真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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 落ち着いて会話を出来る場所の候補はいくつかあげたけれど、結局おしゃれなカフェラウンジでもなければ和やかな陽射しの降り注ぐ公園でもなく、かと言って阿賀野の自宅でもなければ、真柴の軽トラの中でもなかった。
 カラオケの個室やビジネスほどテルの一室などはどうかと、目の前にいる阿賀野が強く引きあう運命のつがいのアルファであることを忘れたような真柴の発言にぎょっとしながらも、ここなら最適ではと真柴を招き入れたのは結局、社長室のあるフロアに設置された来賓控え室だった。
「すみません、本当なら、カフェとかに行ければよかったんですけど」
「いや、それだと俺が落ち着かないから…会議も社内でやるんだ。ちょうどいい」
「会議は、ええと…ベジタバルのですか」
「いや、居酒屋チェーンの方だ」
 とりとめのない会話をしているうちに、副島がお茶など持って現れて慇懃に対応した後、ごゆっくり、と出ていった。
 向かい合わせに座った二人の間をふわふわと揺蕩う湯気が、革張りのソファが四脚と、ローテーブルが一台置かれているだけの室内で自由に動いている。
 真柴がなにを話すのか、阿賀野は全くわからなかった。
 こちらへ向かう時もそれぞれ車を持っているからと別々に来たし、駐車場から最上階であるこのフロアまで一緒にあがってきたエレベーターの中でも、久しぶりにエレベーターに乗っただとか、こんな高い建物に入ったのは初めてだとか、当たり障りのない話ばかりだった。
 うわの空になって決して無視などしないよう相槌を打ちながらも、阿賀野の脳内ではポジティブとネガティブがせめぎ合っていた。
 阿賀野がいつの間にか真柴を運命のつがいとしてだけでなく好きだと思い始めたように、真柴も阿賀野の事を好きだと思ってくれているのか。
 それとも、改めてつがい契約を結ぶことは出来ないと正式に断りに来たのか。
 けれど、真柴のまとう雰囲気は悪い方向に転びそうなひりついたものではない。
 それとも、恋だ間はひとまず置くとして、先日副島に頼んで結んできてもらった契約についての話だろうか。
 様々な憶測が目まぐるしく脳裏をかすめていくのをどうにかやり過ごした阿賀野だったが、ソファに腰を落ち着かせた今も、あれやこれやと考えを巡らせていた。
「阿賀野さん、あの……会議まで、どのくらいありますか」 
 静寂のなかをそろりとかき分けたのは、真柴が先だった。
「会議まで? ええと……あと一時間ある」
「じゃあ、三十分……いえ、十五分。十五分、話をしてもいいですか」
「そんなに慌てなくていいよ。一時間ぎりぎりまでなら君にあげられる」
「でも、今は仕事中ですから。十五分で大丈夫です」
 終わったら帰りますと言いながら、真柴はようやく今まで深くかぶっていたフードをあげ、キャップも取った。
 短い黒髪がぱらぱらと散る前髪に、すっきりと切られた、こちらもそれほど長くはしていない髪に覆われた、くるりと丸い頭。短い前髪の下には陽に灼けた額と、少し潰した筆ですっと引いたような、まっすぐな眉。くりっとした双眸は子どものような眦の幼さがあったが、頬の精悍さは成人した男のそれだ。
 顔立ちは悪くはなく、むしろ整った部類に入るが、阿賀野が今まで好んで夜を共にしてきた遊び相手たちとは異なる系統の顔だ。決してタイプではない。
 けれど、出会ったばかりはその程度の感想しか抱かなかったはずなのに、今はどうだろう。
 まるで少年のようで可愛いなと思わず言いかけて、慌てて持ち上げた茶碗から、まだ湯気が立ち上るお茶を喉に流し込む。
 口説き文句やおだてなら今までさんざん言ってきたし、恥ずかしいと思ったことも特になかったが、耳のあたりに血が集まってきていると自覚するほど恥ずかしく思えた。
 妙に暑くなってしまって、咄嗟に脱いだジャケットを壁にかける。その間黙っていた真柴だったが、一呼吸おいた阿賀野がソファに再度落ち着くと、口を開いた。
「話って言うのは…俺の、今までの話なんです」
 まだ熱いお茶の湯気が、ふわりふわりと天井へのぼっていく。その向こうに見える真柴を、阿賀野はじっと見ていた。
 壁に飾られているガラス盤の時計は平等に時間を刻んでいたが、真柴が望んだ十五分は、阿賀野にとっては存外に長いものとなった。



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