷いた。



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